仏教に学ぶ生き方、考え方「供物」
御同行様にお参りのときに供物をいただくことがあります。
その時に、「ご丁寧にありがとうございます」とお伝えします。
でも駅前や街中で托鉢をされている修行僧にお布施をしても、感謝の言葉を言われることはありません。
それはどうしてなのでしょう?
実は修行僧にお布施を「差し上げる」とき、「修行している」のは実は「こちら側」なのです。
つまり「物やお金への執着心」を減らし、手放す修行を「私がする」お手伝いを、「托鉢」をしていただくことによってしているのです。
ということは、差し上げるほうが「布施という修行をさせていただいてありがとうございます」と思う気持ちになるのが、本来の姿なのだと思います。
そういう私は「修行」をしたことがありませんので、もし解釈が違っていたら教えていただければと思います。
よろしくお願いいたします。
☆今日の一句☆
布施行は
渡し離れる
修行です