ハダカになってホン作り(出張いまいまさこカフェ7杯目)
2006年9月から5年にわたって池袋シネマ振興会の季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の7杯目。特集は大泉洋さんと田中誠さん。
《オレオクッキーにたとえれば、クッキーの部分が打ち合わせ、クリームが執筆。それぐらいホン作りに占める打ち合わせの比重は大きい》
自分で書いていて忘れていたけれど、今度使おう。
ハダカになってホン作り 今井雅子
映画やテレビの制作現場では、脚本のことを「ホン」と呼ぶ。「ホン作り」「ホン直し」は、「脚本作り」「脚本直し」よりも歯切れが良くて、気合を感じる。デビューしたての頃は「そろそろホン打ちを」とプロデューサーに言われて、「これまでは本気じゃなかったのか」と勘違いしたものだ。脚本について意見を出し合う打ち合わせが、ホン打ち。ちなみに「美打ち」は美術打ち合わせ。
制作関係者が顔を合わせると、「ホンがなかなか上がんなくて」「今撮ってる作品、ホンがいいらしいね」「役者がホンに乗ってくれて」などと挨拶のように「ホン」の話題になる。職人っぽい響きと愛称のような親しみが同居する「ホン」とは、絶妙な呼び方だと思う。
さて、脚本家は「ホンを作る」のが仕事だが、「ホン作り」は共同作業だ。プロット(筋書き)からハコ書き(シーンを箇条書きにしたもの)、脚本へと書き進める作業は脚本家に委ねられる。だが、企画の方向性やメッセージ、ストーリーの流れ、登場人物のキャラクターなどは、プロデューサーや監督とアイデア出しを重ねて作り上げる。ホン作りの後半は、ホン打ちを重ねながら、初稿、二稿……検討稿……決定稿と駒を進めていく。オレオクッキーにたとえれば、クッキーの部分が打ち合わせ、クリームが執筆。それぐらいホン作りに占める打ち合わせの比重は大きい。
白紙の状態から方向性を探る企画段階の打ち合わせでは、「どんなホンにしようか」を念頭に置きながら、核心から少し離れた大気圏あたりの話をすることが多い。動物ものの企画(たとえば『子ぎつねヘレン』)だったら、子どもの頃に飼っていたペットの話をする。家族ものだったら子育て体験談を、職業ものだったら「友人にこんな人がいて」と聞いた話を披露する。そんな雑談のなかに、「それで行こう!」と光る発見があり、一気に大気圏突入となることはよくある。
セックスをテーマに扱う企画に関わったときは、プロデューサーと監督の男性二人を相手に延々とセックスについて論じた。女友達ともしたことがない突っ込んだ話。だが、ひるんでいては仕事にならない。打ち合わせで自分をさらけ出すことができなければ、そのホンを書く資格はない。被写体が恥ずかしがっている中途半端なヌードは、見る側をもっと恥ずかしくさせる。
結局、そのセックス企画は成立しなかった。脚本家の脱ぎっぷりが足りなかったのか、はたまた良すぎたのか、映画化は見送られ、ホン作りは打ち切られた。それにしても、コーヒー一杯で三時間粘り、真剣にセックスを語りあう年齢ばらばらな男女三人は、まわりの客や店の人にどう映っていたのだろう。その光景をホンにしたほうが面白い企画になったかもしれない。
写真脚注)書いて、直して、また書いて。ひとつの「ホン」を作り上げるまでに、その何倍もの紙の山が築かれる。