「ち」のつく幸せ─ドラキュラとあかいチョコレート「ビタースイート」篇
「ドラキュラとあかいチョコレート」の「スイート篇」と「ビター篇」はこちら。
ドラキュラの大好きな「ち」のつくもの
2024年のバレンタインデーを過ぎた頃にnoteで公開した「ドラキュラとあかいチョコレート」。ドラキュラの話ということで、ハロウィンにあわせて、あらためてお知らせした。
膝枕erでもある長良真里さんが、「ちょうだいな」「チャーミング」というフレーズが「ち」で始まることに魅力を感じるドラキュラさんになぜか切なくなったという感想を寄せてくれた。
食べられなくても心を満たしてくれる「ち」にドラキュラは飢えている。
そう言えば、子どもにおなじみの単語に「ち」で始まるものが多いと気づいた。「ちいさい」「ちびっこ」「ちかい」「ちから」。親が言いがちな「ちゃんと」。
そして、名前を呼ぶときの「ちゃん」。
「ドラキュラちゃん」と呼ばれたドラキュラが夕焼けよりも頬を赤らめる場面を想像してキュンとなったので、ビター篇の後味が甘くなるバージョンを書いてみた。
「ドラキュラは また ひとりぼっちになっていました。」まではビター篇と同じで、その続きを書き加えている。
今井雅子作
「ドラキュラとあかいチョコレート」
ビタースイート篇
ひとりぼっちのドラキュラがいました。
ドラキュラのだいこうぶつは
にんげんの「ち」なのですが
なにせひとりぼっちなので
にんげんの「ち」を
すうことができません。
しかたなく
なまえに「ち」のつくたべもので
がまんしていました。
あるひ チョコレートをかじりながら
ドラキュラはかんがえました。
「ち」のいろみたいな
まっかなチョコレートがあったらな。
さっそくドラキュラは
チョコレートをとかして
まっかないちごをどっさりいれて
かためました。
「いちご」のまんなかに
「ち」がはいっているのも
ドラキュラにはうれしいことでした。
ところが できあがったのは
いちごのつぶつぶのついた
ちゃいろいチョコレートでした。
チョコレートのいろに
いちごのいろが まけてしまったのです。
「ちゃいろ」といういろのなまえに
「ち」ははいっているけれど
みためは「ち」のいろとは おおちがいで
おいしそうではありません。
そこでドラキュラは あかいペンキで
チョコレートをぬりました。
こんどはまっかな
チョコレートができました。
でも かじってみると
ペンキのあじしかしません。
みためはおいしそうな
「ち」のいろですが
まずいまずいチョコレートでした。
ドラキュラはかんがえてかんがえて
いいことをおもいつきました。
まっかなゆうやけのしたでたべれば
ゆうやけのいろが
チョコレートにうつって
「ち」のいろになるぞ。
おおきなあかいゆうひがしずんだひ
ドラキュラはチョコレートをもって
おかのうえへいきました。
まっかな「ち」のいろにそまった
チョコレートをたべていると
にんげんのこどもたちがあつまってきて
「チョコレートちょうだいな」
といいました。
ドラキュラは せっかくの
おいしいチョコレートを
ひとりで ぜんぶたべたかったのですが
「ちょうだいな」が
「ち」からはじまるので しかたなく
チョコレートをわけてあげました。
ドラキュラは ほんのひとかけらしか
たべられませんでした。
それはとてもとてもおいしい
ひとかけらでした。
ずっとひとりぼっちだったドラキュラは
たくさんのこどもたちとたべる
そのチョコレートが
どんなにんげんの「ち」よりも
おいしくおもえました。
しかし かなしいことに
ドラキュラはドラキュラです。
おいしいチョコレートをたべて
こどもたちのほっぺたが
ほんのりあかくそまると
もうがまんができません。
ドラキュラはこどもたちに
おそいかかりました。
ひとりのこらず
くびすじにくいつきました。
そして まっかな「ち」を
おもうぞんぶんすいました。
ひさしぶりにあじわう
にんげんの「ち」でした。
おいしい おいしい はずでした。
うれしい うれしい はずでした。
けれど
ちっともおいしくなかったのです。
こどもたちとわけあった
ひとかけらのチョコレートのほうが
どんなにおいしかったことか。
おなかがいっぱいになったドラキュラは
おいおいなきました。
ドラキュラは また
ひとりぼっちになっていました。
なきくたびれた ドラキュラは
ゆめを みていました。
すると こどもたちのこえが
きこえてきました。
「めをさまさないね」
「だいじょうぶかな」
「どうしたちゃったんだろ」
こどもたちのこえに
ききおぼえがありました。
さっきドラキュラがくびすじにくいついて
おもうぞんぶん ちをあじわった
こどもたちのこえです。
いまきこえている こどもたちのこえも
ドラキュラがみている ゆめなのでしょうか。
「ドラキュラさんのすきな
『ち』のつくもののなまえをいったら
めをさますんじゃない?」
こどものひとりが そういいました。
「それがいいね」
「そうしよう」
ほかのこどもたちが さんせいしました。
「ドラキュラさんのすきな
『ち』のつくもの。チョコレート」
「チューリップ」
「チキンナゲット」
「チーズ」
「チンパンジー」
こどもたちは かわるがわる
「ち」のつくもののなまえを いっていきました。
ひとりがいうと ほかのこどもたちが
「それもあったね」といいあいました。
ドラキュラも めをとじたまま
「それもあったね」とおもいました。
「チェロ」
そんながっきも ありました。
「チェコ」
そんなくにも ありました。
「ちゃばしら」
ひとりのこが いいました。
「ちゃばしらってなに?」
ほかのこたちが ききました。
「おちゃのそこで おちゃのはっぱに
まざっている くきのこと。
ちゃばしらが たつと
いいことが あるんだよ」
ほかのこたちは「へーえ」といいました。
ドラキュラも「へーえ」とおもいました。
「ドラキュラさん ちゃばしらをたててください」
「ちゃばしらをたててください」
「え? おれがちゃばしらをたてるのかい?」
ドラキュラは ふきだしそうになりました。
「ちかてつ」
「ちず」
「ちきゅう」
やがて こどもたちは だまりました。
「ち」のつくもののなまえを
だしつくしてしまったようです。
「もうないかな?」
「もうないね」
「こんなにたくさん
『ち』のつくもののなまえを だしたのに
ドラキュラさん まだめをさまさないね」
「さまさないね」
ああそうだったと
ドラキュラはおもいだしました。
こどもたちは めをさまさない
ドラキュラをしんぱいして
ドラキュラがだいすきな
「ち」のつくもののなまえを
だしあっていたのです。
「チョコレート」
「チューリップ」
「チキンナゲット」
「チーズ」
「チンパンジー」
「チェロ」
「チェコ」
「ちゃばしら」
「ちかてつ」
「ちず」
「ちきゅう」
ぜんぶ ぜんぶ
ドラキュラが めをさますようにという
おまじないだったのです。
ここで めをあけたら
こどもたちは よろこんでくれるだろうか。
だけど……
ドラキュラは まよいました。
さっき こどもたちに かみついて
あかいちを すおうとしたのです。
こどもたちに あわせるかおがありません。
このまま しんだふりをしていよう。
ドラキュラは めを ぎゅっと とじました。
「ドラキュラちゃん」
はずかしそうに そういったのは
ちいさなこえでした。
「ドラキュラちゃん?」
ほかのこたちが
わらいながらききかえしました。
「ドラキュラちゃんだって?」
ドラキュラも
こころのなかでききかえしました。
「『ドラキュラちゃん』のなまえにも
『ち』がはいってる!」
こえのおおきなこどもが そういうと
「ほんとだ」と ほかのこたちがいいました。
「ドラキュラちゃん」
「ドラキュラちゃん」
「ドラキュラちゃん」
「ドラキュラちゃん」
こどもたちに くちぐちによばれて
ドラキュラは くすぐったくてたまりません。
とうとう がまんできなくなって
わらいだしてしまいました。
「ドラキュラちゃんが めをさました!」
こどもたちは
てをとりあって とびはねています。
おどりだすこどもも います。
げんきいっぱいの こどもたちの
まっかなほっぺたをみても
ドラキュラはもう
おいしそうとは おもいません。
「ドラキュラちゃん どうして ないてるの?」
そういわれて ドラキュラは
ないていることにきづきました。
うれしいはずなのに なみだがとまりません。
なにもたべていないのに
ドラキュラは おなかがいっぱいでした。
ドラキュラの ほっぺたは
ゆうやけよりも あかくなっていました。
こちらのnoteは公開した当日に鈴蘭さんがclubhouseにて朗読。ドラ開き、ありがとうございます。
11/5 「チェロ」「チェコ」を追加。おもにゃん朗読。
ドラキュラの仲間たち
clubhouseでほぼ毎日、朝5時から「ドラキュラとあかいチョコレート」と仲間の作品たちを読んでくれている鈴蘭さん。
ビター篇のドラキュラさんがひとりぼっちなのは可哀想という鈴蘭さんの一言から、鈴蘭さんのclubhouseドラチョコルームのチャットに続きを書き込み始めた漂流工房さん。チャットをドラチョコ外伝として続々発表。
鈴蘭さんが漂流工房さんのドラチョコ外伝のさらに外伝を発表し、自ら朗読。