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ぼくは詩人であるはずもなく……

ぼくは詩人であるはずもなく……
十七歳
ひたむきなだけの少年だったが
ぼくは正直であるがゆえ
すでに 一匹狼として追われていた

きみは女神であるはずもなく……
十六歳
健気なだけの少女だったが
きみは純潔であるがゆえ
ひとりぼっちのプリンセス 道端に咲いていた

ぼくは詩人であるはずもなく……
若き狼と
ひとりぼっちのプリンセスは
正直で純潔であるがゆえ
出会った その一瞬で恋に落ちた

きみは女神であるはずもなく……
見つめ合うまま ぼくは立ち止まり
ためらうことなく きみは寄り添い
どちらともなくぼくたちは
あいさつ代わりにキスを交わした

ぼくは詩人であるはずもなく……
正直が風を呼び 純潔が雨を呼び
風はますますつらく 雨はますます激しく
初恋は嵐となって
ぼくたちの行く手をさえぎった

きみは女神であるはずもなく……
ひたむきなだけの少年は 風にあらがい
健気なだけの少女は 雨をふり切り
身を寄せ合って踏み出すほど
ぼくたちは厳しく追われ続けた

ぼくは詩人であるはずもなく……
正直であるがゆえ
若き狼は 辺りかまわず牙を剥き
純潔であるがゆえ
ひとりぼっちのプリンセスは 道端に散った

きみは女神であるはずもなく……
あれから幾歳月が過ぎ
嵐もどこかへ去って行ったが
初恋は百年も 千年も
かくも長く続き――

ぼくは詩人であるはずもなく……
花と散ったプリンセス
十六歳の少女は 女神(ミューズ)となり
追われ続けた一匹狼
十七歳の少年は 詩人となった

きみは女神であるはずもなく……

ぼくは詩人であるはずもなく……

 

       ☆「ミューズ」ギリシア神話で〝歌(詩と音楽)の女神〟

       ©伊武トーマ

 

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