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失われた羽を求めるように─さすらい駅わすれもの室「もう片方の靴」

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おとぎ話の主人公のわすれもの

もしも、おとぎ話の主人公がわすれもの室にやって来るとしたら。

2018年の秋、音楽と言葉の朗読ユニット「音due. 」の5th Live「Classical Stories」に書き下ろし作品を2つ寄せた。

ひとつはお菓子の家の前で「赤ずきん」のオオカミと「白雪姫」の王妃が出会う「音due.の森のヘンゼルとグレーテル」。

もうひとつは、「さすらい駅わすれもの室」の新作。若い女性が靴を探しにやって来る。お城の舞踏会で落としたガラスの靴。女性が名乗るシーンはなく、物語の中にも彼女の名前は登場しないが、その人はもちろんシンデレラだ。

「もう片方」を想う

灰かぶり姫、シンデレラ。魔法をかけられ、美しく変身して出かけた舞踏会で王子に見そめられるが、魔法の期限の真夜中の12時を過ぎると、元のみすぼらしい姿に。

ガラスの靴は魔法が解けても形が残ったが、急いで城を去る途中で片方が脱げて落としてしまう。わたしが幼い頃に読んだ絵本では、階段の途中に落ちた靴を王子が拾い上げ、遠ざかるシンデレラの背中を見送っていた。

手元に残った片方のガラスの靴を見ながら、灰かぶり姫は夢のような一夜の思い出をたぐり寄せたことだろう。一方、王子は、もう片方の靴がぴったり合う人を探し求める。

もう片方といえば、わたしが小学生の頃、ハートが真ん中でギザギザに割れたペアのペンダントが流行った。片方ずつにチェーンがついていて、会えたときに真ん中をくっつけてハートを完成させる。修学旅行先の伊勢志摩で買い求め、たしか文通していた長野のサオリに片方を送った。一度も身につけたことはなかったけれど、そのペンダントの形や質感はよく覚えている。

手袋。糸電話。イヤホン。トランシーバー。二つひと組で完成するものは他にも色々ある。片方ずつを持ち、もう片方の相手を想う。片道の想いが往復して両想いになる。

映画『ジェニファ 涙石の恋』では、蝶の羽の片方を拾い、片方の羽だけ残された飛べない蝶に気持ちを寄せる場面が出てくる。羽にたとえると、失われたもう片方を恋焦がれる切実さが高まる。あの人がいなくては、わたしはわたしでいられない、どこにも行けない。まるで自分の一部がもがれたように。

シンデレラを書く

コンクール応募時代に書くものには、とくにその人らしいモチーフが登場するが、NHKの創作ラジオ大賞に応募したのが「制服のシンデレラ」だった。

不注意から出したボヤの燃える火を見て解放感を覚え、放火がくせになる女子高生が、現場にいち早く駆けつける火マニアのカメラマン青年と心を通わせていく。

最終選考の8本に残り、「主人公に感情移入できない」と、ほとんど議論されないまま真っ先に落とされた。

先日久しぶりに掘り起こして読み返してみたら、今より20年女子高生に近かった20代のわたしだから書けたと思える生々しさがあった。

基礎英語1のスキット(会話文)を書いたときも、英語劇部で「シンデレラ」をやる設定を作った。一緒にスキットを書いた山縣美礼さんと「今の時代のシンデレラにしよう」と話し、魔法に頼らず自力でドレスをリメイクし、その腕とセンスを活かして王子とファッションブランドを立ち上げる話にした。

1月から放送中の「アイカツプラネット!」で脚本を担当した第5話のタイトルは「シンデレラガール」。主人公の舞桜が映画「シンデレラ」のオーディションに向けて演技の特訓。想像力を羽ばたかせ、自分らしいシンデレラをつかむ話。

saitaで連載中の「漂うわたし」にもシンデレラを絡めている。並行して描いている3人のヒロインの一人、麻希が20代の終わりにつき合っていたツカサ君から贈られた赤い靴には「シンデレラへ」のメッセージが添えられていた。39歳に今でも麻希はシンデレラの5文字に最後の恋を思い出し、胸が苦しくなる。

王道のモチーフではあるけれど、シンデレラの登場率高し。脚本を書き始める前、「シンデレラ症候群」というタイトルの小説も書いていた。理想の恋と現実の落差が痛々しい女の子の話だったと思うが、原稿も記憶も残っていない。

今井雅子作 さすらい駅わすれもの室「もう片方の靴」

さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。 ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。 傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。 多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。 

だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。 

駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、 そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

「わすれもの、ありませんでしたか」

その若い女性がわすれもの室にやって来たのは、窓をつららが固めてしまうほどの寒い日のことでした。

扉をおずおずと開けた彼女の手は、手袋をはめていませんでした。指先は、しもやけで腫れ、手の甲は、あかぎれになっていました。

「何をお探しでしょうか」とわたしが尋ねると、

「靴です」

ひび割れた唇が裂けてしまうのを押しとどめるように、彼女は短く答えました。 

靴と聞いて、何気なく彼女の足元に目をやると、裸足に粗末な靴をはいています。 穴のあいた爪先から飛び出した親指は、しもやけで膨れ、黑ずんだ紫色になっていました。

継ぎ当てだらけの服には、汚れのしみついたエプロンをかけています。氷点下に冷え込んだ町を、上着も羽織らず、駅までやって来たのでしょうか。

「その靴を、どこで落とされたのですか」
「お城の舞踏会の帰りに」
「舞踏会?」

思わず聞き返したわたしの大きな声が、わすれもの室の壁を震わせました。

「すみません。つい、びっくりしてしまいまして。舞踏会なんて、わたしのような駅員には、まるで縁のないものですから」

あわてて言い訳をすると、今度は嫌味を言っているようになってしまい、わたしは口をつぐみました。

失礼ながら、わすれもの室には、時々、思い込みを抱えたお客様がいらっしゃいます。 宝石。勲章。王朝時代から伝えられているティーカップ。豪華客船の一等船室の乗船券。 

嘘をついているつもりは、当人にはないのです。 なくしたものを取り戻そうとしていることには変わりありません。 しかし、探しものは決して出てきません。 なぜなら、それは、その人の頭の中だけにある「幻」なのですから。

「お探しの靴について、くわしく教えてください。どんな材質ですか。どんな色ですか。どんな大きさですか」
「ガラスの靴です。わたしの足にぴったりな」

ガラスの靴といえば、あの人です。世界的に有名な、おとぎ話のヒロイン。 わたしは、子どもの頃、繰り返し読んだ絵本の挿絵を思い浮かべました。 目の前の彼女の貧しい身なりが、美しく変身する前のヒロインの姿に重なりました。

「これが、落とした靴の、もう片方です」 

彼女が差し出したのは、たしかに、わたしが知っている物語に登場するガラスの靴でした。

ヒロインが物語から飛び出して、外の世界に姿を見せる。 そんなことがあるのだろうか。
これは夢? それとも、お芝居なのだろうか。

お芝居!

そうだ、そうに違いない。 彼女は駆け出しの女優で、役作りの練習のために、有名なあのヒロインを演じている。 そして、その演技が通じるかどうか、わたしを相手に試しているのだ。

ひまを持て余していて後腐れがない、駅のわすれもの室の係員。腕試しをするには、打ってつけの相手です。

そういうことなら、この余興を楽しませてもらうとしよう。

わたしは、灰かぶり姫と呼ばれる貧しい娘になりすました彼女のお芝居につきあうことにしました。道化を演じるような気持ちで。

「あなたは、真夜中の十二時の鐘が鳴るのを聞いて、あわててお城の階段を駆け下りた。 そのときに靴を落としたのではありませんか」
「そうです。どうしてそれが......?」

彼女は大きな瞳を見開きました。見事なとぼけっぷりです。

「お城には、問い合わせてみましたか」
「いいえ」

彼女は悲しげに目を伏せました。

「わたしは、あの夜、あの場所にいないはずの人間です。舞踏会に呼ばれていないのに、 勝手に忍び込んだのです。ですから、お城に問い合わせるわけにはいきません」

これが演技だとしたら、大したものです。まったく揺らぎがありません。

「もしかしたら、今頃、王子様は、あなたが落としたガラスの靴を持って、 国中を探し回っているかもしれませんよ。おふれを出し、おともを引き連れ、 その靴にぴったりな一人が見つかるまで、娘という娘にガラスの靴をはかせるのです」

 「そんなことが......? いいえ、そんなこと、あるわけがありません」

自分に言い聞かせるようにそう言った彼女の声は、小さく震えていました。

彼女の胸のおののきが伝わってくるようで、
わたしは、ぐっと彼女の演技に引き込まれました。

「身分違いなのは分かっています。もう一度会いたいなどと、ぜいたくは申しません。せ めて、あの夢のようなひとときの思い出に、ガラスの靴を持っておきたいのです」

彼女の目から、涙がすうっと零れ落ちるのを見て、わたしは、はっとしました。 その涙は、作りものではありませんでした。

これは、彼女が演技力を試すためのお芝居ではない。わたし自身が、新しい灰かぶり姫の物語に巻き込まれているのではないか。その新しい物語では、駅のわすれもの室にガラスの靴が届けられるのだ。

わたしは物語を担う重要人物の自覚を持って、目の前の彼女に告げました。

「ガラスの靴のわすれもののお届け出、たしかに承りました。見つかりましたら、どちらにご連絡を差し上げましょうか」

われながら名演技です。声に力と責任感がこもっています。

「連絡先は......」

彼女が言葉に詰まり、わたしは、失態に気づきました。 なんと気のきかない、ヘタクソな台詞を口にしてしまったのでしょう。 彼女が仕えているお屋敷の母親や姉たちに、ガラスの靴のことを知られてはならない。 そのことがすっかり抜け落ちていました。

「わかりました。こうしましょう。もし、もう片方のガラスの靴が届けられたら、あなた だけにわかるように合図を出します」
「合図を?」
「たとえば、そうだ、わすれもの室の扉に......」

わたしがそう言いかけたとき、その扉が開いて、⻘年が入ってきました。 仕立てのいいコートに身を包み、身なりに負けない、立派な顔つきをしていました。 わたしが絵本で見た姿のように着飾ってはいませんでしたが、 その⻘年には、誰もを引きつける輝きがありました。 凍りつくような風が吹き込んできたことも忘れ、 わたしは、⻘年の眩しい姿に、しばし見とれていました。

⻘年が何者で、何をたずねて、やって来たのか、何も聞かなくとも、わたしにはわかりました。

彼女はどんな顔をしているだろうと目を向けると、たずね人は⻘年から顔を隠すように、うつむいていました。

恥じらっているのではなく、恥じているのです。舞踏会で見せた優雅なドレス姿とは別人のような、みすぼらしい姿を見られてしまうことを。

⻘年は気づかないのではないかとわたしは思いました。 目の前の貧しい娘と舞踏会で手を取り合って踊った美しい娘が 結びつかないかもしれない、と。 ところが、おずおずと顔を上げた彼女を一目見て、⻘年の目に喜びの色が宿りました。

「わたくしがわかるのですか?」

彼女の言葉に、⻘年は深くうなずきました。
継ぎ当ての服を着ていても、灰にまみれても、
決して失われることのない彼女の瞳の輝きを、⻘年は見抜いたのです。

「まさか、もう一度お目にかかれるとは」

彼女の目に、みるみる涙が盛り上がりました。
⻘年の手が彼女の頬に、そっと触れました。
おしろいもせず、冷たい風に打たれて、ひび割れた頬に。

再び相まみえた、もう片方の靴と靴が、彼女と⻘年の姿に重なりました。

来るときは一人だった彼女と⻘年は、帰るときは二人で手を取り合っていました。 彼女の手には、⻘年がはめていた手袋がはめられ、 首には⻘年が巻いていたマフラーが巻かれ、 肩には⻘年が羽織っていたコートがかけられていました。 爪先が飛び出した粗末な靴は、間もなくあらためられ、 裸足の足は靴下であたためられることでしょう。

しもやけで膨れたあの足では、ガラスの靴は入らなかったかもしれない。 ふとそんな想像が頭をよぎりましたが、 靴がぴったり合うかどうかなんて、関係のないことなのです。 二人が探しに来たのは、もう片方の靴ではなく、もう片方の相手だったのですから。

そんなことをしみじみと思いながら、わたしは、ひとつ、わすれものをしたことに気づきました。新しい灰かぶり姫の物語のラストを飾る大切な台詞、

「どうか、お幸せに」

と二人に伝えることを。

安房直子作「奥さまの耳飾り」

2018年秋の音due.朗読ライブ(目黒、神戸、吹田)で披露されてから2年あまり。秋元紀子さんのClubhouseひとり語り部屋で読んでいただくにあたって読み返し、加筆した。

音due.版では、靴を探しに来た女性が後から来た青年に「王子様」と呼びかけるセリフがあったが、それを削った。元々「シンデレラ」という言葉を使わずにその人が思い浮かぶ流れにしていたが、彼女が何者なのか想像がつくなら、相手の青年が何者であるかも明言の必要はない。

秋元紀子さんが「もう片方の靴」から連想して選んでくれた安房直子作品は「奥さまの耳飾り」(「夢の果て」に収められているらしい)。

靴も耳飾りも身につけるもので、左右で一対。しかも、どちらも片方をなくすお話。またしてもあつらえたようなアンサーストーリーになっていた。

clubhouse朗読をreplayで

2022.5.27 わくにさん



目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。