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広島、尾道②

さて、次はどこへ行こうか。山手のほうに神社の鳥居や階段がたくさん見えたので、とりあえずそっちへ行って見ようと思い、歩き出す。
階段が多く、上りながらも右や左に細かく分岐しているため、あまり退屈はしなかったし、疲れなかった。これがずーっと一直線の階段なら相当きついかもしれない。ところどころで〈いのしし注意〉の看板を見かけた。こんなところでいのししに出会ったらどうしようもない。全速力でも階段やで無理やでと思う。いのししは階段を駆け上がったり駆け下りたりするのだろうか、どのくらいのスピードでと考えながら、ひたすら登る。
途中でベンチに座っていたおじさんに話しかけられた。(この人は誰にでも話しかけていた)
「どっから来たの」
「京都です」
「俺、大阪よ」
ひょうひょうとした感じのそのおじさんは、こっちに知り合いがいるとか、修学旅行で京都に行ったとか、嵐山がどうのこうのとか、延々とひとりで話し続けた。長そうだったので話が途切れたあたりで離れたら、また違う人に話しかけていた。
ひたすら上を目指して登ると、お寺があった。線香をお供えし、手を合わせる。神社も好きだけどお寺もいい。線香の匂いが好きなのかもしれない。この煙が建物につくから虫よけになり、お寺は神社よりも長持ちするのだとどこかで読んだことがある。
右に左に適当に寄りながら降りていくと、あのおじさんにばったり出会った。
あぁ、とお互い立ち止まる。
「上に行ってきました」
とつい報告した。
「これからどこいくの」
「いや、特に決めてなくて」
「あっちもいいよ、一緒に行く?」
おじさんははるか右のほうを指さした。
「えーっと」
「一緒に行く?」
「いや、あの、歩きながら考えます」
咄嗟に右にあった階段のほうへ足を伸ばした。これはナンパというのかどうか知らないけど、話を延々聞かされるのは何だかなぁと思ったので。おじさんは空気の読める人だったのか、さすがに追ってはこなかった。
そろそろ帰るかなぁ、あまり遅くなると夕飯も作れなくなるし。
現実がそろそろと迫ってくる。風は冷たかったけれど、刺すような寒さではない。ときどき立ち止まって、屋根の間からはるか下に見える海や船を眺めた。猫がもっといるのかなと思ったけれど、寒いからかあまりいなかった。数匹だけいた猫たちは人気でかわるがわる誰かに撫でられたり餌をもらったりしていた。
駅へ向かいながらお土産を買い、今度はここに泊りたいなぁと思った。今日行けなかった場所にも行きたい。そのために貯金もしよう。
電車で福山まで出て、そこから新幹線に乗ることにした。尾道から少し離れるともう普通の街並みだった。あそこだけが切り取られたように存在しているんだなと思いながら、少し不思議な気持ちになった。路地も坂も静かだった。落ち着いた町だったな。

京都駅に着き、降り立った瞬間、「あ、やっぱり京都も寒いわ」と思った。
帰りは駅からタクシーに乗りたかったけれど一台も来ていなかったので歩いた。まだ雪が残っていたから、こっちでも少し積もったようだった。
帰ってから子どもたちはお土産のレモングミを秒で食いつくし、わたしは「夕ご飯どうするかなぁ」と回らない頭で考え始める。
それでもまだ気持ちは尾道に残っていた。
行けてよかったとしみじみ思う。次はレモンケーキをいろいろ買いたい。あの路地も坂道もまた歩きたい。一回くらいラーメンも食べたいし。
まずは貯金、いや、その前に。
わたしは2日ぶりのエプロンを身につけた。
仕事探しだわ。



#旅 #尾道 #新幹線  

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