美しくない戦後日本の風景 07: 樂直入

批判的なことはネットに書くべきではないと常々思う。嫌に思う人はいるだろうし、単に自分の理解が足りないことを曝け出すだけだったりもする。

しかし、この「美しくない戦後日本の風景」シリーズだけは続けようと思う。

今回の「ゲスト」は樂直入。16世紀末、千利休の指導のもと、「わび茶」にふさしい抹茶茶碗として「樂焼」を考案した長次郎から数えて15代目の樂家当主(去年、隠居して「吉左衛門」から「直入」に改名)。伝統に根ざしつつも斬新な茶碗を作り、建築家には到底思いつけない画期的な茶室を琵琶湖のほとりにある佐川美術館に作ったことでも知られる。

生まれながらにして、400年以上続く日本の伝統を背負わされてきた陶芸家が、先月の日経新聞に連載された「私の履歴書」の中で、以下の記述をしている。

もし相続税が発生すれば、樂家はたちどころに崩壊する。土地を切り売りし、代々伝えてきた文物を売却せねば納税できない。それで文化を伝承することができるだろうか。我々は国に頼らず、ひたすら個人の努力と気概で文化を守り伝えてきた。現法による相続税の結果は京都の街を見れば一目瞭然。昔ながらの家並みはほぼ壊滅状態だ。代わりに増殖するのは派手な巨大店舗やコインパーキング、コンビニなど。そこには便利さと人の細やかな幸せがあるが、それでも京都と思えない景観に変わってしまったことに怒りさえ覚える。今の税制が続く限り、昔ながらの家は確実に姿を消していく。いや、もう手遅れ、京都らしさを復興することはできない。そこに京都の誇りは、自尊心はあるのだろうか。(樂直入「私の履歴書」日本経済新聞2020年2月15日

芸妓さんが歩いている姿を見に観光客が集まってくる京都の祇園地区に、Zen Cafe という、伝統に根ざしつつも新しさを提供する洒落たカフェがある。くずきりで有名な鍵善良房という老舗の和菓子屋がプロデュースし、和菓子に合うコーヒーをオリジナルブレンドで提供。

このカフェに行くまでの道が、祇園らしい石畳の車一台がやっと通れるぐらいの狭い道で、風情があるのだが、カフェに辿り着く手前に、その風情を一発でぶち壊している駐車場がある。ケミカルな緑色のペンキで舗装され、毒々しいゴシック体の文字の看板。まさにアレックス・カーが指摘した日本人の間に蔓延する「工場思想」の美的感覚

相続税で手放された土地なのかもしれない。ただ、相続税そのものが問題というよりは、その結果として土地を手に入れた人間が、周囲の街並みの風景を一切無視して、こういう駐車場を作ることに何の疑問も感じない、この感性が問題だと思う。

日本人は「空気を読む」と言われているが、景観の話になると、突然空気を読まなくなるのは何故なのだろう?普段人付き合いの中で空気読んで不自由な思いをしているから、景観に関してぐらいは好きにさせろ、ということなのだろうか?

多くの人が、景観について「空気を読む」ようになるまで、この「美しくない戦後日本の風景」シリーズは続けます。


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