見出し画像

代理し代行する代弁者

「白夜に夜通し行進したことはあるかい?」

 目の前のカラッゾ(あるいはカランゾ)と名乗る男は、自分が囚われの身であることを歯牙にもかけず、よほど私が追及する内容とはかけ離れたことばかりを話す。

「南極に着いて、すぐの話さ。きっとガイドの皮を被った狼達にとっては、いつものことなんだろうが、観光気分が抜けないうちに、さっさと事を進めたかったんだろうな」
「"事"ってのは?」
「事は事さ。アンタにだって大なり小なり、抱えている事があるだろ?それを何食わぬ顔して、やり過ごそうって奴が、あまりにも多い気はするがな」

 小さくとも希望を持って真実に迫ろうとしても、カラッゾの話は楕円軌道を描いて素早く遠ざかる。

「ガイドが言うには、太陽から目を離さず歩くんだと。進行方向から首を直角に曲げて、見続けるんだと。なんでそんなことしなくちゃならねぇんだ、とは皆言わない。なぜかって?昨日まで知りもしなかった人間に満面の笑みでいきなり優しくされたら、誰だって疑うだろ?しかもガイドなんて名前で俺達の動きを先導するにしちゃあ、取り巻きが物騒過ぎる。俺達は直感的に、争っちゃならねぇと思ったんだよ」

 カラッゾという男は血色が悪いわりに、歯が白く強く生え揃っている。当然、自前のモノではないが、あまりに目立つ。影を縫うように仕事をしてきた人間のセオリーではないと思うが、それがポリシーか、もしくはポリシーから目を背けさせるためのモノか、考えてみる価値はありそうだ。

「俺も含めて10人いるかいないかの団体だぜ?団体とはいっても、皆ランダムに集められた何の繋がりもない奴らだけどな。ああ、従兄弟だか鳩子だか、再会して泣き崩れてた奴らもいたが、即刻、撃ち殺されたよ。血縁がダメなのか、泣いた事がダメなのかは知らねぇが、そういうルールなんだろ」

 壁に付いた電話が鳴る。

「どうした?」
『警部補、今し方、2人目の被害者が息を引き取りました』
「そうか。他はどうだ?」
『1人目の容態は安定していますが、顔面の損傷が激しく、意思疎通は困難です。3人目は昏睡状態が続いています』
「わかった。私も区切りのいいところで面会に行く。お前も合間でしっかり休めよ」
『ありがとうございます。それでは』

 受話器を戻し、振り返ると、カラッゾは小刻みに足踏みし、電球を仰いでいた。

「刑事さん、この部屋の寒さってのは、5段階でいうと、どれくらいだと思う?」
「さあな。着る服によるんじゃないか?」

 椅子に座り直す時、少し膝が痛んだ。私にとっては寒さのバロメータでもある。

「俺はそうは思わねぇ。それでいくと、資本主義が温度を決めちまうってことになる」
「お前にも主義を語る口があるんだな」
「おっと、それはここだけの話よ。主義をベラベラ喋る奴に、冴えた頭の奴はいねぇよ。俺ぁ、刑事さんが信頼できる人間だと踏んで、"主義"なんて言葉を吐いたんだ。レアケースだと思ってくれよ」

 そう言うと、カラッゾは少し短くなっている人差し指をトントンと机に叩いた。

「それじゃあ、私も君を信頼したいと思うんだが」

 私は机に3枚の写真を出す。被害者の側に落ちていた、木槌、秤、振り子のマーク。

「なるほど、心理テストってわけかい」
 いずれも異なる州を縄張りとするギャングが、契りとして身体に彫るマーク。だが、カラッゾの身体には、一つのタトゥーもない。

「俺ぁ、この手の問題は知り尽くしてる。問題文を聞かなくたって、正解は振り子だとお見通しよ」
「心理テストに正解があるのか?」
「あるさ。大抵の人間は自分の所属を知りたいだけなんだが、あらゆる心理テストには正解が用意されてるのさ」
「なぜ、振り子なんだ?」
「その前に刑事さん、白夜行進の話を聞いてくれよ。途中はハショるから、締めのところだけ聞いてくれよ」

 身を乗り出した(といっても椅子に括られたなりの限界はあるが)カラッゾの息は、薬草のような独特の臭気を放つ。

「サングラスは許された。ガイドにとっても苦渋の決断だったろうが、感想が言えなければ意味はないからな。口ではなく、目で語ることに重きを置いている奴らだった」
 私は話の本筋をまっすぐ走れないことに苛立ってはいたが、表情を突き破ってまでそれを表すレベルにはない。
「結局どれくらいの時間だったんだ?その課題は」
「課題、か。なるほどな。あんたは、しっかりレールの上を走ってきた人間なんだな」
「皆がクリアできたのか?過酷だったんだろ?」
「課題と思う人間には過酷に感じられるだろうし、そうじゃない人間はどうだろうな?課題というものを人生の中で課せられなかった人間だって、中にはいただろう。そう、アレは確かに、、、」

「カラッゾ!」

 決して痺れを切らしたわけではない。制限時間までの進め方を変える合図だ。

「シッ!」

 カラッゾはもう1本の短くなった人差し指を伸ばす。辺りの音に聞き耳をそば立てるような仕草。意味はない。

「君が口を自由に開ける時間は減っていくんだ。愉しんでいるなら、我々警察にもヒントらしいものを与えないとゲームは進まない」
「そう、そうなんだよ。気づいた時にはゲームは大きく進んでいた」
 決して目を合わせようとしないが、私は必ず合わせてみせるつもりで待った。
「俺はサングラス越しに見ていても目を焼かれるようだった。限界のようには思えたが、ギリギリのところで高揚が勝っていたよ。周りのほとんどは声もなく倒れていった、、、そして俺以外の最後の1人がドロップアウトした時、彼の足元から少女がポツンと現れたわけよ」
「少女?」
「ああ。絵に描いたような少女さ。サングラスをしてなかったんで、最初は合うサイズがねぇのかとも思ったが、目を覗き込んだらよ、練乳ぐらい濁ってやがった」

 被害者の共通点は、娘がいること。しかも込み入った理由で接見できない関係にある。

「はなから白夜を拝む気がねぇのかと呆れてたらよ、”お前が目になってみるか?”だとよ。クソガキが何言いやがると思ったが、従うしかなかったんだな」
「なぜだ?」
「なぜだもクソもミソもあるかよ。さっきからテストだのゲームだの言ってるけどよ、そもそも俺の人生に俺が握れるハンドルなんてねぇんだよ。まったく、笑けてくるだろ?ゲラゲラってな具合によ」

 俯いて首を振る私に、再び電話が呼びかける。

「どうした?」
『警部補、第3の被害者の衣服に付いた血痕、カラッゾ・バラスケスのDNAと一致しました』
「そうか!」

 カラッゾは口笛を天に吹く。

『ただ、、、」
「ただ、なんだ?」
『カラッゾ・バラスケスは、昨年死んでいます』

 カラッゾは背もたれに体重を預け、不安定に椅子を揺らしている。

「チクタクチクタク、振り子が右なら私は左、タクチクタクチク、私が右なら振り子は左、、、」

今のところサポートは考えていませんが、もしあった場合は、次の出版等、創作資金といったところでしょうか、、、