門出【エッセイ】六〇〇字
97年の春。17年勤めた会社を47歳で辞め、ウェブデザイン会社を興そうと、事務所を探していた。義父が伊勢丹の広告制作の会社をやっていた関係で、新宿に。決めたのは、御苑大木戸門が真正面に見える、7階の部屋。その界隈は、よく食事に来ていた場所で、気に入っていた。門から20mの螺旋階段を上がった2階。窓から、ライトに浮かぶ旧大木戸門衛所が見える、レストラン。門の横の空き地には、小型バンからテントを広げ、夜だけ営業するバーが。食後に、ユトリロの絵画に出てくるような衛所を見ながらグラスを傾ける。そんなエリアが、出発地になる。
当時は、インターネットが普及するかどうか、微妙な時期。成功するのか不安もあったが、2年後くらいから、売上が増えていった。
幸いにも、「伊勢丹専属」の肩書をいただき、その後も順調に推移。事務所を、業界にふさわしい雰囲気の部屋に移し、スタッフも20名に拡大した。が、その頃から考え始めた。「やるだけはやった。次もある」と。性分で、思い立つと行動は速く、従業員全員を引き取ることを条件に、5年前に売却した。
荷物の移転が終わり、複合機だけが残った部屋を見まわしていると、18年前を思い出した。御苑を超え、空の部屋に入ってくる春風に、レイアウトを考えながらうたた寝した、あの日を。異なったのは、不安よりも期待感の高まりがあった。あと何年か分からないが、最後の門出。やってやろうじゃないか、との。