メガネのままで

 今日はコンタクやめて久しぶりにメガネをかけたから、思い出したわ。
 中学の頃のダッサい銀縁眼鏡かけてたんだ。二年のときは生徒会の風紀委員とかやったんだよ。絵に書いたようなマジメ君で、だから、いや、だけどかな、真面目に恋をしていた。え、マジメ君なのにって? いやするでしょ、恋とか。じゃあ、逆にきくけど、不真面目な奴だけが恋するの? 犯罪者だけセックスするの? 違うでしょ。まあ、いい。話を続ける。
 僕が好きになったのは同じクラスの高木さん。とってもマジメな子で、僕と同じく銀縁眼鏡をかけてた。前髪を眉毛の上でまっすぐに切りそろえてて、後ろ髪は肩に絶対にかからないようまめに切ってたね。高木さんのどこが良かったかって、うーん、全部。優しいし、かわいいし。僕は彼女に夢中だった。
 初めてのキスも高木さんとだった。これはちょっとマジメ君路線とは外れてたかもしれない。だって学校でだったから。放課後の図書室で二人きりになってさ、話しているうちにそういう雰囲気になった。で、顔を近づけたらお互いの銀縁メガネが当たってさ、カチャ、カチャ、カチャカチャ、けっこう大きな音がしちゃったんだよねえ。外に聞こえるんじゃないかってビクッとしたわ。聞こえるような音なわけないんだけど。気をとりなおして、ってまた顔を近づけたら、高木さんの眼鏡のレンズが曇っていた。しかも両方とも。興奮したせいだね。ごめん、見えない、って言われて、僕はそれっきりでキスできないのは嫌だと思ってさ、すぐにポケットから眼鏡拭きを取り出したの。高木さんに渡したらキュッキュと拭いてさ、その後、僕もメガネを拭いた。僕の眼鏡も少し曇ってたんだ。そして、クリアになった視界で、僕と高木さんはキスをした。唇が重なるとき、すごく、興奮したなあ。高木さんの唇は柔らかだったよ。ああ、舌とかは入れなかった。マジメな中学生だし、初キッスだよ。
「これからもキスするとき、メガネって邪魔になるの」
 高木さんは僕にきいた。知らないよな、僕も初めてだもんな。
 なんて言ったか忘れてたけど、自分のメガネをクイッとあげて、僕はこう答えたそうだよ。
「大丈夫、メガネのままでいい。本質的にメガネが何かの邪魔になることはないんだ。僕はずっとメガネは外さない」
 なんでそんなこと言っちゃったのかなあ。本質ってなんだって思うし、ちょっと偉そうだよね。しかも、僕はもうめったにメガネかけてない。コンタクトばっかだからさ。
 あ、やっぱり気になった? 忘れてたはずの中学の頃のセリフを今は分かるのなぜかって。そりゃ、この前の同窓会で高木さんに会ったからなんだよ。
 中学3年のとき受験のために恋愛はちょっとお休みしようとかお互い言って別れてしまってさあ、それで高校も別になっちゃったから、6年ぶりぐらいだった。
 高木さんは、医大生になっていたよ。そして、今でも素敵なメガネ女子だった。すらりとしていて、今では髪はずいぶん長かった。
 コンタクトレンズをつけている僕をみて、彼女は言ったんだ。なんでメガネじゃないのって。そして、メガネが何かの邪魔になることはないんじゃなかったのって。はっ、って感じだった。
 高木さんには今つきあっている人がいるらしい。それは本人ではなく同級生のひとりから聞いた。まあ、美人だからそうだろうなって感じだ。付き合い直す気にはならないね。高木さんもいまさら僕に興味はないだろうさ。
 だけど、彼女は僕に宝物をくれた。僕はすっかり中学の頃に自分が言ったことなんて忘れてたけど、彼女は覚えてくれていたんだ。ずっと。中二の頃の僕は本当に彼女に愛されてたんだってわかった。それが宝物。ほしいと思っても得られるもんじゃないだろ、そういうのって。そして、実は僕も彼女の言葉をずっと胸に仕舞ってたんだ。高木さんに言ったら覚えてなかったなあ。
 たぶん、これからメガネをかけるたびに思い出すだろう。図書館で初めてキスした日のこと。そして、恋って終わっちゃうんだなあってことを。

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