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巨悪なる新自由主義(4)ー 日本編

日本についてはどうなの?という質問があったので、この投稿を追加します。

・日本では労働環境が異なる(企業内組合など)、官民労の対立構造が弱かったなど欧米とはやや異なる環境があったため欧米ほどの急な進展はなかったが、少しずつ意識の欧米化と同期を取って着実に進んでいるのが実態。
・政権が表立って進めているようですが、裏の主役は財務省と言われています。財務省の後ろに誰かがいるのかはわかりませんが。

政権ごとに目立った動きを見てみましょう。

(1) 中曽根内閣:
・新自由主義の嚆矢としては1982年の中曽根政権でしょう。(※諸説あります)(^^;)
・「3公社民営化」「日本航空の完全民営化」「赤字国債ゼロ(1984年まで)」「3K(米、国鉄。健保)赤字の解消」が嚆矢と言われている。
※中曽根さんはあるネタで脅されていたとかいう諸説もあるらしい。

(2) 細川内閣:
・1994年細川内閣に時代に公職選挙法が改正され、衆議院選挙に小選挙区比例代表並立制が導入されました。派閥の力を弱めようという意図があったようだが、結局党執行部の力が極端に強くなってしまった。これが小泉内閣で効いてきて、新自由主義がその頃に猛威を振るうことになります。
・内閣府のWebサイトによれば「93年8月の「緊急経済対策」において規制緩和がマクロ政策と並ぶ2本柱として打ち出され,それに基づいて設置された政府の「経済改革研究会」が93年11月に通称「平岩レポート」を発表し,経済的規制は「原則自由」に,社会的規制は「自己責任」を原則に最小限に,との原則を打ち出した。94年7月には「今後における規制緩和の推進等について」が閣議決定され,住宅・土地,情報・通信,輸入促進・流通,金融・証券・保険を重点4分野とし,279項目の規制緩和が打ち出された。そして95年3月には「規制緩和推進計画」が閣議決定され,1,091項目につき,5年計画で規制緩和を推進することとなった。」ということ。大きな規制緩和が動き出しました。

(3)橋本内閣:
・その後はしばらく不活発であったが、橋本内閣が「六つの改革(行政改革、財政構造改革、社会保障構造改革、経済構造改革、金融システム改革(金融ビッグバン)、教育改革)」を掲げ、再び本格的に新自由主義政策を推進した。これらは全て実質的に資本家側の負担軽減と規制緩和であった。
・橋本内閣は財政再建を急ぎ、消費増税(3%→5%)行い、所得減税は打ち切り医療費の自己負担増も実施し、増税分は国債の返済にあてるような緊縮型財政運営をおこなった。結局税収は減少し、財政赤字を収縮させるどころか、拡大させてしまった。先に景気回復・経済成長させれば、税収も増え、財政赤字抑えられるが、税収を増やすことから始めても、景気回復や経済成長は実現できないのは当たり前。

(4) 小泉内閣:
・新自由主義を強力に進めたのが小泉内閣でしょう。竹中平蔵国務大臣と二人三脚で推進しました。抵抗勢力には次回の選挙時に刺客候補を送るなど、小選挙区制によって強まった党執行部の力を背景に強権を奮った。
  ・不況が続いているにも関わらず財政支出を厳しく制限
  ・有名な郵政民営化道路関連四公団の民営化
  ・労働者派遣法改正(製造業への派遣解禁)
  ・銀行の不良債権処理で金融機関を救う
   →地場産業や中小企業を淘汰し、多国籍企業の為の基盤を整備した

こんなにいろいろな「改革」をやってるのに良くならない。反省もない。下級国民は吸い取られるだけ?誰の利益の為にやってる改革なのか。もう明らかですよね。

(2)基本的な構造

・大きなドライバーは「資本主義」なのでしょうか。資本蓄積を永遠に行うことが唯一の目的なのだが、それを強化しようとして新自由主義という名のイデオロギーを使って、洗練された方法で途上国から、あるいは先進国内では下級市民から吸い上げようとしている。途上国や下級市民から吸い上げた富は上手くカモフラージュされた方法で上級国民や資本家に分配されているということでしょうか?時には荒っぽい手を使って。
そこから話をおろして行けば見える景色も変ってくるかもしれませんね。

日本人は「改革」好きです。日本史でも「○○改革」というのが良く出てきますが、当時から既にそう呼ばれていたのかどうかまでは知りません。ただ、その改革好きに乗じて新たな搾取の手段を、さも改革であるかのようにカモフラージュをするなんてのは大きな詐欺のように感じますね。

「国民大衆の心は小さな嘘よりも大きな嘘の犠牲となりやすい。」(アドルフ・ヒトラー)