誠意【エッセイ】二〇〇〇字
ビル・ゲイツは、ハッタリ屋だった。
ゲイツと彼の盟友、ポール・アレンがマイクロソフト社を創業するきっかけとなったときだった。世界初のPersonal Computer(PC)が、MITS社によって開発されたことを知り、当時のコンピュータ言語で、主流の「BASIC」を、そのPC用に開発したと「ハッタリ」をかましたのである。納品日を指定された二人は、すぐに着手し、徹夜続きで期日に間に合わせたようだ。『ビル・ゲイツ 巨大ソフトウェア帝国を築いた男』にある。
その後も、コンピュータ業界の覇権を握ることになるウィンドウズシリーズも、1983年11月に記者発表された時点ではまだ設計すらできていなかったと言われている。1995年にウィンドウズ95が発表されるとこれが世界を席巻して市場シェア1位となり、コンピュータ市場における絶対的な地位を築き上げたのだった。
1995年というと、三十路から17年勤めた会社の役員時代の末期。社長に営業方針で逆らい閑職に追いやられた年。Win3.1(1993年)が世に出てからPCを使っていたので、「Win95」は画期的な(ブラウザ)ソフトであることがわかった。その前は、ワープロソフトなどのアプリケーションを立ち上げるには、(PCでも)黒い画面にコマンド(指令)を打たないといけない。『win >』(プロンプト)を入力すると立ち上がるという仕組みで、コンピュータを使っているという感覚があった。それが、スタートアップボタンを押すだけで済む。そして立ち上がった最初の画面は、カラーを使ったビジュアル豊かな画面。「革命が起きた」と感じた。
その時期に、「インターネット新規事業部」にいた。「事業部」とついているが、部下二人(うち一人は、社長のスパイ)。社長は、インターネットの幕明けが産業革命以来の大転換点であることは、むろん感じていない。
部下のひとりTは、「TIME」の日本支社から誘った男。アメリカのインターネット事情にも詳しい。彼から教わりながら、2年。私は「賭け」に出たのだ。Tでさえも半信半疑だったと思う。私の独立について来るとは言わなかったのだから。ゲイツではないが、「ハッタリ」をかましたわけである。
1997年に独立し、2年ほどは、お世話になっていた社長さんから月20万の顧問料なるものをいただき生活費に充てていたのだが、3年目に、大手百貨店に提案したWEB企画が採用され、本業となる領域の仕事が徐々に入るようになった。
6年目。運命を決める出来事が起きた。
毎年、大晦日に担当窓口であるWEB事業部の部長に挨拶に行っていたのだが(前々日のゴルフ焼けした赤い顔して)、その日は前日からの降雪で、歩道に雪が残っていた。年末の挨拶どころではない言葉が発せられた。
「菊地さん、これまでやってくれていたチラシのビューワー(ネット上で拡大して見るフレーム)ね。他社が、こんなものを提案してきたんだ。」
この百貨店は、ファッションカタログを多く発行している。チラシだけでなく、これらカタログまでもが、まるで指でページを開くように閲覧できるシステムだった。見たことはあったのだが、欠点もあるシステムだった。
「部長、これはマックでしか閲覧できないですよね」
「ま、そうだ。でも、見やすくスマートだろう、これ」
「確かに。でも、顧客の多くはWindowsを使っています。どうでしょ。Winにも対応するシステムを開発します。お時間をください」
と、「ハッタリ」をかましたのだった。それまで、「誠意」を売りにして信用してもらい売り上げを伸ばしてきた、私が。
期限は、1か月。
雪が舞う中、事務所までの1.5キロ、考えながらトボトボと歩いていた。これまでのチラシのビューワーも、売り上げを稼いでいた。それがなくなるのはかなりの痛手。しかし、まんざら「ハッタリ」でもなかった。専門的な(HTMLなどの)WEB知識はもっていないが、「社長は、何が可能で、何が不可能であるかをわかっていればいい」と思っていた。なにか作れるはずだ、と直感した。
事務所に戻り、さっそく、顧問をやってもらっていたS氏に電話し、仕組み、構想を話した。
「1か月しかないけど、できますよね? 『Flash』を使えば。そうすれば、winにも両方対応するビューワーフレームができますよね? いつもの顧問料に100万円上乗せします。完成後にさらに同額をお支払いします」
「ちょっと自信ないけど、やってみましょうか」
という返事だった。
しかし、だれも作ったことがない代物。簡単にできるはずもなかった。
それから、徹夜こそしなかったが正月休み返上で、S氏との毎日のやりとり。期限の一か月ギリギリで、どうにか形にできたのだ。
部長のOKをもらい、その他社のページ当たり単価(かなり高かった)を落し、請け負うことになった。
「おたくも、千万単位で経費がかかっているだろうし、しかも単価も落としてくれた。よろしく頼むね」
と言われたのだが、200万円で実現したことは、むろん内緒である(「誠実」な私であるが)。
この「ハッタリ」で、しばらく右肩上がりで伸びて行くことになる。
ビル・ゲイツは、こうも述べている。
「人の心をつかむもの、それは『誠実』である」と。
(ふろく)
現在のデジタルカタログ
当時の方が良かった。もっとスマートな作りだった。進歩ないねえ。
強がり?(笑