古今亭志ん朝
2001年10月1日。
私にとって忘れ得ぬ日です。
激しい雨の降る夜でした。
仕事から帰って、夕食を食べて寛いでいたところへ友人から電話。
「志ん朝さん、死んじゃったよぉ」。
その泣きそうな声は今でも耳から離れません。
居ても立ってもいられず、かといって、どこに行ったら良いのか分からない。
東京に住んでいる恩恵にあずかり、幾度となく観てきた志ん朝さんの高座。
昭和の大名人・古今亭志ん生の息子という大きな重圧の中、それに恥じない芸。
正に、一片の淀みもなく、立て板に水のごとく、という言葉が相応しい流暢な語り口。
その陰には並々ならぬ努力があったはずです。
宴席で中座し、その2階で壁に向かって稽古をしていたという話は有名です。
父親の跡を継ぐのにふさわしい芸でした。
特に、「居残り佐平治」や「付き馬」といった廓噺は真骨頂。
私にとっての志ん朝さん最後の高座は亡くなる2ヶ月ほど前のイイノホールでの「にっかん飛び切り落語会」。
もちろんトリで、演目は「へっつい幽霊」。
出囃子「老松」が始まったとたんに場内拍手大喝采。
未だ本人は登場していないのに。
私も待ちきれずに夢中になって手を叩いた。
それほど皆が待ち望んでいた。
こんなことは後にも先にも初めてのこと。
そして志ん朝さん登場。
拍手がより一層高まり、客席のあちこちから「待ってました!」「日本一!」の掛け声。
「しろねず」か、電光に映えてまぶしいほどの白い着物。
幽霊が現れたときにスーッと膝立ちになった姿の美しかったこと。
なんだか、こうして思い出を書いているうちに涙が出てきてしまいました。
あまりに悲しすぎるその死。
後日おこなわれた葬儀に参列。
声を出して泣きました。
悲しい。残念。
どんな言葉を使っても言い表せないこの気持ち。