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役員借入金,残っていませんか?

 こんにちは。弁護士・中小企業診断士の正岡です。
 この記事では,事業承継における役員借入金の注意点についてお伝えします。 

➀ 役員借入金とは

 役員借入金とは,取締役などの役員が個人として会社に貸し付けたお金のことです。会社から見れば役員からの借入金ということで,役員借入金と呼びます。役員から見た場合には,会社への貸付金ということになります。
 よくあるのは,代表取締役である社長が会社に対して一時的に資金を提供し,貸付金として処理している場合です。
 長年会社を続けていれば,苦しい時期だってあります。そのような時期に,社長が会社に資金を貸し付けたり,会社の必要資金を立替えて支払ったりして,それがそのまま役員借入金として残っていることがあるのです。
 ここでは役員借入金と書きましたが,今からお伝えする問題が当てはまるのは,「役員借入金」という名前が付いたものに限られません。役員が会社から返してもらうべき性質のお金には,今からお伝えすることが当てはまります。
 例えば,経理のやり方によって,「代表者勘定」という名前が付けられていることもあります。「短期借入金」のなかに役員からの借入金が計上されていたり,「未払金」のなかに役員に対するものが計上され,そのまま残っていることもあります。

➁ 役員借入金の事業承継時のデメリット

 それでは,役員借入金と事業承継にはどのような関係があるのでしょうか。あまり関係なさそうに見えますが,役員借入金が残っていると事業承継の際にデメリットが生じることがあります。

 デメリットとしては,次の2点が考えられます。
㋐ 相続によって後継者以外の相続人にも引き継がれ,会社が返済を求められる
 例えば,代表者には,将来の相続人として,後継者Aさんと,後継者でないBさんの2人の子がいたとしましょう。貸借対照表上には代表者が会社に3000万円を貸付けている記録が残っていて,そのまま代表者が亡くなった場合にはどうなるでしょうか。
 法定相続分のとおりに相続した場合,AさんとBさんがそれぞれ会社に対する貸付金1500万円を相続することになります。
 会社経営に携わっていないBさんが,会社に対して「1500万円を返せ」と請求する事態が起こり得るわけです。このようなことになれば,会社の資金繰りに悪影響が生じてしまいます。

㋑ 相続税の負担が発生(増大)する
 例えば,代表者には,㋐と同じく,将来の相続人として,後継者Aさんと,後継者でないBさんの2人の子がいたとしましょう。貸借対照表上には,代表者が会社に3000万円を貸付けている記録が残っていて,その他にも,代表者は預貯金などの財産を4000万円分持っていました。
 代表者が亡くなった場合には,預貯金などの4000万円分だけでなく,役員借入金3000万円も相続税の対象となってしまいます。
 法定相続人が2人の場合,相続税がかからない基礎控除の枠は4200万円(3000万円+600万円×2人)あるのですが,役員借入金3000万円が残っていたせいで,相続財産の合計が7000万円になってしまい,基礎控除の枠を超えることになってしまいます。
 つまり,役員借入金が残っていたばかりに,相続税の負担が生じたり,相続税の額が増えたりしてしまうことがあるわけです。
 
 このように,役員借入金が解消されないまま残っていると,経営に携わらない相続人から返還を求められる,相続税の負担が発生(増大)するというデメリットが生じることがあります。
 また,金融機関との関係でも,役員借入金を解消しておいた方が,負債が少なくなって財務の健全性が増したように見えますし,役員と会社のお金を区別している印象を与えることができ,会社の信用を高められるのではないでしょうか。

 ここまで読んで,自社の役員借入金が気になった方は,自社の貸借対照表や勘定科目内訳明細書などを見て,役員借入金が残っていないか調べてみてください。また,顧問税理士さんに役員借入金について確認してもらってもよいかもしれません。

③ 役員借入金の解消方法

 次に,役員借入金を解消する方法としては,以下のようなものがあります。

㋐ 期限内の繰越欠損金の範囲内で債務免除を行う
 役員が会社に対する貸付金を免除する債務免除という方法があります。
 ただし,債務免除を行うと,会社には免除された分だけ債務免除益という利益が生じ,課税所得が増え,法人税の負担が増えることがあります。
 そこで,期限内の繰越欠損金がある場合,繰越欠損金の範囲内で債務免除を行うことによって,債務免除益から欠損金分を控除することができ,法人税の負担を避けつつも,役員借入金を減少させることができます。
 もっとも,免除を行った役員以外に株主がいる場合には,会社の借入金が減り,他の株主の株式の価値が高まったことによって,他の株主に贈与税の負担が生じることがあります。

㋑ 役員報酬を減額し,その分を役員借入金返済に充てる
 役員の報酬を減額し,減額分を役員借入金の返済に充てるという方法もあります。
 例えば,月60万円受け取っていた役員報酬を月額10万円に減額し,差額の50万円を毎月返済金として受け取るといった形です。
 この場合,返済金として受け取る部分には源泉所得税や社会保険料がかからず,源泉所得税や社会保険料の負担が減り,手取額が増えることもあります。
 ただし,会社側では減額した報酬分の損金が減ることになり,法人税が増える可能性があります。また,今後,近い時期に役員を退職する予定があり,退職金の支給を考えている場合には,報酬を減らすことで損金に算入できる退職金上限額も減ってしまうことになるため,退職金との関係でも報酬額の検討が必要です。

㋒ 役員が会社に現金を出資し,会社は出資を受けた資金で役員に返済する
 役員が会社に現金を出資して増資を行い,会社はその出資を受けた資金で役員借入金を返済するという方法もあります。
 ただし,増資すると法人住民税の均等割の負担額が増える可能性がありますし,課税庁から,税負担の回避のみを目的として行われた経済的合理性のない行為と判断された場合には,否認されるおそれもあります。
 また,会社の借入金が減り,他の株主の株式の価値が高まったことによって,他の株主に贈与税の負担が生じることがあります。

㋓ 贈与税のかからない範囲で後継者に贈与する
 後継者に対して,贈与税がかからない基礎控除(年間110万円)の範囲で,会社への貸付金債権を贈与する方法もあります。
 このように贈与した部分については,後継者以外の相続人に貸付金債権が渡ることを防ぐことができますし,相続税の対象となる財産が減ることによって相続税の負担軽減を図ることができます。
 ただし,これは代表者の相続に備えた一時的な対応にとどまり,役員借入金の解消とはいえません。会社への貸付金が代表者から後継者に移るだけで,後継者のもとには貸付金債権が残ってしまうからです。将来的には,後継者がその解消の対策を講じる必要があります。
 また,贈与税の基礎控除の範囲内だと,贈与できる金額に限界があるため,多額の役員借入金がある場合には,後継者への移転に長い期間がかかってしまいます。

㋔ 遺言で後継者に役員借入金を相続させる
 遺言を作成して,会社に対する貸付金を後継者に相続させるようにしておくという方法もあります。
 この方法では,後継者以外の相続人が会社に返済を要求するという事態は避けることができますが,相続税の負担をおさえることはできません。
 また,遺言によって後継者が相続した財産の金額によっては,他の相続人の遺留分を侵害してしまい,後継者が他の相続人から侵害分のお金を払えという請求(遺留分侵害額請求)を受けることもあり得ます。
 後継者のもとに貸付金債権が残ってしまい,後継者がその解消の対策を講じる必要があるのは㋓と同じです。

 以上のような方法をご紹介しましたが,役員借入金解消の対策をとる場合の注意点があります。
 それは,法人税,贈与税,相続税…と何かと税金が絡んでくるということです。税金に関する検討をせずに対策をとると,思わぬ課税を受けるおそれがあります。
 したがって,役員借入金解消の対策を行う場合には,必ず税の専門家である税理士さんに相談をして,課税リスクや方法について検討してもらってください。

④ まとめ

 最後に,この記事でお伝えしたいポイントをまとめます。

・役員借入金は事業承継時にデメリットになることがある
・貸借対照表や勘定科目内訳明細書で役員借入金が残っていないか調べてみる
・役員借入金を解消する場合には,税理士さんに課税リスクを検討してもらう

 この記事が少しでも皆さまのお役に立つと幸いです。

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