DFFT :データ覇権に対抗する日本のデジタル大戦略の全貌(5)誹謗中傷・フェイクニュースの排除
この記事は、データ覇権に対抗する日本の大戦略「DFFT」について、デジタルプラットフォームというビジネスモデルに対するルールチェンジに向けた日本の制度改革に着目して解説しています。
DFFT:データ覇権に対抗する日本のデジタル大戦略の全貌(1)地政学的意義
DFFT:データ覇権に対抗する日本のデジタル大戦略の全貌(2)競争法戦略
DFFT: データ覇権に対抗する日本のデジタル大戦略の全貌(3)パーソナルデータ保護戦略
DFFT: データ覇権に対抗する日本のデジタル大戦略の全貌(4)情報フィデュシャリー
情報自体の品質の確保
自由なデータ流通の確保は、これによって人々が意見を自由に交わすことによって、新たなアイディアを創発したり、自己の人格を成長させていくことのためにあります。そしてこうしたものを可能にするための社会の基盤、すなわち民主主義を確保することがその達成すべき価値として掲げられます。
すなわち、DFFTがその目標を果たすためには、そこに流れる情報が虚偽や謀略を意図した情報であっては、何の意味もありません。他人へのなりすましや、他人の権利を侵害するような情報流通(たとえば著作権を侵害する情報流通や秘密情報を流出させる行為、誹謗中傷行為など)もまた、あってはならないものです。
この点について、総務省が事務局を務める「プラットフォームサービスに関する研究会」は、今年の2月に最終報告書を公表しています。
最終報告書は、いわゆるフェイクニュースや偽情報(disinformation)について、
・利用者が安心・信頼してインターネット上のプラットフォームサービスを利用することを妨げる原因となること
・利用者の知る権利が侵害されること
・利用者に直接的な損害を与える可能性があること
・選挙の候補者に関する不正確な情報が流され有権者の理性的な判断が妨げられ、投票結果をゆがめる可能性があること
・過激な言論により政治的分断が深まり社会が不安定化すること
・外国政府が誤った情報を流布することをによって国家安全保障が揺るがされること
を掲げ、問題意識を持っています。
欧州は、ロシアによる偽情報のキャンペーンをきっかけに、この問題に対して最も積極的に取り組んでいる地域の一つです。
欧州委員会は、2018年4月に”Tackling online discrimination: a European approach” という政策文書を公表し、偽情報対策へのアプローチとして、以下の4つの柱を掲げています 。
・市民がオンラインでアクセスすることができる情報を評価し、意見を操作する意図を暴くことができるようにするため、情報源に関する透明性と情報の生成から拡散までの過程における透明性を向上させること
・市民が十分に情報を得たうえでクリティカルシンキングに基づき判断することができるよう、高品質なジャーナリズムのサポート、メディアリテラシーの向上、情報生成者と配信者の間の関係のリバランスの推進を通じて、情報の多様性を促進すること
・情報の信頼性の表示、情報のトレーサビリティ確保と影響力のある情報提供者のなりすまし防止を促進することを通じて、情報の信頼性を向上させること
・人々のアウェアネスを高め、メディアリテラシを高め、政府やオンラインプラットフォーム、公告出稿者、ファクトチェック、ジャーナリストやメディアグループなどのステークホルダーが強調することによって、包括的な解決策を形作っていくこと
その具体的な対応は以下のとおりですが、そのなかでも偽情報への対応のための行動規範(Code of Practice on Disinformation)の策定という提案が注目されています。欧州委員会は、2018年9月には、5分類15項目からなる行動規範を策定・公表しており 、プラットフォーム事業者や広告事業者の関連団体がこれに賛同、実施のためのロードマップを策定・公表しています。
最終報告書によると、日本はまず事業者により試み始められている自主的な取組みを尊重することによって、政府による介入に対してはまずは慎重な姿勢をとることを明らかにしています。ただし、自主的な取組みが適切に実施されない場合や、自主的な取り組みによってもなお偽情報の拡散等の問題が解決されない場合には、プラットフォーム事業者への行動規範の策定や対応状況の報告・公表といった、欧州的な共同規制も視野に入れて検討するとされています。
制度のデザイン案
インターネットにおける偽情報や他人の権利の侵害を防止するための方策を考えるためには、まずはサービスに対してユーザの仮名登録やなりすましを禁止したうえで、これを防止する仕組みを整備することがまずは必要ではないかということが論点になるはずです。
インターネットの情報の品質の確保ということを考えた場合、自由な流通の恩恵を受けるべきではない情報を流通させた者に対して、何らかの責任を問い得るような仕組みが存在しなければ、仕組みとして機能しません。そのためには、誰がそれを発したのかということが、一定の確度をもってたどることができる仕組みがまずもって必要ではないかと思います。
実名登録ないし本人確認の問題を出しますと、すぐにサービス提供者から、サービスの成長が遅くなるということで反対の声が上がります。しかし、本人確認は、本来はサービスの信頼性を確保するための重要な第一歩です。内閣官房IT総合戦略室が事務局を務める「シェアリングエコノミー検討会合」では、シェアリングエコノミーサービスについて、サービスの社会からの信頼性を確保するため、政府が指針を定め、業界団体が指針に基づくサービス認証制度を設けるという形で、共同規制によるアプローチを提案しています 。これにより、シェアリングエコノミーサービスについては、認証をとったサービスは基本的に実名登録をして本人確認を行っています。
同様の問題意識を背景に、経産省が主催する「オンラインサービスにおける身元確認手法の整理に関する検討報告書」は「本人確認」を
・「その人が実際にサービスにアクセスしているのかどうか」という意味での「当人認証」と
・「登録している本人の情報が正しいのかどうか」という意味での「身元確認」
を合わせたものとしてとらえ、それぞれを区別したうえで、それぞれについて「どの程度までそれが確からしいのか」の保証レベルが存在するということを議論しています 。サービス提供者は、サービスの成長段階に合わせて、またサービスが社会に対して負っている責任の度合いに合わせて、適切な保証レベルでの身元確認を行うという規律を設けることは可能であることが分かります。
なお、現行法制度のなかで見直しが必要ではないかと思われるのが、プロバイダ責任制限法と呼ばれる制度です。これは、発信者の表現の自由と、表現によって権利を侵害される個人の間の権利の調整を、プロバイダのユーザに対する責任を調整することによって図ったルールです。この法制度の中に、発信者情報開示請求ができる仕組みがあります。しかし、この制度により発信者開示を獲得するための権利を侵害された者に課される手間とコストが、禁止的に高くなっているように思われます。
権利の実現にはコストがかかります。このコストがどれほどのものかによって、救済手段へのアクセスの容易性が変わってきてしまい、守られるべき正義が守られないという事態が生じます。すべての人々が発信者となることができるというだけではなく、現にそのようになってそれが経済や社会を動かすようになってきているという現在、既存のプロバイダ責任制限法は、果たして社会の動きに合わせて、発信者の表現の自由と、これによって権利を侵害される個人の間の権利関係の調整をあるべき形でできているだろうか、ということが改めて問われる必要があると思います。
プロバイダ責任制限法は、インターネットの発展に伴いプラットフォームという事業モデルが社会に大きな影響を与えるようになったことに伴い、見直されていかなければならない法律であると思います。この法律でいうプロバイダは、インターネット通信に用いられるサーバ等の設備を他人の通信のために用いる事業者です。当初はまさにインターネットプロバイダや掲示板サービスなど情報の土管役がイメージされていたのだと思います。しかしいまや、プラットフォームにはユーザが大量に参加し、プラットフォーマーはユーザのアテンションを高めることで、データブローカーとして収入を得るモデルを展開しています。そのために、テクノロジーを駆使して投稿される情報の中身を「把握」し、表示される情報を出し分けたり、そこに広告を掲載したりして、もはや土管というよりはそれ自体がメディアではないかという見方は相応の説得力がある状態になっていると思われます。すなわち、プロバイダとして取り扱われているデジタルプラットフォーマーには、既存メディアには存在し、プロバイダには存在しないがゆえに、その責任制限を正当化する根拠となっていた「編集権」が、果たして本当に存在しないといえるのか、という問題提起です。投稿の内容を機械で把握してその表示順位を出し分けたり、スポンサーの意向によって、その商品・サービスに関心のありそうなユーザに関連するコンテンツがリーチしやすいように操作したりすることができるにもかかわらず、なぜメディアが負っているようなコンテンツに対する責任を負うことができないという主張が正当化されるのでしょうか。
プロバイダ責任制限法に相当するルールは、米国では通信品位法(Communication Decency Act)230条に定められています。” No provider or user of an interactive computer service shall be treated as the publisher or speaker of any information provided by another information content provider”という非常にシンプルなルールですが、この26ワードがインターネットという世界を作ったといわれるほど、インターネットにとって重要なルールと言われています。現在米国では、この条項の見直しを巡る議論も出始めていると聞いており、またEUでも、同様のルールが電子商取引指令にありますが、これについても見直しの動きが出ています。
かなり大きなトピックなので、そうそう簡単にはアジェンダとして持ち出すことができる論点ではないですが、デジタルプラットフォーマーの法制を適正化するということを考えたときに、中期的に避けて通ることができない論点になってくるのではないかと思われるところです。
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