仏教に学ぶ生き方、考え方「老少不定というもの」
皆さんは「老少不定」(ろうしょうふじょう)という言葉を知っていますか?
実は「御書」(親鸞聖人や歴代の御法主が書かれたお手紙)の中にもこの言葉が出てきます。
どういう意味かというと、「人の命は定まりないもので、老人が先に若者が後に死ぬとは限らないこと」です。
よく「若い方や子どもさん」が亡くなると、大きな悲しみに包まれます。
また、高齢の方が亡くなると、「大往生」とか「順番やで仕方ないな」などと言われます。
そのどちらも「実は定まってないのですよ~」と教えられているのです。
それを「不公平や不平等」と嘆いたり悲しんだりする人は多いと思います。
その気持ちは「誰でも」持つものでしょう。
でもあえて言うならこう考えることができるのかなと思っております。
それはこの世に命をいただいた生き物は、いつ何時どんなことで命を終えるかもしれないということです。
そしてそれは「皆に等しく」あるのではないかとも思うのです。
知らず知らずのうちに「若いから大丈夫」「年を取っているから仕方ない」、こういうことで命の重みや価値を違えているのではないかと。
若くても年老いても「同じよう」に、命や時間をいただいている。
それに感謝して、命の価値を「見失わずに」今を過ごしていくことが、この言葉に「練り込まれて」いるのではないかと思うのです。
☆今日の一句☆
定まらず
この世の命
みな同じ
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