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過去生の物語(5)

舞台は中国。かっこいい実業家ジャンさんの物語。

漁に出るのは朝早い。暗いうちから出て、網を引き揚げ、まだ夜が明けきらないうちに港に戻ってくる。
ジャンは港に着くやいなや船から降り、カニをおろすのを人に任せて、さっさと港を後にする。
短く刈った黒い髪、日に焼けた引き締まった体は、20代といっても通じるような若々しさだった。

ジャンは海が近いこの街で生まれ育った。
人が多く活気のあるこの街は、いつも新しいものが豊富にある。一方街の裏にまわると静かな昔ながらの住宅街が広がり、人々は便利に、そしてのんびり暮らしている。
会社員の父と、母、弟の平凡な家で育ったジャンは、勉強はあまり好きではなかった。勉強するよりも、早く社会に出て働いてみたいと思っていた。

15歳の頃、ジャンは地元の漁師に弟子入りを願い出たが、しっかりした大人の体になっていないから危険だという理由で断られた。

断られる理由が体格ならと、ジャンは体を鍛え始めた。走ったり、そこらへんにあるブロックを持ち上げたり。親は進学もせず体を鍛えている息子にあきれていたが、ジャンが頑張っているならと小言も言わず見守ってくれた。
しっかりと体力づくりと体づくりをしたおかげで、ジャンはわりと早く漁師見習いをさせてもらうことができた。

漁を始めたジャンはよく働いた。漁の仕事は奥が深く面白いとも思った。でも、時々ふと思うのだ。

(これを一生やるのは退屈だな)

ただ、漁以外の仕事を知らない自分は、他にどんなことができるのか、さっぱり想像がつかなかった。それに、漁の仕事を辞めて別の仕事をするというのもちょっと冒険が過ぎるような気がしていた。
地元で仕事をしているだけに、一度手放した漁師の仕事に再び戻るようなことはできないような気がしたからだ。
精悍な顔つきのジャンは女性にも人気があったが、ジャンはどちらかというと女性と一緒にいる時間は退屈で面倒に感じることが多かった。甲高い笑い声や大して意味のない話が延々続くのは鬱陶しい。
ジャンは女性と時間を過ごすよりも、仕事をしている男性の話を聞きたかった。だから酒場に行ったときも、隣り合った男性客に積極的に話しかけた。
男性の話を聞けば、街の様子も社会やお金の仕組みも全部わかる。ジャンが酒場へ行くのは、酒を飲みに行くというよりも、情報を集めに行くといったほうがいいだろう。
様々な話を聞くうちに、ジャンは漁で獲ったカニをそのまま調理する食堂を作るアイディアを得た。
自分で獲ったカニをそのまま調理に回すのは商売としてとても有益な気がした。
そのアイディアがよかったのか、店舗を貸してくれる人もすぐに見つかり、(ジャンが想定していたよりも、かなり大きなスペースだ
った)30歳になるころ、ジャンは食堂を始めることになった。
新鮮な海鮮料理が良心的な値段で食べられるので、ジャンの店はたちまち街の評判となり、街の人々に親しまれるようになった。
“成功者”としてふかふかの椅子に座り、たばこを吸っていればいいものだが、ジャンは漁に出るのを止めなかった。
他の漁師と一緒に毎朝海に出て、漁が終わるとすぐに食堂(今やレストランというべき店になっていた)に向かい、料理の確認や仕入れの状況などを確認する。
来客はひっきりなしで、ひとりひとりと仕事の話をする。ひと段落するのは、もう陽が傾き始めるころだった。

事務所でひとりになったとき、遠くで客の声や厨房の音が聴こえる中で思うのだ。

(これを一生やるのは退屈だな)

***END***

この物語のテーマは“開拓”です。ジャンさんは常に何かを開拓しようと日々考えています。そしてそれが実現するとまた、新たなものを開拓していこうとします。開拓に終わりはなく、それが彼の楽しみでもあるのです。

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