小説『パコダテ人』(証言1)ある日突然しっぽが生えたら
映画『パコダテ人』(2002年公開)
わたしの映画脚本デビュー作『パコダテ人』(監督・前田哲)は、函館の女子高生に、ある日突然しっぽが生えるお話。
宣伝コピーは「ハッピーが生えてきた」(キービジュアルの女の子を描かれた安井寿磨子さんは同郷・堺の銅版画家さん。のちに堺親善大使仲間に)。
撮影が終わった2001年秋、脚本を膨らませて小説を書いた。有吉佐和子さんの『悪女について』みたいに劇中の出来事を証言で綴ったらどうなるかなと。
売れない物書きから調査依頼を受けた探偵ピッコロの前書きで小説は始まる。
売れない物書きも探偵ピッコロも映画には出て来ない。わたしの分身みたいな存在。
映画には登場しない人物、登場するけどセリフのない人物、てるてる坊主やぬいぐるみや自転車にまで「証言者」になってもらった。
劇中に登場する「函館スクープ」(函館新聞社の輪転機で刷ってもらった)の記事も証言の間に挟んだ。撮影用に一面記事を丸々書いたが、細かい文字はスクリーンに映らない。もったいないから小説に入れて読んでもらおうというリサイクル精神。
ノベライズを出す話があったわけではなく、書けたら売り込もうと気楽に考えていた。ノリノリで書き上げ、出版社で編集をやっていた友人に読んでもらったら、「面白すぎて電車乗り過ごしたけど、今からじゃ映画の公開に間に合わない」と言われた。
印刷して本屋さんに並べるには十分時間があると思っていたけれど、企画を通したりプロモーションをかけたりする時間を計算していなかった。映画に乗っかればすんなり本を出せるという考えは甘かった。
ネットで発表する発想もなく、当時はTwitterもFacebookもnoteもなく、原稿は眠ることになった。
20年前の原稿を発掘‼︎
時は流れ、パソコンをいくつも引っ越すうちにデータはどこかに行ってしまい、小説の存在すら記憶の底に埋もれた。この冬、仕事部屋の地層を掘り返したら、色褪せたプリントアウトが現れ、20年ぶりに原稿と再会した。
データは消えたが、その間に技術は進んだ。視覚障害者向けに開発された文字認識アプリ「Envision AI」(オランダ生まれだけど日本語の読み取りも優秀。中国語学習にも頼れる)で文字起こしして、noteで公開することにした。
登場人物
まずは第一弾。証言者として登場するのは、こんな面々。
映画『パコダテ人』のキャスティングを調べて脳内で変換するも良し。予備知識なしで妄想キャスティングするも良し。
ネタバレになるので、作品のあらすじは一番最後に。最初に読みたい人は目次の「あらすじ」からどうぞ。証言から物語の全容をつかみたい人はすっ飛ばしてくださいませ。
今井雅子作『パコダテ人』証言(1)
【探偵ピッコロの前書き】
売れない物書き様。ご依頼いただいたパコダテ人についての調査書がまとまりました。函館からはじまり、またたく間に日本全国、果ては世界までも巻き込んだあの大騒動。それがまたたく間に消え、忘れ去られたのもまた事実でした。函館に住む私でさえも、時折あれは夢だったのではないかと思ってしまうほどです。そして今回、当時の映像資料や文献をあさり、のべ三百人へのインタビューを試みた結果、私はますます不思議な気持ちになってしまったのです。
【てるてる坊主の証言】
大正湯の二階の右はしが、ひかるちゃんの部屋。窓辺でゆれてるあたしが目印なの。あたし? 見てのとおりの、てるてる坊主。どうしてピンクなのって? ひかるちゃんのお姉ちゃんが服をつくった余り布がピンクだったから。それだけのこと。この顔は、ひかるちゃんが描いてくれたの。かわいいでしょ。あの夜のこと聞きたいの? ひかるちゃんがあたしを見たとき、ちょっぴりドキッとしたわ。恋する瞳してた。手帳にはさんだ男の子の写真。かっこいい子だったな。だから、ぜったい明日は晴れにしなきゃと思ったの。
【日野ひかるの日記】
窓から見上げた月は、きれいだった。てるてる坊主も、明日は晴れだよって笑ってた。あの隼人が誘ってくれるなんて。神様って、やっぱりいるんだ。あたしは信じた。信じてた。その夜が明けるまでは。
【観光幌馬車のおじさんの証言】
朝の七時前だっけな。大正湯の前を通りがかったら、中からギャーッて声がして、人殺しでもあったんじゃねえべか、物騒だなと思ったんだ。おらの馬? いんや、鳴いてねえ。観光客が怖がっちまうから、下手に鳴かねえようにしつけてあるんだ。
【日野ひかるの父・まもるの証言】
明け方にギャーッて声で目が覚めました。道産子が鳴いたんだと思いましたね。みちるは猫が首締められた悲鳴だって言っていました。髪の毛だけじゃなくて、性格もブっ飛んでましてね。ときどき訳のわからんことを言うんです。
【日野ひかるの母・ちづるの証言】
あたしは朝ごはんの支度してて聞いたの。結構近かったわよ。「あれは絶対、月の輪グマよ。間違いない」って言ったら、まもるちゃんとみちるに冷たい目で見られてね。ほんとに出るらしいのよ、この辺。
【日野ひかるの日記】
制服のスカートのすそを伸ばしながら、これは夢、悪い夢を見てるんだって言い聞かせた。だけど、スカートの下のソイツを引っ張ると、痛い。夢じゃない。
【日野ひかるの姉・みちるの証言】
ひかるのスカートが長いから「イメチェン?」って聞いたら、「風紀検査!」だって。それ以外はいつもと変わんないと思った。そういや朝ごはん食べていかなかったな。食欲ないとか言って。あの子、結構食べるの。どこに栄養行ってんだろね。
【函館スクープ・早川登の証言】
あの日の朝は、谷地頭(やちがしら)の電停で張ってたんですよ。なかなかいい子がいなくて、今日は空振りかなと思ってたら、彼女がファインダーに飛び込んできたんですね。かわいいけどスカートが長くてね、でも、電車乗る瞬間の風を狙ったんです。そしたら一瞬ひらーりってめくれて、で、あのスクープ写真ですよ。最初っから、彼女にはピピッと来たんですよね。記者の勘ってやつですかね。
【函館市役所・古田はるおの証言】
変な夢を見たんですよ。まゆの保育園の文子先生が猫じゃらしを持って、どこまでも僕を追いかけてくるんです。うれしいんだけどくすぐったくて、やめてーって叫んだら、目が覚めましてね。なのにまだ、おしりの辺りがくすぐったいんですよ。何かついてるのかなあって見たら、生えてたんです!
【ひまわり保育園・古田まゆちゃんの証言】
まゆね、ほいくえんだいすき。ふみこせんせいにあえるから。パパもふみこせんせいすきなんだよ。
【ひまわり保育園・文子先生の証言】
古田さんは男手ひとつでまゆちゃんを育てられてて……まゆちゃんはかわいくて元気いっぱいで、お絵描きも上手なんです。まゆちゃんのお母さんが、どうしていないかって? そういう立ち入った家庭の事情は担任でも聞けないんですよ。あの日の古田さんですか? とくに変わったことはなかったと思いますが、そう言えば、ズボンの前が……いえ、これ以上は言えません(赤面)
【はまなす学園・千穂の証言】
ひかるはヘンだったよ。一緒に体育を見学したんだけど。あたしはズル。ひかるは昨日腰打ったとこがまだ痛いって。「シップ貼った?」って聞いたら、すごくびっくりしてた。シップがシッポに聞こえたんだね、きっと。目の前で男子がバスケしてて、隼人、すごく目立ってた。彼、バスケ部だし。でも、ひかるったら全然見ようとしないの。ケンカでもしたのって聞いたら、まだそんな仲じゃないって。
【はまなす学園・広子の会話】
ひかると隼人って、あの日がはじめてのデートのはずだったんだよ。でも、千穂も隼人ねらってるってのは、あたしたちの中では有名な話でさー、三角関係だねってウワサしてたの。
【日野ひかるの日記】
千穂は美人でスタイル抜群で大人っぽくて、先生にもファンがいる。ひかるもかわいいよって千穂は言ってくれるけど、あたしなんか鼻も低いし、胸も小さいし、色気なんてゼロだし、コンプレックスだらけ。隼人に誘われたとき、千穂じゃムリだから、あたしなのかなと思った。だけど、気まぐれでもうれしかった。隼人があたしを見てくれたこと。
【はまなす学園・隼人の証言】
学校が終わったらラッキーピエロで待ち合わせって約束してたのに、千穂が来て、ひかるはとっくに帰ったって言うから、すっげー頭に来てさ。 「明日すっごく楽しみ」ってメールくれたの、何だったんだよ。ドタキャンだったら電話ぐらいしろよって。
【函館市役所・橋本の証言】
古田さんって、すぐ仕事を人に押しつけようとするんですよ。一人で子育てしてて大変だとは思うけど、さっさと帰るんだったら、せめて就業時間内はバリバリ働いてもらいたいじゃないですか。あの日も湯の川観光ホテルのスズメバチの巣の撤去、俺に行かせようとしたんです。昨日の腰痛がまだ治ってないとか何とかって言い訳してたけど、スズメバチはあの人の専門なんですから。
【函館市役所・華絵の証言】
古田さん、私があげたシップ貼ったらケロッと治ったって言ってたんですよ。橋本さんはどうせ仮病だって言ってました。あの二人、あんまり仲良くないの。シップは近所の薬局でもらった試供品だったんです。今度出る新製品って言ってたのに、その後見かけないないなあって思ってたんですよね。
【函館市役所・古田はるおの証言】
橋本君と華絵ちゃんにばれたら、仕事続けられないだろなって思ってました。あの二人は函館市役所のおしゃべりコンビなんですよ。
【函館スクープ・早川登の証言】
谷地頭の電停で撮った写真を現像して、興奮しちゃいましたよ。百分の一秒の世界、決定的瞬間ですからね。また社長賞とか取っちゃうのかなあって、そのときはおめでたいことしか考えませんでしたね。
【函館スクープ・日高の証言】
一か月以内に売り上げ三倍にしないと打ち切りって聞いて、冗談じゃないと思いましたね。今だって部数水増しして報告してるのに、絶対無茶だってみんなで話してたんです。
【函館スクープ・編集局長の証言】
社員がバカばかりで困るね、うん。文句言うヒマあったらネタ取って来いっての。インチキ写真で会社を救おうとしたり、やり方が小さいんだよね。ワタシが入社した頃なんかは……あ、自慢話は聞いてない?
【日野ひかるの日記】
アンタ、あたしじゃなくて、みちる姉ちゃんのとこに現れたらよかったんだよ。お姉ちゃんなら、アンタのこと、歓迎してくれたかもしれないのに。
【日野ひかるの姉・みちるの証言】
新作ができたから、ひかるの部屋に見せに行ったのね。イカをイメージした白いワンピースで、絶対ひかる気に入ると思ったんだけど、ノリ悪いの。いつもは飛びついて着るくせに、今日は避けてるわけ。こりゃ何か隠してるってピーンときて、背中のほうに回ったの。ひかるが逃げて、あたしが追いかけて、ひかるがバタンと倒れて、あたしもつられて転んで……そしたら、目の前にピョコン!とアイツが顔を出したの。「かわいいー。これ、どこで買ったの?」って言ったら、「買ったんじゃないの。……生えてきた」って。
【函館スクープ・早川登の証言】
局長、わかってねえなあ。合成じゃないって。種も仕掛けもない一発撮りだって。こっちの写真のスカート半身にこっちの写真の顔くっつけたら、お、いいじゃん。ってなことやってたら、後ろから局長が来て、「誰、この子? PRETTY GIRL。早川君、探して」って。局長はかわいい子に弱いんですけど、美人じゃ誰でもいいってわけじゃなくて、当たりそうな子をうまく見つけてくるんです。そういう意味では彼女も当たりましたからね。
【ぬいぐるみのくまの証言】
ひかるちゃんはボクをだきしめてねむるから、しんぞうの音で、いまどんな気もちかわかるの。昨日はうれしくてねつけなかったけど、今日は考えることが多すぎて、頭の中がグルグルしてる。ごめんねの続きが打てなくて送れなかったメールのこと、明日から着る服のこと、心配ごとはきりがないね。となりの部屋からおねえちゃんのミシンの音がこぼれてきたよ。ダダダダーッ、ダダダダーッ。だいじょうぶ、だいじょうぶ、おねえちゃんがついてるよって聞こえるの。ミシンの音を子守歌に、ひかるちゃんは、やっと夢の国にでかけたよ。(続く)
証言の続き
証言2
証言3
証言4
✒︎他の作品も読んでみたくなったら、連載小説『漂うわたし』をどうぞ。
『パコダテ人』あらすじ(ネタバレ注意)
函館で銭湯を営む日野家は、父まもる、母ちづる、自称ファッションデザイナーの姉みちる、高校生の妹ひかるの4人家族。ある日突然ひかるにしっぽが生え、地元のスクープ紙「函館スクープ」記者・早川登に追われることに。
ついにすっぱ抜かれ、仲良し家族が危機に見舞われるが、「しっぽは欠点じゃなくておまけ。日野ひかるにちっちゃい○がついて、ぴのぴかるになったみたい」とひかるがテレビでカミングアウトしたところ、たちまちアイドルに。
ハ行とバ行がパピプペポになるパコダテ語が流行り、北海道函館市は北°海道函°館市(ぽっかいどうぱこだてし)に。フェイクしっぽも大流行り。
ところが、「パコダテ人のしっぽはキタキツネのしっぽ。キタキツネには寄生虫エキノコックスがいて、命を落とすことも」という学者の発言をきっかけにパコダテ人差別が始まり、アイドルから一転、追い込まれることに。同級生・隼人との恋の行方もしっぽ騒動で振り回される。
一方、男手ひとつで娘のまゆを育てる函館市役所職員・古田まもるにもしっぽが。まゆの担任の文子先生といい雰囲気なのに秘密を作ってしまい、ぎくしゃく。
どうなるパコダテ人たち⁉︎
そして、罪作りなしっぽの原因は一体……⁉︎
ご報告とお知らせ
Clubhouse「ものがたり交差点」club「小説『パコダテ人』を作者と一緒に読んだり聴いたりする会」roomにて、こちらの原稿を読んでいただきました。たくさんの人に読んでいただきたいので、Clubhouse内の読み合わせにもお使いください。
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。