ふたりの秘密
「私、ひとりっ子ってことになってるけど、本当は秘密の弟がいるんだ」
「えっ?」
高校生の頃のことなので、平成の最初の頃。クラスは違うけれど部活が一緒だった同学年のH子が突然こう言った。
それほど仲良かったわけじゃないけれど、打ち明けられてしまった二人きりの帰り道。H子の弟くんは生まれつき重い障害があって、施設で暮らしているのだそう。ひと月に一度、両親と会いに行くんだ、と彼女は言った。
「ひとりっ子でなんでも買ってもらえていいね、って言われるたび、本当は違うんだけどって思ってたんだ。毎月、弟にもオモチャを買ってあげてるのにって…」
彼女が打ち明けてくれた理由はわからない。ひょっとしたら、私の境遇が弟くんとダブったのかもしれない。その頃の私は両親と姉たちと離れ、転校生として祖父母と三人で暮らしていた。さみしそうにしていたつもりはないけれど、どこか罪悪感のようなものを思い出させてしまったのかもしれない。
それからしばらくして、今度は後輩の女の子に「私、本当はひとりっ子じゃなくて秘密の弟がいるんだ。遠くの障害者施設に」と、打ち明けられた。えっ、なに、この偶然!そして、ふたりともが「秘密の弟」という言葉を使っていた。忘れられない言葉になった。この世の中に、生まれたことさえ秘密になっている人間がいるなんて…。
弟くんたちがどれくらいの障害を持っていたのかは今となってはわからない。ただ、30年くらい前の田舎町では、将来のことを思って絶対に秘密にしなさいと彼女たちは親から圧力をかけられていた。これまでどんな嘘をついてきたのか、ご近所さんもひとりっ子家庭だと信じて疑わない。当然、ふたりとも誰にも言わないでね、と念押ししてきた。もちろん誰にも言うつもりはない。わかってる。けれど、H子も後輩も、ある日突然、秘密を抱えきれなくなり、私のようなヨソ者に打ち明けてしまっている。
それって、心のどこかで秘密にすることがおかしいって思ってるからじゃ?
16歳の私に「偽りのひとりっ子」を演じている彼女たちの苦悩を理解できたとは思えない。それよりも、同じ秘密を抱えていると知ってしまったからにはH子と後輩をこっそり繋げたい、素直にそう思った。彼女たちが話したい相手は私だけじゃない。もし、お互いの存在を知ったら、話したいことがあふれてあふれて止まらないんじゃないだろうか。
「同じような弟がいる子がいたら会って話したい?」そう聞いて、私はふたりを繋ぐことに成功した。確か、後輩の家だったと思う。その日は三人でお泊まりした。どんな話をしたかは全く覚えてないけれど、ふたりの泣き顔だけは覚えている。
高校を卒業してから一度もH子にも後輩にも会っていない。もし、どちらかひとりだけの打ち明け話だったなら、こんなにも印象深く残っていなかったと思う。 「へー、そうなんだ、大変だねー」みたいなことで終わっていたかもしれない。 ふたりぶんの秘密だったから、流すことができなかった。
今、H子と後輩はどんな暮らしをしているだろうか。もう、苦しい秘密を抱えてはいないだろうか。できるなら、あの頃のうしろめたかった重荷を少しでも下ろしていてほしいと願う。