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コピーライターになりたての頃、「頭のテープレコーダーを回せ」と教えられた。

今ならスマホのボイスメモ。収集した会話を録音したり書き留めたりしていたのが、コピー以上に脚本作りに役立っている。

時を経ても覚えているのは、どっと笑いが沸く爆笑話ではなく、穏やかな温度と口当たりの話。しみじみ、じんわり味わえる遠赤外線系エピソードのほうがネタとしての賞味期限が長い気がする。


数十年熟成もの

コピーライターなりたての新入社員時代から書き留めていたものをピックアップ。20年から30年熟成。

日替わり定食おいくつ

店員「ご注文おうかがいします」
婦人1「私、日替わり定食」
店員「日替わり定食、おいくつですか?」
婦人1「私はひとつ」
婦人2「私もひとつ」
婦人3「私もひとつ」

勤務先の広告代理店が入っている青山ツインビルの地下食堂街にある定食屋の隣のテーブルから聞こえてきた会話。

時短のつもりで「おいくつ」と聞いたらテーブル全員(6人)の「私もひとつ」が続いてしまった。

「普通、一人一つに決まってるだろっ」

という店員さんの心の叫びを想像しながら、わたしと先輩と上司は笑いをこらえて聞いていた。

畳の小上がりの席だった。テーブルの位置まではっきり覚えている。

おたくのテレビも

老紳士1「……と、昨日、うちのテレビが言ってました」
老紳士2「ほほう、おたくのテレビもそう言ってましたか」

カフェの隣のテーブルで朝のコーヒータイムを楽しんでいた元気なおじいちゃまグループの会話。

前日に偶然同じ番組を見ていたらしいのだが、
「へーえ、あなたも見てました?」
とはならず、自分ではなくテレビが主体で、「おたくのテレビも」となるのが新鮮。

しかも、自分ちのテレビと友人のテレビが同じことをしゃべったということに素直に驚いている。

「テレビがはじめて家に来た日」を事件として記憶している世代だからだろうか。それぞれのテレビが人格を持っているように聞こえて、微笑ましい。

と書いたのは今から30年ほど前。

おじいちゃまたちは推定年齢75才前後。当時のわたしとの歳の差は半世紀分。ご存命なら100歳超えの方々。

今の70-80代は「おたくのテレビも」とは言わないのではないか。現代の設定で同じやりとりを書いたら違和感を抱かれるだろう。30年経てば、テレビが来た日は30年分遠のく。年齢と世代の掛け合わせがセリフのリアリティになる。

YじゃなくてT

コピー機前にて
上司「コピー用紙のタテってどこにある?」
部下「コピー用紙のタテって何ですか?」
上司「ここに『コピー用紙Y』って書いてるだろ? ヨコのYって」
部下「それ、ホワイトのYです」
上司「……」

広告代理店のクリエイティブ部というのは「私は私!」というわが道を行く人たちが煮詰められたところで、わたしも思い込みが激しかったが、周りの人たちも負けてなかった。CMのキャスティング会議で「このストーリーにはジュリーがいいね」となったときに「ジュリーじゃなくて沢田研二がいいです!」と言い放った後輩もいた。

CHINA経由CHIBA行き

「CHIBA」あてのエアメールが「CHINA」に回された

紛らわしいローマ字といえば。エアメールの行き先を読み間違えられ、ずいぶん遠回りして着いたという笑い話が新聞の投書欄にあった。「CHIBA JAPAN」と書いていたのではと思うのだが、わたしに似たうっかり者の郵便局員さんがJAPANを見落としたのかもしれない。

ジョウジュからュを引いたら

男1「で、ジョウジュしたのかね?」
男2「ジョウジュ?」
男1「つまり、小さいユを抜いて……」

友人の男性2人と、共通の友人であるプレイボーイ(死語?)の噂になった。一緒に飲みに行ったとき、プレイボーイ君は我々そっちのけで女の子を口説いていたのだった。

「ジョウジ(情事)」を遠回しに言って「ジョウジュ(成就)」とは、なかなか奥ゆかしい。小さな「ュ」を添えたほうが品がある。

高校生の頃だったか、『危険な情事』という映画に誘われて、ジョージという暴れ者が活躍するアドベンチャーだと誤解して観に行ったらドロドロの不倫ホラーで困ってしまったことも思い出した。

登場人物にジョージはいなかっただろうか。いたらややこしい。

ハメてもない

男「最近外してない」
女「何を? ハメ?」
男「ハメてもない」
女「何を?」
男「ホック」

青山一丁目と外苑前の間にできたクラブにクリエイティブ部署の若手で繰り出すのが金曜夜の定例行事みたいになっていた。クラブの名前を思い出せないが、単語一つだった気がする。

「外してもない、ハメてもない」と言ったのは、5歳くらい歳上のデザイナー氏。幼稚園のときに「あなたは王子様」とキャスティングされてかぼちゃみたいな王子様ぱんつをはかされたのが辛かったという王子様顔の持ち主。

「モテるんじゃないの?」とからかわれた答えが、「最近外してない」だった。ホックとはブラのホックのこと。モテを測る尺度がホックを外す数というのが、モテを物語っている。

ドラマのセリフに使わせてもらった。

見覚えないか?

車内アナウンス「次は~宮前~平~」
乗客の小学生「見覚え~ないか~」

田園都市線で通勤していた頃、車内アナウンスに突っ込みを入れるようにランドセルを背負った男の子が

「見覚え~ないか~」

と呟いたのを聞いて、ハッとしたことがあった。「ミヤマエ~ダイラ~」と「ミオボエ~ナイカ~」が似ていると、彼はいつ気づいたのだろう。

協会創立から約70年の記念品

「協会創立から約70年経っておりますので記念品を贈ります」

2003年4月、シナリオ作家協会から届いた書留郵便。中には図書カードと手紙。。約70年というアバウトさに脱力。

せっかく海外行くんだったら

青年1「せっかく海外行くんだったらさー、あれ、やってみたいよね」
青年2「え、何?」
青年1「エコノミー症候群」

成田空港にて、出発前にカフェクロワッサンに入ったときのこと。隣のテーブルは卒業旅行っぽい男の子二人組。しかもどちらもはじめての海外っぽい。男子二人旅で日本を出て羽目を外したいのかと思いきや、やりたいことはエコノミークラス症候群。思わず、ほんまかいっと突っ込みたくなった。あれから20年あまり。無邪気な彼らも今や40代。

貧乳って言ってる

電車の中で白人の大男二人が口喧嘩。背中で聞いていた日本人の男子学生二人が「今殴りあいになったら、俺たち巻き添え食うよな」とビクビク。

男A「お前、英会話できるんだろ?」 
男B「ああ、まあね」 
男A「訳してくれよ」
男B「なんかさー、貧乳、貧乳って言ってる」
男A「え、それって英語?」
実際の会話は「He knew! He knew! (彼は知ってた!知ってた!)」

聞き取りが空耳アワーになっていた。男AとBは「女の取り合いか」と納得していたようだけど、同じ駅で降りたわたしが見たのは、さっきまでの喧嘩が嘘のように、むつまじく寄り添って階段を昇っていく白人大男二人。どうやら彼らは恋人同士で、熱い痴話喧嘩を繰り広げていた様子。そうなると、「He knew」の「カレ」も意味深に聞こえてくる。

ダイシャなんで小さいんですよね

プロデューサー「駅まで送りましょうか」
脚本家「ありがとうございます」
プロデューサー「でも、ダイシャなんで小さいんですよね」
脚本家「小柄とはいえ台車に乗るのはちょっと」
プロデューサー「いえ、代車です」

新宿のセンチュリーハイアットでシナリオ打ち合わせの帰り、プロデューサーとの会話。ダイシャと聞いて手押しの台車と勘違い。お心遣いはうれしいけれど、夜の新宿で台車に乗せてもらうのは恥ずかしいと本気で想像してしまった。「今、撮影中で僕の車を使っているので代車なんです」とのことだった。

夫婦じわじわ系

最近行った汚い場所

夫「(耳掃除をしながら)耳垢がよく取れる」
妻「最近どっか汚い場所に行った?」
夫「(しばらく考えて)うち」

絶句した後にわたしも最近行った場所を思いめぐらせてみたが、わが家に勝てる汚れ具合の場所を思い出せなかった。

関西人苦手

夫「関西人って苦手なんだよ」
妻「そうなの? わたし関西人だよ?」
夫「それで苦手になったんだよ」
妻「……」

言われたときは笑えなかったけど、よくできた小噺で。

子育てほっこり系

◯ん◯んこ!

子「じゅんばんこ!」
母「じゅんばんこじゃなくて、はんぶんこね」

日本語を絶賛吸収中だった娘が「ん」を覚えた頃、保育園の帰りに買ったコロッケを食べるとき、「はんぶんこ」を「じゅんばんこ」と言い間違えていた。

「ん」と「こ」が同じ場所に入っていて、たしかに似ている。

その場で言い直すのだけど、翌日になるとまた戻っていて、その繰り返しが楽しかったが、あるときから間違えなくなった。

わたしもこんなふうに間違いを繰り返して日本語を身につけていったのかなと想像した。

昨年から組合(シナリオ作家協会)の著作権担当になり、生成AIについて勉強しているが、大規模言語学習モデルがやっていることは、人間が言語を習得する過程と似通っている。大量の言葉を食べさせ、言葉の意味や使い方を学ばせる。「じゅんばんこじゃなく、はんぶんこ」と導けば、より正しく自然に言葉を扱えるようになる。

たねとほね

魚を食べていて、「たね」
ブドウを食べていて、「ほね」

「たね」と「ほね」。「ね」で終わる2文字の、食べものからのけられる者同士。絵本のネタにもなりそう。

種を膨らませ、骨を太らせる。物語を作る上では、とても大切な種と骨。

かまくらのかまきり

母「ここは、かまくら」
子「かまきり、いるの?」

「かまくら」と「キャバクラ」が似ていることはオヤジギャグで言い古されているけれど、「かまくら」と「かまきり」のほうがもっと似ている。

KAMAKURAとKAMAKIRI。ローマ字にすると、さらに紛らわしい。


タイトル画像は「みんなのフォトではたらリー」よりMikiさんにお借りしました。こちらのnoteのタイトル画像とお揃い。わたしも日本茶、大好きです。


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脚本家・今井雅子📚11/30座・高円寺リーディングフェスタ🎙️創作ラジオドラマ大賞・公開講座追加販売
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。