仏教に学ぶ生き方、考え方「つけ麺」
最近、朝夕は「寒いくらい」になってきました。
となると「温かいもの」が食べたくなってきます。
外食ばかりの私は最近、近くの「ラーメンチェーン店」に何度か行くことがありました。
そこで食べた「節系豚骨のつけ麺」が美味しいのです。
麺も極太でしかもつけ汁がコンロで温められながら食べられるのです。
冷たい麺をつけても、グツグツと煮立ってきます。
それを「ふうふう」しながら食べるのが好きなのです。
でも今日は新しい食べ方を発見しました。
それは麺を「つけずに食べる」方法です。
つまり麺を口に入れてまずは麺の味を楽しみ、そこにレンゲで掬った「つけ汁を飲んで食べる」方法です。
つけ麺ファンの人でもこんな食べ方をしている人はいないだろうと思うと、ちょっと「自慢げ」な気持ちが沸き起こってきます。
そしてつけ麺の楽しみは、各自が自由に食べ方を「アレンジ」できることではと思うのです。
でもそれは仏教にも当てはまるのではないかと感じています。
「仏教をつけ麺で例えるなよ!」とお叱りを受けるかもしれません。
でもお釈迦様の教えに自由に解釈が加えられたからこそ、多種多様な「宗旨宗派」が誕生した歴史的な経緯もあるのです。
お釈迦様自身も「自灯明、法灯明」のご遺言にあるように、自分で教えを解釈し納得してそれぞれが輝けばいいとおっしゃっております。
逆に仏教は「こうであるべき」と考えることは、「つけ麺なのだから、ちゃんとつけて食べるべき!」と言っているようなものでしょうか?
そして「美味しく食べる」ためのつけ麺であり、「抜苦与楽」のための仏教であってほしいと思っております。
☆今日の一句☆
つけ麺を
つけるか否か
任さるる
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