【15】清酒醸造の微生物(1) -酵母②-
一度に読む(書く)文量を超えたので、記事を分割しています。
-酵母①-では「きょうかい酵母」の清酒用6号までについて触れましたので、今回は同7号から14号までをお伝えします。次回-酵母③-にて、その間に分離された「泡なし酵母」、それから15号(1501号)以後について紹介を続けます。
きょうかい酵母(続き)
7号酵母
分離源:真澄
分離者:山田 正一・塚原 寅次 他
分離・実用年:1946年(昭和21年)
戦後早々に実用化され、現在でも広く使われている7号酵母は、長野県の「真澄」より分離されています。経緯は真澄公式サイトに記載されています。
7号酵母の特徴については、日本醸造協会のサイトには「華やかな香りで広く吟醸用及び普通醸造用に適す」とあり、灘酒研究会の「灘の酒用語集」においても「糖の消費はきょうかい6号酵母より劣るが香気は華やかで吟醸香が高い」と記載されていますが、後に登場する9号以後の吟醸系の酵母に比べると、そこまで香りを出せる酵母ではありません。現在では、発酵力の強さから、普通酒に用いられることが多いようです。
その優れた発酵能力から、7号酵母は清酒酵母のモデル株として様々な研究に用いられており、品種改良の親株としても使われています。9号以後のきょうかい酵母や、各地で発見された新種の酵母においても、7号酵母を祖とする酵母が非常に多く、遺伝的にも近いため「K7グループ」として分類されています(「K7グループ」には7号酵母と共通の祖先を持つと考えられる6号酵母も含まれているのですが、派生した酵母の多さから7号酵母を中心としています)。
6号酵母、7号酵母については長くその2種のみが頒布され続けたことから、両者を比較した報文も多いです。古くは7号酵母頒布開始後の1947年(昭和22年)に塚原らが「協會六號酵母と七號酵母の差異について」という報文において、麴汁(第一報)と実地醸造(第二報)の試験の結果を報告しています。また後の報文では以下のようにまとめています。
この文章だけを見ていると、7号酵母の方が使い勝手が良さそうな印象を受けます。今でも使用数では7号系が一番多いのではなかったかなと(ソースが無いのでうろ覚えですが)。
7号の蘊蓄よりも、そこから派生した酵母の話の方が充実しているので、正直あまり書くことがありません……。探せばいろいろ出てくる気はしますが、一旦この辺で止めておきます。
8号酵母
分離源:6号酵母変異株(※後述)
分離者:塚原 寅次
分離・実用年:1960年(昭和35年)
8号酵母は6号・7号と異なる酒質の清酒醸造を目的として新たに分離された酵母で、分離前の1956年(昭和31年)に塚原が以下のような文章を記しています。
これは「6号も7号も吟醸用で、磨いていない(精白度3割減以下の)酒向けの酵母ではないから、普段飲む酒造りに適した新しい酵母が今の業界には必要だ」という解釈で良いのかな……と思います。
そのような背景から登場した「8号酵母」は、笠原秀夫により以下のような特徴であると報告されています。
このように「6号の変異株」として登場した8号酵母ですが、近年のDNA解析の結果、6号酵母とは全く系統の異なる酵母であることが判明しています。
出自はさておき、6号、7号にない特徴を持つ8号酵母でしたが、淡麗辛口化が進む中で、1977年(昭和52年)に「濃醇多酸な酒質となりやすい傾向があり、時流にそぐわない」として頒布が中止されました。
しかし、その特徴に注目した村重酒造が日本醸造協会より取り寄せ、2003年(平成15年)から仕込を行っていたそうです。2007年(平成19年)には全国に先駆けてレギュラー商品として発売し、そして2020年(令和2年)には「きょうかい8号酵母」で醸すシリーズ「eight knot (エイトノット)」がリリースされました。以下の文章は、応援購入型サービスMakuakeにて2021年9月に開始した「eight knotの2020年醸造と2021年醸造の飲み比べセットの数量限定先行販売」のプレスリリースより抜粋したものです。
村重酒造の調査では、他に5社ほどがこの8号酵母を用いた清酒を造っているとのことで、調べてみましたが秋鹿、豊盃、天吹あたりがヒットしたものの、レギュラー商品として造られているかどうかまで確定できず……。天吹は村重酒造から移籍した杜氏が造っているので、その経験値からかな?と思います(どちらかというと「花酵母」のイメージが強いのですが)。
9号酵母
分離源:熊本県酒造研究所(香露)
分離者:野白 金一
分離・実用年:1953年(昭和28年) → 1968年(昭和43年)より頒布
あれ?8号酵母より分離が早い?と気になるところですが、「熊本酵母」として分離されてから、当初は「香露」の蔵が自身で使うほかに、交流がある他の蔵にも提供していました。するとその評判が広がり、全国から「協会として広く頒布してほしい」との要請が来たことから、日本醸造協会が蔵と契約を締結し「きょうかい9号酵母」として頒布を始めています。その間が15年もありましたので、分離自体は8号より先ですが、ナンバリングとしては9号となっています。
「熊本県酒造研究所」とありますが公的機関ではなく、大正7年(1918年)に「株式会社」となった、明治末期に酒質向上を目的として、熊本県内の蔵元らの呼びかけによって立ち上げられた組織です。
野白金一(と熊本県酒造研究所)については、以下のサイトにも詳しく載っていましたので紹介します。
きょうかい9号の由来について、wikipediaには元々は岐阜の蔵が発祥であるという記載がありまして、引用文献となっていた書籍を確認したところ、たしかに以下の記載がありました。
由来が岐阜の菊川とあるのですが、菊川株式会社の公式WEBサイトには酵母に関する記述はなく、上述の書籍以外には記録がありません。また、7号酵母の変異と断定していますが、先述の通りK-7グループとしての近縁性は示されているものの、7号の変異株という説自体もこの書籍に限られています。
発見者については、以下のような文章もありました。
以下にリンクしている日本醸造協会誌掲載の萱島氏自身の文章はじめ、他にはこの発見のくだりは確認できませんでした。昔の話で、学術的な記録もないのが惜しまれます。
さて、9号酵母の特徴ですが、日本醸造協会による説明には「短期醪で華やかな香りと吟醸香が高い」とあります。今の鑑評会で使われる酵母の主流である「カプロン酸エチル高生産酵母」が現れるまでは吟醸造りのための酵母として使われており、「YK35」という言葉の構成要素の一つでもありました。原料米は「山田錦(Y)」、酵母は「きょうかい9号酵母(K)」、精米歩合は「35%(35)」、コレが全国新酒鑑評会で金賞受賞するための必須条件だ、と言われていたときの造語です。なお「K」は「きょうかい」「9」「熊本」「香露」のどれでもとりあえず「K」らしいですが、「熊本」説が有力です。
きょうかい9号酵母として頒布されるに際し、熊本酵母の使用注意点について解説した報文のまとめでその性質を端的に記載してありましたので引用します。
低酸生成かつ高香気成分生成というのはこの後も登場する吟醸酵母の決まり文句で、10号以後でもその表現が散見されますが、9号(901号)は低温でも良く発酵することから、後の吟醸用酵母の発酵力(香気成分生成能と引き換えに弱くなっているものが多い)を補うために複菌で使用されることもあります。
独立行政法人酒類総合研究所がまとめている全国新酒鑑評会の「出品酒の分析結果について」というデータのうち、2023年9月時点で最新のものとして、下記リンク先に令和2酒造年度の報告が公開されていますが、出品数821点のうち酵母の混合使用が137点あり、その内訳の中できょうかい901号が23点あったとのことです。
10号酵母
分離源:東北地方
分離者:小川 知可良
分離・実用年:1952年(昭和27年) → 1977年(昭和52年)より頒布
8号よりも分離は早かった9号ですが、さらに10号の方が分離自体は早いのです。分離された中から選抜されるまでに6年、それからきょうかい酵母となるまで約20年。分離した小川 知可良による報文にその由来と経緯が記載されています。
その経緯から「明利小川酵母」とも呼ばれている10号酵母ですが(たまに明利酒類発祥と記載されますが、厳密には起源は明利酒類ではありません)、これもまた地方で分離された酵母の優秀さが認められ、後に「きょうかい酵母」として採用されたパターンです。
10号酵母の特徴としては「低温長期醪で酸が少なく吟醸香が高い」と記載されていて、9号の「短期醪が特徴」という点がまず異なります。また酸が少なくなることから、純米酒にも向いている酵母です。
明利酒類公式サイトには以下のように記載されています。
少し古い文献にはなりますが、平成2年(1990年)に発表された論文で、9号・10号を含むきょうかい酵母8種(6号・7号・9号・10号・12号・13号・901号・1001号)、さらに清酒酵母以外の醸造酵母として焼酎酵母7種、泡盛酵母3種、ワイン酵母1種、ウイスキー酵母1種の合計20種類の酵母について清酒の小仕込試験を行い、製成酒の一般成分、香気成分及び有機酸等の香味に大きな影響を与えると考えられる諸成分の分析を行い、各種酵母間の性質の比較を行ったものがあります。
この試験によると、10号酵母は他の清酒酵母と比べ
・高級アルコール(n-プロピルアルコール)が多い
・ピルビン酸、クエン酸、アセトアルデヒド、尿素が多い
・リンゴ酸、グリセリンが少ない
という結果が示されています。
また日本酒度を除く22項目の分析結果についてクラスター分析を行ったところ、清酒酵母のグループと他の醸造酵母が明確に区別され、清酒酵母のグループの中でも10号酵母は最も離れた位置に分類され、特異な性質を明示することもできた、と述べられています。
7号酵母のところで紹介した図は遺伝子から見た分布で、6号・7号・9号・10号がK7グループの4つの軸で、後ほど紹介する12号は9号からの派生、13号は9号と10号からの派生になるので、この実験の成分値クラスター分析の結果もある程度整合性は取れているのかなと思います。
9号と10号については、頒布開始後に全国新酒鑑評会で主流の酵母となっており、頒布開始から約10年後、先述の論文の前報になる文章の中で、以下のような記載がありました。
「YK35」の示すように9号が600/804と約75%を占めてはいるのですが、次点で10号が163/804と約20%で続いています。
酸生成量と吟醸香の特徴からすると10号の方が良さそうに思えるのですが、9号に比べると10号はアルコール耐性が若干低いことが知られており、醪末期のコントロールが難しい(死滅しやすい)のが欠点です。
それを踏まえて、9号の発酵力と10号の醸造特性を掛け合わせた「良いとこどり」を目指した「13号酵母」の開発が行われるのです。
11号酵母
分離源:変異株
分離者:原 昌道
分離・実用年:1975年(昭和50年)→ 1978年(昭和53年)より頒布
7号酵母からの変異株として登場した11号酵母。8号酵母が6号酵母の変異株として登場しましたが、目的をもって変異「させた」株ではありませんでした(そして実際は全く別物だったわけですが)。11号酵母は7号酵母から高アルコール耐性を取得した株を選別しており、きょうかい酵母の中では初めて”品種改良”で得られた酵母と言えるのではないでしょうか。
なお、どうやって高アルコール耐性を獲得させたか、というのが下記文献に記載されていますが、20%アルコールを含む環境下で生き残った酵母の釣菌を繰り返し、生存率が高かった菌株を「アルコール耐性株」としています。紫外線照射による変異誘導では成果がなかったそうですが、過酷条件へ追い込んでも生き延びるヤツを見つけるという、実に分かり易いというか、何というか……。
酵母の特徴は「醪が長期になっても切れが良く、アミノ酸が少ない」とありますが、元となった7号酵母に比べ、アルコール耐性が高いために醪末期でも死滅しにくいこと(醪末期のアミノ酸の増加は単に死滅酵母菌体内のアミノ酸の醪への漏出現象のみでなく、酵母が死滅することにより、酵母菌体内にカルボキシペプチダーゼが活性化され、これが菌体内あるいは菌体外のペプチドに作用してアミノ酸を生成することがこの研究でわかっています)が
影響しています。
そのため日本酒度が高く、アミノ酸が少ないスッキリしたタイプに仕上がり(醪初期はゆっくり発酵し酸がやや高くなるという特徴もあります)、「超辛口」「大辛口」を謳う清酒に現在も用いられています。
その後の12号、13号は頒布中止となりましたが、11号は現在でも頒布され続けており、泡なしタイプの「1101号」も地味に2014年(平成26年)より頒布されるようになりました(当時、頒布開始について特にアナウンスがなかったような…)。
12号酵母
分離源:浦霞
分離者:宮城県酒造協同組合醸造試験所
分離・実用年:1965年(昭和40年)→1985年(昭和60年)より頒布
酒蔵発祥で由来がハッキリしているのはこの12号が最後です。宮城県の「浦霞」の昭和40酒造年度の醪より採取された酵母になります。宮城県酒造組合醸造試験所が優良酵母の分離・保存を行っており、県内の蔵へ配布していたものが、要望に応じて「きょうかい酵母12号」として全国へ頒布されることになりました。
発祥蔵の浦霞の特設サイトには以下の文章が記載されています。
吟醸用酵母として有用と認められた12号酵母ですが、9号系酵母の自然変異株と考えられています。芳香高く低温でも良く発酵するという特徴は9号とも共通しているところでしょう。
頒布からわずか10年後の1995年(平成7年)に頒布が終了しています。酵母の変性によるものと考えられますが、Wikipediaには「極度に水と造りを選ぶので一般的とはいえない」という記載もあり、使い難かったのかもしれません。しかし、その出典は見つけられませんでした……。関係するとしたら、以下の一文くらいなのですが。
軟水・硬水の使い分けというか、リン・カリ・クロール・硬度がかなり異なるので、軟水地域なら加工助剤で硬い方をカバーできますが逆は……という印象は受けます。酵母の栄養分がかなり少ないようにも思えますが、富栄養下では却って上手くいかないものなのでしょうか。
そんな12号酵母ですが、宮城県産業技術センターと宮城県酒造組合が、12号酵母の原株である「初代宮城酵⺟」から、⾼エタノール濃度下での⽣存性を指標に⾃然変異株を選抜し、加えて泡なし株を選抜して、純⽶酒製造⽤酵⺟「宮城マイ酵⺟」を開発しています(2000年(平成12年)に高泡株、2004年(平成16年)に泡なし株を取得)。
「初代宮城酵母」は穏やかな酢酸エステル系の吟醸香を特徴として広く使われたものの、純米酒製造に用いるには高アルコール濃度耐性や発酵性においてやや物足りない面があったため、初代宮城酵母のアルコール耐性強化株の取得を試みたそうです。先述の12号酵母の報文中でも、醪発酵経過例は日本酒度±0でアルコール分16%付近でしたので、純米酒には発酵力が少し物足りないですね。
令和に入り、浦霞では12号酵母を用いた酒造りを再開しています。他所と同じく、発祥蔵としてアピールできるのは強みでしょう。純米吟醸と純米大吟醸の2アイテムが販売されています。
13号酵母
分離源:交配株
分離者:原 昌道
分離・実用年:1979年(昭和54年)→1985年(昭和60年)頒布
先に触れましたが、アルコール耐性が低い10号酵母に対し、より頑丈な9号酵母との交配雑種の中から、10号酵母の良い特徴を有し、かつアルコール耐性の比較的強い酵母を選択して、分離された新しい有用清酒酵母とされています。
この辺りになると遺伝子操作等の手法が進歩しており、普通に理解しづらくなってきます。ハプロイド(一倍体)と言われても……と思うので、その辺りは深く考えずに、何となくイメージだけ理解してください。
試験では7号・9号と10号の掛け合わせを行っていますが、採用されたのは芳香性の高かった9号と10号の交雑株(MK-9株)です。
その後、MK-9酵母は「きょうかい13号酵母」として頒布されることになりますが、その特徴を続報で下記のようにまとめています。
この9号と10号のハイブリッドである13号ですが、親の9号・10号が今も頒布される一方でいつの間にか頒布中止となっており(中止の理由も、頒布中止年の記載された資料も見つかりませんでした)、影の薄い存在になっています。酵母名で検索しても使用商品の情報に辿り着かないので、市場にはないのかな……。
14号酵母
分離源:北陸地方(醪)
分離者:北陸酒造技術研究会
分離・実用年:1991年(平成3年)
出自はわからないのですが、金沢国税局鑑定官室に囲われていた菌株から選抜され、9号の系統の自然変異株とされています。
日本醸造協会のサイトには「酸が少なく低温中期型醪の経過をとり特定名称清酒に適す」とあり、上記引用の論文にはサブタイトルで「酸が少なく吟醸香が高い」と記載されています。
14号の特徴として、9号と比較した場合、
(1)生育がやや遅い
(2)酸が少ない
(3)アミノ酸がやや多い
(4)上槽時の酵母生菌数が少ない
となっています。(1)と(3)は関係性があり、アルコール耐性が弱いために、醪末期で酵母細胞の死滅が起こりアミノ酸が多くなると推察されています。
製成酒の香気成分分析において、吟醸香の1つである「カプロン酸エチル」濃度が4.5ppm程度出ており、華やかとまではいかないがバランスの良い穏やかな香りとして感じられる、という旨の記載があります。
元々は出品用の吟醸酒向けに選抜された酵母だと思うのですが、カプロン酸エチルをバンバン出す酵母が増えており、検索してみると現在では香味のバランスから純米吟醸酒クラスの商品が多いようです。有機酸組成の割合から、燗酒向けの清酒にも用いている蔵もありました。
出自にドラマもないし、今も普通に使われているので、あまり書くことがありません……。
結局13,000字というボリュームになりましたが、今回はここまで。次回で「泡なし酵母」と1501号~の紹介、その次でその他のきょうかい酵母、それが終わったら各都道府県等のオリジナル酵母…いつ終わるのコレ?