服装【エッセイ】一〇〇〇字
「ファッション」をショルダーとして冠する百貨店が、20年近く得意先だった。しかし、実は私は、「着たきり」系で、クローゼットの手前の数点を着まわす「雀」なのだ(童話「舌きりすずめ」との語呂合わせで、むかし使っていた。いまや死語?)。
人間と動物との決定的な違いは、服を着ているか否か(近年、私のよりも値の張るブランドの服を身に着ける犬猫もいるが・・・)、という程度にしか服の価値を感じない。高級ブランドへの憧れなどなく、ユニクロで充分なのだ(柳井さん、失礼!)。
その百貨店では年に何回か、“拡販”という(半強制的に)業者へ購入を促す「習わし」がある。各社員がノルマを与えられ、担当取引先に協力を求める。取引先は、担当者に貢献すべく、ブランド・スーツなどを購入する。社員もノルマ達成のため身銭を切る者もいる。そのせいか、ファッションの百貨店らしく、高級スーツをビシっと着こなしているひとが多い。
“拡販”のおかげ(?)か、多くの高級ブランドに類する服が、クローゼットの奥に鎮座している。しかし、会社を整理し本来の「雀」に戻ったいま、奥にある服を着用する機会は、冠婚葬祭の折しか、ない。
仕事の関係がなくなり、旧担当者と個人的に気軽に付き合うようになって、知った。店では格好よく着こなす彼らだが、プライベートではユニクロを愛用する「雀の仲間」であった。
「雀」が一番愛用しているものがある。一応、カルバン・クラインのブランド物であるが、「紳士大市」というバーゲンで購入。1万円也。私のエッセイに「ポチ」したときに出てくるポップアップの、グレーのジャケットである。皺になっても自然な、いやそのほうが雰囲気を醸す生地なのだ。取引先との打ち合わせも、営業も、接待でも、そのジャケットで通した。
一昨年、マンハッタンに行ったときも活躍した。旅行の初日にヤンキースの開幕試合があり、田中マーくんが投げる。試合開始は13時。JFKに到着するのが10時。スーツケースをピックアップする時間がない。よって機内持込サイズにすることにした。そうなると、ぎゅうぎゅうに詰めてもOKな服が条件になる。さらに3月末だったので、現地は10度近くなることも。防寒対策もマスト。そこで考えたのがレザーコート(これも古着)とヒートテックのアンダーウエア。あとは、レストランのドレスコードに、ギリギリ耐える上着が必須。そのときの主役が、カルバン・クラインのジャケットだった。
かように、5日間「着た切り雀」で通した。が、帰国の際キャリーバッグを軽やかに引いて降りてきたのは良かったのだが、トートバッグを機内に置き忘れてしまった。最後の最後に・・・。なんとも、私らしい。