蜷川幸雄監督「蛇にピアス」を振り返る。「曲調」
甘い音楽が好きだった監督
蜷川幸雄監督「蛇にピアス」を振り返ってみようと思います。
蜷川幸雄氏は誰もが知る演劇界の巨匠演出家でしたが、劇映画の監督作品は全部で5本。この「蛇にピアス」が遺作となりました。出演、吉高由里子、高良健吾、井浦新、他。2008年に劇場公開されました。
映画製作と同時期、演出家としてアメリカでシェイクスピア公演を進めていた蜷川監督はとにかく多忙で、日々日本とアメリカを往復する状態。音楽を一緒に聴きながら検討する時間の余裕はなく、私が作った音楽デモを仮編集の映像に乗せDVDにして監督へ送り、時間を見つけて確認してもらうというやり方でした。そんな中でも蜷川監督の感性、集中力は驚くべきものがあり、各音楽の曲調や入る位置を完全に記憶していて、どこかがほんの少し変わっただけでも気付く鋭さを持っていたことが印象に残っています。
金原ひとみ氏が20歳で芥川賞を受賞した話題作「蛇にピアス」の映画化。私は最初、ダークでディープでドープなサウンドを狙って作ってみました。しかし、監督からのリクエストは真逆でした。「とにかく音楽は甘くしてくれ!」「甘いのがいいんだ!」と。その後、甘い曲調で作り直した音楽を監督へDVDで送付。後日スタジオで監督と会った際「音楽、全部よかったよ!、曲調も位置も全部いい!、このまま何も変えないでくれ!!」と言ってもらえたときは本当に嬉しかったです。でも、ちょっと甘くしすぎたと感じていた曲が一カ所だけあり、通常行われるはずの音楽修正作業の中で直そうと考えていたのですが、監督のOKによりそれができなくなってしまいました。実はこれだけがわずかな心残りなのです。私が甘くしすぎたと後悔している曲がどれかは、皆さん映画を観て勝手に想像してください。
なお、この映画のメイキング映像の監督が松永大司氏でした。ここでの出会いがその後の松永大司監督作「ピュ~ぴる」「トイレのピエタ」の音楽へつながっていきます。