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沁みる夜汽車(3の1)「上京篇」【エッセイ】一八〇〇字(本文)

TOP画像:寝台列車 大宮鉄道博物館

 北海道・滝川の高校3年の2月。大学受験で初めて東京に出たときの話である。
 
 憧れていた東京。しかし得体の知れない、大都会。「札幌のような街が、たくさん連なっているような感じだよ」と、母に聞かされていた。戦火が激しくなる前、母は、府中にある遠縁の家で、養女として2年間暮らしたことがある。その家に宿泊することになった。三億円事件の1年後。府中刑務所の現場近く。母に行き方を詳細に書いてもらった。
 滝川から府中まで何時間かかったのか、記憶にない。憶えているのは、京王線の車内。乗客がまばらで、初春の暖かな陽が車内に入り込んでいた風景。朝のラッシュが過ぎた、10時過ぎだったように思う。そこから(当時の列車事情を検索し)逆算してみた。上野着が、9時くらい。青森から上野までの寝台特急は、9時間かかっていたようなので、青森発が0時。青函連絡船は、4時間の所要時間。なので、函館発が20時。滝川から函館までは約6時間だったので、滝川を出発したのは、13時台ということになる。ほぼ丸一日かかったことになる。
 滝川駅まで、母は見送ってくれたと思うのだが、その姿は覚えていない。寂しさというよりも、不安が勝っていたからだろう。ただ、母が作ってくれた稲荷寿司の映像だけは脳裏にある。函館行きの特急では何も食べられずに、ただ流れ遠ざかる雪景色を眺めていた。参考書を開いていても、ひたすら東京に着いてからのことを、思い描きながら。青函連絡船に乗って、さすがに腹が減り、立ち食いソバと一緒に、竹の皮に包まれた稲荷寿司をほおばった。黒い海を眺めながら。

青函連絡船「十和田丸」

 深夜発の寝台特急。3段ベッドになっていた。私は、中段。一人分の横幅しかない。そのまま梯子を上り横になった。当然、寝られるわけがない。いろんな音が聞こえ、ますます目が冴えてくる。線路を走る列車の音、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ゴトン、ゴトン。ときどき鳴らされる警笛音、ビュォーン! ビュォーン! 踏切の音、カンカンカン、カーン。寝台から窓の上部を通して、外の風景が見られる。街中を通過するときの街灯に照らされた雪景色以外は、ほとんどが真っ暗闇。無数の星がゆっくり右に移動する。線路の単調な音でウトウトしかけるが、寝られない。母のメモを見ながら、府中までの行き方を頭に入れようとする。何度も見返していた。最初の停車駅は、(調べると)盛岡だった。そのあと、仙台、福島、宇都宮の4駅、停車したようだ。仙台まではかすかな記憶がある。そのあとは、寝落ちしていたのだろう。
 遠くに見える稜線が、朝日のほのかなホリゾントで影となり、徐々に明るくなる。ベッドを座席に変えるアナウンスが入り、一斉に起き始める。車掌が作業している間、車窓脇の椅子に座り景色を見て、気づいた。雪がないことだけでなく、屋根に煙突がないのだ。テレビで観ているはずだが、直接目にするその風景に、異国に来てしまったような感傷的な気分になっていた。宇都宮駅を出て、上野に近づくにつれ、家が密集し始めた。連なっている。「お母ちゃんが言ったとおりだ」と、思った。
 上野駅に、9時くらいに到着(たぶん)。それから勝負の時間が始まる。頭に入れたメモ通りに、山手線の文字を探す。頭を動かさずに、目で追う、と自分に言い聞かせた。田舎っぺと見られないように。目だけ、キョロキョロ。上目遣いで、キョロキョロ。立ち止まらないように、素早く表示サインを見つける。そんな調子で、総武線に乗り換え、やっと新宿駅に到着した。
 ここからが、本番。総武線を降り、メモ通りに京王線がある西口改札口をめざす。すると、西口広場に出た。「えええ、東京って駅の地下にこんな広場があるのか!」と、足がすくんだ。しかし、そこで立ち止まっていては、田舎っぺと思われる。無表情を装い、都会人のように速足で、京王線の改札口を探した。顔を動かさずに、目で追う、上目遣いにキョロキョロ。冷やかされることもなく、不良に声をかけられることもなく、そして、ひとに訊ねることもなく、京王線に一人でたどり着いた。
 電車は、ラッシュも終わり空いていた。まばらなのは、北海道と変わらない。しかし、違うのは、煙突のない屋根と、家が途切れることがない風景。これが、母がいたことのある東京、大都会なんだと、思った。初春の柔らかい日差しを浴びながら、目が塞がりそうになったが、(心で)ほっぺたを叩き、無事に府中に到着したのだった。

(後記)

受験には見事に失敗するのだが、合格発表までの3週間の東京暮らしだった。お世話になった遠縁の家は、80代(と感じた)の夫婦と、30代前半の養子の息子との3人住まい。隣には、その息子の実家があった。
お爺さんは、(右系)宗教団体の本部のお偉いさん。しばらく馴染めなかったのは、夜具だった。2月と言っても夜は、冷える。しかし、宗教家の精神論からくるのか、煎餅布団と毛布一枚だけ。室内も北海道の温もりとは大違い。一日中、その寒さに震えていた。受験が失敗した理由にはしたくないが、一因となったのは、間違いない。
しかし、初体験の思い出もある。それは、餃子だった。受験会場からの帰り、府中の小さな中華屋だった。「こんなに美味しいものがあるのか」と、その後、何度も食べに行った。そして、ボーリング。息子の実家では、家族そろってボーリング場に、毎週末に出かけていた。餃子もボーリングも、札幌にはあったのかもしれないが、滝川にはない感動だった。

(答え)
※クイズの問題は、2月8日アップの『雨あがり』の(おまけ)にあります。

横書きで〈里芋〉です。その下に〈1P(パック)〉。乱雑だけど、店の活気を感じさせるこういう字、嫌いじゃありません。案外、おなじみさんには分かるのかも。
この値札の場合、現物は下に置いてあるので、伝えなければならないのは値段の文字だけです。あとは付け足しで、読めなくてもいいんですね。〈里芋〉は、ここでは一種のデザインとなっています。

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