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今井雅子作「全員、孤立!」

チャイムの音。

日直孤立コリッツ、礼、着席」
山田「日直の人、いま、孤立コリッツって言った? 言ったよね? 起立キリッツじゃなくて孤立コリッツって。あれ? シカト? もしもーし、日直さーん?」
日直孤立コリッツと言いました」
山田「わざと?」
日直「は?」
山田「わざとボケたの? 起立キリッツじゃなくて孤立コリッツって」
日直「だから、孤立コリッツと言いました!」
山田「言ったよね。それはわかってる。なんで孤立コリッツ?」
日直「先生、転校生の山田君が孤立してません」
山田「え?」
先生「転校生の山田君、どうして孤立しないんですか?」
山田「どうしてって……」
先生「そういう決まりです。今日は規律正しく孤立する日です」
山田「意味がわかりません」
日直「先生、転校生の山田君に質問しないでください。『転校生の山田君、どうして孤立しないんですか?』って転校生の山田君に質問したら、転校生の山田君が孤立できません」
先生「転校生の山田君の孤立を先に破ったのは、日直さんですよ。転校生の山田君の質問に、『孤立と言いました』って答えてましたよね? 二度も」
日直「先生も孤立していません」
先生「先生の孤立を破ったのも日直さんですよ? 『先生、転校生の山田君が孤立してません』って日直さんが先生に声をかけたんですよ?」
日直「……」
先生「どうしたんですか? 返事は? そうでした。今日は孤立の日。先生を孤立させるために黙っているんですね。よろしい。よくできました、と声をかけるのも日直さんの孤立を邪魔してしまうので、先生も黙ります」
山田「あの、すみません。全然ついて行けないんですけど。孤立って何ですか?」
先生「転校生の山田君にそれを教えたら、転校生の山田君は孤立ではなくなりますので、お答えできません」
山田「答えできませんって答えるのも、孤立に反してませんか?」
先生「何を言っても孤立に反しますので、先生は転校生の山田君の孤立のために黙ります」
山田「孤立のために黙りますって宣言するのも、孤立に反してますよね?」
先生「……」
山田「(ブツブツ)先生も黙っちゃった。この教室でしゃべってるの、自分一人だけか」

シーンとして反応がない。

山田「シーン。孤立してる、今。孤立ナウ。変な学校に転校してきちゃったなー。先生、なんとなくわかってきました。お互いを透明人間にする感じですかね。全員孤立は全員無視ってことですか」
先生「ここで転校生の山田君を無視すると、全員孤立は全員無視であるという転校生の山田君に同意したことになり、転校生の山田君の孤立を阻んでしまうので、先生は一時的に沈黙を破ります。この対応は全員孤立の精神に反していないと理解します」
山田「言い訳、長っ」
先生「自分だけひとりぼっちは淋しい。だから誰一人、取り残すことなく、全員が孤立する。それが全員孤立です。全員孤立の日の朝のホームルームに全員孤立の時間を持ちます」
日直「先生」
先生「日直さん、呼びかけないでください。先生の孤立を邪魔しています」
日直「先生、今日は第4月曜なので、全員孤立の日ではありませんでした」
先生「え? 第4月曜? あー、なんだ、勘違いしていました。今日は全員孤立の日ではありませんでした」
日直「先生、号令を間違えてしまって、すみません」
先生「日直さん、間違いは誰にだってあります。ドンマイです」
日直「ありがとうございます。先生ラブです」
先生「日直さん、照れるじゃないですか」
山田「なんなんだ? 孤立の反動で、むっちゃ交流してる」
先生「では日直さん、心を入れ替えて、始めから号令をやり直してください」
日直「はい。あらためまして、心を込めて。プリッツ、礼、着席」
山田「いまプリッツって言った? 言ったよね? 起立じゃなくてプリッツって」

プリッツを取り出し、食べるクラス全員。

山田「クラス全員プリッツ食べてる。今日って、そういう日なんだ? おーい日直さん?」
日直「(答えず、プリッツを食べる)」
山田「日直さん、プリッツ食べてるから、しゃべれないっぽい」
先生「(プリッツを食べながら)転校生の山田君、どうしてプリッツしないんですか?」
山田「先生、食べるかしゃべるか、どっちかにしてください。行儀が悪いです」
先生「行儀が悪いのは、プリッツの時間に他のことをしている転校生の山田君ですよ」
山田「他のことって」
先生「プリッツを出しなさい。そして、食べなさい」
山田「先生、プリッツなんて持って来てません」
先生「プリッツを忘れたというのですか?」
山田「プリッツなんて聞いてません」
先生「言い訳はよろしい」
山田「前の学校にはプリッツの時間なんて、ありませんでした」
先生「『郷に入りては郷に従え』は全世界の共通ルールです」
山田「なんでプリッツなんですか?」
先生「そういう決まりです。今日は規律正しくプリッツする日です」
山田「謎儀式すぎません? 誰が始めたんですかこれ? タイアップかなんかですか? なんでポッキーやトッポじゃなくてプリッツなんですか? そっか。ポッキーやトッポだと起立キリッツのダジャレにならないからですか?」
先生「山田君、わかっているなら、つべこべ言わず、購買部に行ってプリッツを買ってきなさい」
山田「お金、持って来てません」
先生「じゃあ購買部からプリッツを盗んできなさい」
山田「そんなことしていいんですか?」
先生「プリッツの日ですからプリッツが必要です」
山田「でも、つかまったりしないんですか?」
先生「戦いなさい。プリッツのために」
山田「ムリです。ていうか、おかしいですこんなの」
先生「どうしてもプリッツしたくないというのなら、よろしい。欠点1とします」
山田「無茶苦茶です! 人権侵害じゃないですか?」
先生「(プリッツを食べる)」
山田「先生! プリッツ食べてないで答えてください! 先生ーー! ちょっと、なんでみんな疑問に思わないの? ヘンでしょこれ?」

プリッツを食べる音、高まる。

山田「返事の代わりにプリッツを食べる音だけが教室に響き渡る。(ブツブツ)はー、今、むっちゃ孤立してんな」

あとがき─「起立!」からしてヘンだ

起立(kiritsu)と孤立(koritsu)、似てる。

というダジャレのような思いつきから短い会話劇を膨らませた。

「全員孤立」は変だが、「全員起立」もよく考えると変だ。

学校の教室で先生が入ってきた時しか聞かない「起立!」。「起立!」「礼!」「着席!」の3点セットで使われる。「起立する」「礼をする」「着席する」の名詞の部分だけを取り出して命令形になっているのが、なんだか乱暴で偉そうな感じ。「入浴!」や「食事!」や「就寝!」と言われたら落ち着かない。急かしたり圧力をかけたりする場面には有効なのだろう。従わせる使い方。

「何々する」の「何々」の部分が命令形になっている言葉、他に何があるだろう。思いめぐらせて頭に浮かんだのは「撤収!」と「拍手!」だった。

「撤収!」は急いでいる感じが出る。
「拍手!」はノリと勢いが出る。

どちらも「起立!」と違うのは、「みんなで」の一体感が感じられることだ。「起立!」も「みんなで」なのだが、先生との上下関係があるから、上に立つ者が押さえつけている一方的感が強くなる。

急かしているのでもなく、ノリでもなく、先生を礼儀正しく迎えるためのかけ声。始業前のガチャガチャやザワザワをピリッとさせ、リセットする合図。だからキリッと短く「起立!」。

起立と言われれば起立するのが当たり前だと思っていたけど、「起立しない権利」を主張する生徒がいたら、どうなるのだろう。

最近の学校でも「起立!」なのだろうか。「起立してください」「起立しましょう」と言っている学校もあるかもしれない。あるいは逆で、最初は「起立してください」「起立しましょう」と丁寧に言っていたのが、教室がザワザワしていて誰も聞いていないので、短く歯切れ良く「起立!」に進化したのかもしれない。

偶然だけど、起立と規律は音が同じで、セット感がある。「起立!」あるところ規律あり、なのか。生徒が自律できている学校は「起立!」の号令がなくても各自が自主的に起立するのかもしれない。起立して礼をしなくても、机に向かう態度で敬意を示せるのかもしれない。

タイトル画像は机が並ぶ教室

「みんなのギャラリー」から「教室」で検索して出会ったドンピシャなタイトル画像。小説やエッセイ集を出されている皐月まうさんにお借りしました。

noteのアドレスの「maumau_5」に反応。「たゆたう花」や「看板の読めないBAR  ばばばかりBAR」に登場する英語教師マウマウ(マウンテン・マウス=山口)。今回のnoteが学校が舞台のお話ということで、勝手にご縁を感じてうれしい。


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脚本家・今井雅子📚劇作家協会リーディングフェスタ「納期」配信3/31まで🎙️膝枕リレー1300日超え
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。