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隙間の住人

朝、久々の交通当番に立った帰り道、何気なく田んぼをのぞいた。
小さなおたまじゃくしがうじゃうじゃしている。
立ち止まり、どうしようかなと一瞬悩んだけれど、しゃがみこんで見物することにした。
後ろから声がした。
「おたまじゃくしですか?」
振り返ると、自転車に乗った近所のおばちゃんだった。私はしゃがんだまま答える。
「はい、そうです、いっぱいいますね」
「あ、本当ですね」
「これ、全部カエルになるかと思うとすごいですよねぇ」
おたまじゃくしの腹の渦。ときどき水面から顔を出してパクパクしているヤツは、はっきり顔が見える。あちこちで起こる小さな波紋。
一枚、写真を撮ってから腰を上げた。
子供たちは学校へ行く途中、田んぼをのぞいただろうか。
きっと当たり前の風景がそうでなくなるときが来る。
そんなときに思い出が何の役に立つのかと言われればそれまでだ。
けれど本当に意味がないなら、人はなぜ足を止めるのだろう。
ふと自分の手を眺める。爪が伸びたなと思った。
この前切ったばかりなのにな。
そのうち、おたまじゃくしはカエルの合唱にかわっていく。
見上げる空はすっきりと青い。
今はたぶん、梅雨に入る前のわずかな隙間。

#エッセイ #おたまじゃくし #たんぼ #風景

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