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探しものはすぐそばに─さすらい駅わすれもの室「世界にたったひとつの帽子」

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音due.初演から時を経てClubhouseで

「さすらい駅わすれもの室」という掌編シリーズのことを以前noteに書いた。

とある駅のわすれもの室(という呼び名で見かけることは少ない。「お忘れ物」に「承り所」がつくのがJR。「総合取扱い所」がつくのが東京メトロ。「もの」はひらがなで「センター」がつくのが都営地下鉄)を訪ねる人のエピソードが、わすれもの室の番をしている「わたし」のモノローグで語られる。

わすれものが持ち主の手に戻ることもあれば、戻らないこともある。探していたものが見つからないかわりに別な何かが見つかることもある。ささやかだけれど本人たちにとってはドラマティックなlost and foundの物語。

2015年に結成された言葉と音楽のユニット「音due. 」(おんでゅ)と出会い、書き溜めていた「わすれもの室」作品や書き下ろした作品を2016年から何度かライブで読んでいただいた。

2017年4月の関西遠征ライブで読まれたのが「世界にたったひとつの帽子」「指輪の春」「まいごの音符たち」。以来、この3作品は春のイメージをまとい、わたしの中では春色のライティングで脳内再生される。

2020年春、ライブで作品を届けられなくなったかわりに「音ライン音due.」と銘打って「世界にたったひとつの帽子」と「指輪の春」の朗読動画がYouTubeで公開された。

朗読は大原さやかさんと西村ちなみさん。ピアノは窪田ミナさん。ビジュアルイメージは佐藤恭野さん。

それから1年。また春が巡ってきた。去年の春と違うのは、Clubhouseが現れたこと。声のプロの人たちが朗読や読み聞かせをする部屋がいくつもある。著作権の関係で、権利の切れた作品を読んだり、著者の許諾を得て読んだりしている部屋が多い。

読む作品を探している読み手と、作品を読んでくれる人を探している書き手がつながったら。その作品を聴き手が楽しめたら。そんな気持ちで「ものがたり交差点」というclubを作り、第1回のroomで小説『パコダテ人』の証言(1)を読んだり聴いたりする会を開いた。

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「さすらい駅わすれもの室」を読んだり聴いたりする会もやってみたい。即興脚本ワークショップの持ちネタ「わすれものを取りに」と組み合わせて、新作「わすれもの室」を作るのも楽しいかも。

そんなことを考えているところに、NHK FMのオーディオドラマ番組、青春アドベンチャー「アクアリウムの夜」(全10回)で喫茶ヴォイスの多佳子さんを演じられた秋元紀子さんとClubhouseの秋元さんの朗読部屋で再会した。

「アクアリウムの夜」が放送されたのは2002年夏。駆け出しだったわたしの脚本を「私はたくさん脚本を読んでるけど、この本はとびきり面白い!」とベタ褒めしてくれたのが秋元さんだった。稲生平太郎さんの原作がとびきり面白いのだが、説得力のあるよく通る声で褒めちぎられ、今より19歳若く、5キロ軽かったわたしは舞い上がった。

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Clubhouseで再会した秋元さんは、以前と同じ言葉でわたしを褒めて、同じroomにいる人たちに紹介してくれた。

安房直子さんの物語を語り広めて25年の秋元さん。透明感のある声は安房さんの世界(「安房ーるど」と以前秋元さんが呼んでいた)によく合っている。ささやかで、不思議で、温かくて。その空気は「わすれもの室」にも通じるものがある

その夜のうちに「秋元さんに読んでいただきたい作品があります」と「わすれもの室」春色3部作の原稿を送った。それが3/16(火)のこと。翌日3/17(水)に早速「世界にたったひとつの帽子」を読んでいただけることになった。

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音due.版とはまた違う「わすれもの室」が現れ、「わたし」と「婦人」が現れた。「わたし」の佇まいをどうしようか、秋元さんはまだ探っている途中だと話された。読み手次第で登場人物の性別も年齢も印象も変わる。

一緒に聴いた人たちからその場で感想を聞けるのが楽しい。上演から1分も経たずに感想が飛び交うスピード感。

物語は、分かち合ってこそ。

だから、noteで読みものとして公開することにした。

今井雅子作 さすらい駅わすれもの室「世界にたったひとつの帽子」

さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。
ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。


傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。
多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。


だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。


駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、
そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

その日、血相を変えてわすれもの室に駆け込んできた婦人は、窓口のわたしに向かって一気にまくし立てました。


「帽子、届いていませんか。わたしの祖母が花の都パリの職人につくらせた、大切な大切な帽子なんです」


わたしは咄嗟に口をはさもうとしましたが、勢いづいた婦人の言葉は止まりません。


「最高級の素材を使って手間ひま惜しまず仕上げたものですから、祖母から母そして私と三世代で使い続けてもまったくくたびれないし、デザインだって古びないんです。ああいうのを本物っていうんです。あと百年だって十分通用します。それに何よりあの帽子にはとくべつな愛着があるんです」


わたしは何度か口をはさもうと試みましたが、婦人の言葉には切れ目がありません。


「あの……」と言いかけては引っ込めるを繰り返すわたしは、まるで大縄跳びになかなか入れない子どものようでした。


「世界に同じものは二つとない特注品で、どんなにお金を積んでも代わりはきかないんです」


そこで婦人はようやく深いため息をつき、わたしにチャンスが訪れました。


「もしかして、その帽子の色は、鮮やかな赤なのではありませんか」
「そうです! その帽子です! 届いていましたか!」
「いえ、そのようなわすれものは、こちらには届いていません。ですが、おさがしの帽子には、えんじ色と金色の糸で刺繍が施されているのではありませんか」

婦人は超能力者でも見るように、驚いてわたしを見ました。


「どうしてそんなことがわかるんですか?」
「あなたの頭にのっかっている帽子が、おさがしのものに、よく似ているようです」


わたしがそう言うと、婦人はハッとして頭の上に手をやり、「まあ!」と言うなり、赤い帽子よりも真っ赤になってしまいました。


「どこを探してもない、ないって焦ってしまって。まさかここにあったとは」


そそっかしい婦人の帽子のことを思い出すとき、わたしは思うのです。
本当は持っているのに、そのことに気づかないでいるものは、意外とあるのかもしれない、と。

見つけられる幸せ

「わすれもの室」シリーズで伝えたいことは冒頭の決まり文句に集約されている。最初に書いたときから20年ほど経っているが、「
多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれて」しまっていて、「駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、
そんな手間をかけてまで取り戻したいものがある」人は幸せだという想いはいっそう強くなっている。

持ち主が現れるのを待っている「わすれもの」を「作品」に置き換えることもできると思う。

時間が足りないくらい観るもの読むもの聴くものがどんどん公開され、よりどりみどりになっている時代。「こういう作品に出会いたい」と求める気持ちに突き動かされて探し訪ねたり手を伸ばしたり待ったりといった手間をかけられる人は幸せだ。

そういう人に作品を見つけてもらえた作者はさらに幸せだ。

3/18(木)にも秋元さんの部屋で「わすれもの室」春色ラインナップの別作品を読んでくださるとのこと。ご興味ある方は、秋元紀子さんを追いかけてみてください。

clubhouse朗読をreplayで

2022.8.18 酒井孝祥さん

2023.2.13 鈴木順子さん(note本文も)

秋元紀子さんの朗読がYouTubeに

clubhouseで「さすらい駅わすれもの室」を最初に朗読し、線路を敷いてくださった秋元紀子さんが、田中恭子さんのピアノ劇版とあわせた朗読をスタジオで収録。さらに豊かに、さらに奥深く、声と音楽がしみ入るような仕上がりに。整音を経て2022.8.22YouTubeに公開。線路はさらに伸び、わすれもの室は続くよどこまでも。

これまで以上にたくさんの人にこの物語が届きますように。





目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。