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夕焼けのタンス(ショート小説)
わたしの家には古いタンスがあった。おばあちゃんがお嫁に来たときに持ってきたタンスで、着物が入っていたりする桐のタンスだった。
物置の奥の方で眠っていたそのタンスを、あるとき見つけた。
母に怒られて物置に隠れたときだった。
薄暗い物置の奥で灯りがあるのに気が付いた。涙を拭い、わたしはゆっくりと灯りのもとに近づいた。古いタンスの一番下の引き出しから光が漏れている。わたしはタンスに手をかける。古いからか、なかなか開かない。呼吸を集中させ、両手で力をこめて引っ張った。
途端に茜色の光があふれだし、まばたきを何回もした。開いたタンスの中には夕焼けの空が広がっている。わたしはしりもちをついたまま、息をのんで眺めた。うろこ雲とカラスの群れがゆっくりと移ろっていき、やがて太陽はタンスの中の山の端に消えていった。
あたりはゆっくりと薄暗くなった。タンスの引き出しを両手で押すと、きしんだ音をたてて元に戻った。急いで物置を飛び出し、お母さんを呼んだ。
わたしの話を聞いたお母さんは、忙しいのにと、ぶつぶつ言いながら一緒に物置まできて、タンスの前で立ち止まった。
「このタンス、おばあちゃんのでしょ、鍵がかかってるはずよ」
お母さんは一番下の引き出しを引っ張ったけれど、びくともしなかった。
「一番下だけ、鍵がかかってるのよねぇ、おばあちゃんもう死んじゃったから、どこにあるかわからないの」
「でも、さっきは開いたもん」
わたしはムキになって引き出しを引っ張ってみたけれど、全然動かない。わたしはあきれるお母さんと一緒にしょんぼりして家に戻った。
夢を見ていたのだろうかと思ってみた。タンスから溢れていたあの光は本当の夕焼けの色だった。どんな仕掛けをしても、あそこに本物の夕焼けを持ってくることなんかできっこなかった。
「そういえばおばあちゃん、夕焼けばっかり見てたわね。好きだったのかしら」
お母さんはお鍋をかき回しながら懐かしそうに呟いた。
もしも、ひとつだけあの引き出しにしまっておけるとしたら、わたしはどんな景色を選ぶだろう。
いつか見た海だろうか、春の桜並木だろうか、それともぼんやり流れる天の川だろうか。
あのタンスは物置が壊れてしまったとき、処分したのだと後で母から聞いた。
夢だったのかもしれないと今なら思う。
けれどあのときに見たのは、いつかおばあちゃんと一緒に見た夕焼けだった。
今でもふいに、どこかで出会えるんじゃないかと思うことがある。
車で知らない街を運転していて、ふっと立ち並ぶ家が途切れたとき。
洗濯機を覗き込んだとき。
4分の1ほど残ったコーヒーカップの底。
あまりにもそう思いこんでいるからか、人の目を覗き込む癖までついてしまった。
わたしが誰かと話すとき、つい目を眺めてしまうのは、つまるところ、そんな理由なのだと思っている。
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