河瀬直美監督「萌の朱雀」を振り返る。音楽の役割2
「劇中曲」と「劇伴音楽」
「萌の朱雀」にはもう一つの重要な役割をもつ音楽「劇伴音楽」が存在します。
映画タイトル部分、時代が移り変わりゆくシーン、村の人々の日常の点描シーン、ここには共通のモチーフから作られた音楽が入っています。これがこの作品における劇伴音楽です。
実は、この曲の最初のデモをカセットテープに録音して撮影準備中の河瀬監督へ送ったことが、私がこの映画の音楽を担当するきっかけになりました。奈良・西吉野村の風景やこの物語のイメージに合っていると感じてもらえたのだと思います。
劇伴音楽は背景音楽(BGM)とも呼ばれ、それぞれのシーンに合わせて作る音楽です。情景描写や心理描写として入れることが多いです。
「萌の朱雀」の中で孝三が聴いていたレコード曲は、劇中曲としてそれぞれのシーンに印象的に登場します。それに対し劇伴音楽は、映画に寄り添い、物語を後ろから支える役割を持っています。音楽を映画に入れる意味が違うのです。「萌の朱雀」における劇伴音楽は、けっして目立つ音楽ではないかもしれませんが、しっかりとそのシーンの中に存在しています。
劇伴音楽は、セリフ、状況音、効果音とともに映画の中に在ることで意味を持つ音楽です。音楽単体で聴く目的で作ったものではありませんが、映画鑑賞後、どこかでその音楽だけを聴いたとき、映画のそのシーンを思い出していただけたならとてもうれしいです。もう一度その映画を観たいと思っていただけたならさらにうれしいです。
「萌の朱雀」の公開は1997年、それから25年が経ちました。時代の移り変わりを感じながら、永遠に作品が残っていくことを願っています。