アレはソノ後ドウなりました?(出張いまいまさこカフェ19杯目)
2006年9月から5年にわたって季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の19杯目。掲載誌(vol.28 2011年春)が見当たらず、表紙の写真は他の号のもの。
「アレはソノ後ドウなりました?」今井雅子
広告会社でコピーライターをしていた頃、相方のデザイナーのおじさまの口癖が「あれはその後どうなった?」だった。アレとかソノとか言われてもわかりません、具体的に言ってください、と生意気盛りの二十代だったわたしはよく言い返した。
ところが、脚本家になってみると、この禁じ手の台詞を口にする機会がふえた。原稿を送ったきり返事がないプロデューサーに状況を問い合わせるとき。払うと口約束をもらったものの振り込まれないギャラの催促をするとき。聞きにくいあれやこれやをぼかすのに、とても便利な言葉だったのである。
原稿を待たせているとき、脚本家はモテモテだ。風呂に入っていようと布団に入っていようと、おかまいなしに電話が鳴り、一日も早くと求められる。ところが、原稿を出してしまうと、モテ期は終わる。連絡はぱたりと途絶え、こちらから電話すると、「誰?」と素っ気ない対応をされたりする。
あなたが欲しかったのは、わたしではなくて、原稿だったのね。当たり前の事実に目が覚め、ワナワナする。
そうして、返事が来ないなと思っているうち、ある日、ヤフーニュースなんかを無防備に見ていると、「映画化決定」のニュースが目に飛び込む。寝起きに寝技をかけられるとは、このことだ。
フタマタをかけられるのはよくあることだし、自分の脚本の力不足なのだから仕方がない。だけど、結婚が決まったのなら、先に教えてくれたっていいじゃないの。
プロデューサーに連絡を取ると、ちょうど報告しようと思っててと調子のいい返事が来る。完成披露試写には呼ぶから来てよと言われる。他の人の脚本であっても、世に出てくれるのは嬉しいし、一緒に喜びたい。祝福する気持ちでいたら、いつの間にか公開されていることをまたヤフーニュースで知る。
忙しくて忘れていただけかもしれない。けれど、忘れられる程度のわたしだったのね。
先日「伝説のホテル」という思いつきを人並みはずれた行動力で形にしつつある鶴岡秀子さんが、何かを達成するために言い出しっぺに求められるのは「進捗状況を報告すること」だと話されていて、そうよ、と膝を打った。
アレはソノ後ドウなったのか。手塩にかけた原稿を旅に出した母としては、すごくすごく気になる。でも、待たせるほうは、そこまで思いが至らない。「連絡するとギャラやクレジットのことをうるさく言われる」と警戒する。後腐れを残さないためにこそ、報告という誠意を示してほしいのだけど。
一緒に仕事をして気持ちがいいのは「アレソノ」を言わせない人だ。自分が誰かに何かを頼むときも、相手に言わせないようにと肝に銘じる。
写真脚注)アノソノ言う暇もないほど〆切続きだった「てっぱん」。故郷の大阪弁とお好み焼きの勘を取り戻しました。
プロフィール(2011年掲載当時)
今井雅子(いまいまさこ) www.masakoimai.com
大阪府堺市出身。コピーライター勤務の傍らNHK札幌放送局の脚本コンクールで『雪だるまの詩』が入選し、脚本家デビュー。同作品で第26回放送文化基金賞ラジオ番組部門本賞を受賞。映画作品に『パコダテ人』『風の絨毯』『ジェニファ 涙石の恋』『子ぎつねヘレン』『天使の卵』『ぼくとママの黄色い自転車』。テレビ作品に「彼女たちの獣医学入門」(NHK)、「真夜中のアンデルセン」(NHK)、自らの原作『ブレーン・ストーミング・ティーン』をドラマ化した「ブレスト~女子高生、10億円の賭け!」(テレビ朝日)、「快感職人」(テレビ朝日)、「アテンションプリーズ スペシャル〜オーストラリア・シドニー編〜」(フジテレビ)。NHK朝ドラ「つばさ」脚本協力、スピンオフドラマ脚本。最新作の朝ドラ「てっぱん」は3/26最終回。
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2023.3.28 宮村麻未さん
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。