38万4400キロメートル彼方の故郷へ─「月のうさぎプロジェクト」
「間違いだらけのクリスマス」公開の一年後に
大原さやかさんの朗読ラジオ「月の音色」の2017年の公開録音イベントに寄せて書き下ろした「間違いだらけのクリスマス」を2020年のクリスマスにnoteで公開した。
「間違いだらけのクリスマス」の翌年2018年の公開録音イベントにも作品を書かせてもらえることになった。
マネキンたちの話が好きすぎて、あれを超える作品を思いつけるだろうかとこわごわお引き受けして数日後、「月に置き去りにされた人工知能搭載のうさぎ」がふわっとひらめいた。
大原さやかさんと公開録音ゲストの新井里美さんと大西沙織さんにあて書きして、サアヤうさぎとサトミンうさぎとサオリンうさぎがはるか彼方の故郷地球に帰りたいと願う物語。
最初に思いついたタイトルは「38万4400キロメートル彼方のふるさと」。書き上げてから、より覚えやすく親しみやすい「月のうさぎプロジェクト」にあらためた。
noteでの公開にあたり、書き出しを「西暦2018年の数十年後」から「21世紀のある日」とした。久しぶりに読み返したけど、やっぱりこの話大好き‼︎ うさぎたちがいじらしくて、愛おしくて、ギュッと抱きしめたくなる。
今井雅子作「月のうさぎプロジェクト」
ナレーター「21世紀のある日。三匹のうさぎが、月から地球を眺めていた」
サトミン「(大きなため息)はあ〜」
サアヤ「サトミンうさぎ、うるさいよ。はあ〜」
サトミン「サアヤうさぎだって。はあ〜」
サアヤ「ダメだよ。ため息ついたら幸せが逃げて行っちゃうんだから。はあ〜」
サアヤ・サトミン「サオリンうさぎも」
三匹「はあ〜。退屈〜」
サトミン「寝ても覚めても、同じ眺め」
サアヤ「一面のクレーターと、遠くに青く輝く地球」
サトミン「あ、毎日同じじゃない。微妙に違う」
サアヤ「月から見た地球も、満ち欠けするんだよね。今日は満地球」
サオリン「まんまる〜」
サトミン「きれいだねー」
サアヤ「地球って、外から見るほうが断然きれいなんだよね」
サオリン「ねえ。私たち、なんで月にいるんだっけ?」
サアヤ・サトミン「うさぎだから」
サオリン「うん。月といえば、うさぎ。そうなんだけど」
サトミン「あれだよね。『月のうさぎプロジェクト』」
サアヤ「そう。この辺に看板立ってたよね?」
サオリン「あれどこ行っちゃったんだろ」
サトミン「埋もれてるんじゃない? (探して)あ、あった、看板! (砂を払い、砂にむせながら)読んでみる?」
サアヤ・サオリン「うん」
三匹「(読み上げ)月の芸術祭 エントリーナンバー88『月のうさぎプロジェクト』。月にうさぎがいるというのは、いにしえの人々のイリュージョンでありイマジネーションである。現実に月にうさぎがいるとしたら、どんなインタラクションが起こるか、そのインスピレーションから生まれたインスタレーションが、本作品である」
サトミン「意味わかった?」
サオリン「イで始まってンで終わる単語がやたら出てくるね」
サトミン「アーティスト名、イデ・ジュンだって」
サアヤ・サオリン「イで始まって、ンで終わってる!」
サトミン「イデ・ジュン、現代アートの雰囲気、がんばって醸してるなー」「
サアヤ・サオリン「醸してるねー」
サトミン「インスタレーションってなんだっけ?」
サオリン「インスタ映えとかいう、あれでしょ?」
サトミン「それはインスタグラム」
サオリン「あ、そっか」
サアヤ「展示している空間も含めて作品、みたいな意味じゃなかったっけ」
サトミン「あー、なんか言ってたよね、イデ・ジュンらしき人が。前髪かきあげながら」
サアヤ「そう。あの前髪。顔の半分隠れてたよね」
サオリン「そっかー。私たち、『月のうさぎプロジェクト』っていうアート作品の一部だったんだ」
サトミン「そう。本物のうさぎを置くと、エサあげたり、フンの掃除したり、大変だから、ぬいぐるみのうさぎにしたってわけ」
サアヤ「ぬいぐるみだから、ほったらかしで大丈夫」
サオリン「だから、私たち、月に置いてけぼりにされたの?」
サトミン「多分ね」
サアヤ「……この話、前にもしたよね」
サトミン「うん。何度もした」
三匹「月、飽きた。はあ〜」
三匹、黙り込む間があって、
サアヤ「私たちのことなんて、とっくに忘れてるよね。イデ・ジュンも、芸術祭の主催者も、芸術祭で『月のうさぎプロジェクト』っていう作品を見た人も」
サトミン「まさか、月に置いてきたぬいぐるみが、退屈しているとは思わないよね」
サオリン「じゃあ、永遠にお迎えは来ないってこと?」
サアヤ「ずっと、この眺め。一面のクレーターと、遠くに青く輝く地球」
サトミン「あれ? なんか光ってる」
サオリン「流れ星?」
サアヤ「こっちに向かってない?」
サトミン「隕石衝突? 待って。それはヤダ! 退屈はしてるけど、刺激は求めてるけど、そういう衝撃は求めてない」
サオリン「ねえ見て。あの光、規則的に点滅してるよ」
サアヤ「もしかして、スペースシャトル?」
サトミン「私たちを助けに来たんじゃない?」
サオリン「なんだ、忘れられてなかったんだ。迎えに来てくれたんだ……!」
サトミン「やったー。これで月脱出! 退屈脱出!」
サアヤ・サオリン「良かったー」
サアヤ「ねっ、手振ろう! ここにいるよって知らせよう!」
サトミン・サオリン「うん!」
サトミン「はーい、こっちでーす」
サアヤ「サアヤうさぎも、サトミンうさぎも、サオリンうさぎも、元気でーす」
サオリン「お迎えありがとうございまーす」
ナレーター「だが、そのシャトルは、うさぎたちを迎えに来たのではなかった」
ユーチューバー「うわっ。超やべーっ。アフィリエイト収入ガッポガッポでスペースシャトル買っちゃって、月まで飛んできちゃったら、やべーもん見ちゃった。月のうさぎ、マジウケる〜っ! これ絶対バズる! 一晩で百万回再生行く! 操縦士さん、もうちょっと月面近づける?」
操縦士「かなりギリですけど」
ユーチューバー「そこをなんとか。クレーターの凸凹がバッチリ映らないと、月面感出ないんで」
操縦士「がんばります」
サトミン「高度下げたよ! 着陸するんじゃない?」
サオリン「ほんとに地球に帰れるんだ〜」
サアヤ「歓迎のしるしに、何かしよっ」
サトミン「何かって?」
サオリン「月のうさぎらしく、餅つきなんて、しちゃう?」
サアヤ・サトミン「いいねっ」
サトミン「私、臼やるね。手で丸作って、こんな感じ?」
サアヤ「私、杵持ってるつもりで、お餅つくね」
サオリン「私、お餅ひっくり返すね」
三匹「そーれ。ぺったん、ぺったん」
サオリン「お迎えの人たち、喜んでくれるかな。歓迎の餅つき」
サトミン「そりゃあ喜んでくれるよ」
三匹「そーれ。ぺったん、ぺったん」
ナレーター「お迎えの人ではなかったが、歓迎の餅つきは、もちろん大喜びされた」
ユーチューバー「うわーっ。月のうさぎが餅ついてる。マジやべーっ。笑い止まんねー。操縦士さん、ぎりぎりまでうさぎに迫って」
操縦士「え、これ以上行ったら、ぶつかっちゃいますよ」
ユーチューバー「迫力映像取れたら、ボーナス弾んじゃうよ」
操縦士「がんばります」
ユーチューバー「いいねっ。うさぎの顔バッチリ撮れたっ。よし、高度上げて」
操縦士「はいっ」
サアヤ「あれ? スペースシャトルが遠ざかって行っちゃう」
サトミン「どういうこと?」
サオリン「お迎えじゃなかったの?」
ユーチューバー「やべーよ。地球に帰ったら、早速動画アップしちゃおっ。タイトルは、やっぱあれだな、『自家用シャトルで月に行ったら、やべーの撮れた』!」
反響1「この動画、マジウケる〜。月のうさぎ、餅ついてるし」
反響2「ていうか、ぬいぐるみ?」
反響3「昔やった『月の芸術祭』ってやつに出した作品だって」
反響1「作品名『月のうさぎプロジェクト』。月にうさぎ置いてみましたって、それだけ?」
反響2「月までぬいぐるみ置きに行くって、いくらかかったんだ? スポンサーついてたのか?」
反響1「まあでも金があれば誰でもできちゃうし。アートって呼んでいいのかこれ?」
反響2「作者イデ・ジュンについて調べたら、案の定消えてる」
反響3「一発屋かよ」
ナレーター「地球がそんな騒ぎになっているとは知らず、月のうさぎたちは、ふるさとへの想いを募らせていた」
サトミン「ねえ、サアヤうさぎ、地球まで、どれぐらい距離があるの?」
サアヤ「38万4400キロメートル」
サオリン「それって何光年?」
サアヤ「1.28秒」
サトミン・サオリン「1.28秒?」
サトミン「光だと、まばたきする間に着いちゃうんだ」
サオリン「光になりたい」
サアヤ「サオリンうさぎ、その言い方……」
サトミン「天に召される感じだよね?」
サオリン「あ、ほんとだ」
サアヤ「天じゃなくて、地球に召されないと」
サオリン「召されたい。38万4400キロメートル彼方のふるさとに」
三匹「はあ〜」
サオリン「また幸せが逃げちゃった」
サトミン「そもそも、私たちに幸せなんてあるわけ?」
サアヤ・サオリン「え?」
サトミン「手がかからないってだけの理由で月に連れて来られて、置いてけぼりにされて、忘れられて……ごめん。なんか、しーんとしちゃった」
サアヤ「あれ? 見て、あの光!」
サトミン・サオリン「スペースシャトルだ!」
サアヤ「高度下げたよ!」
サトミン・サオリン「着陸する!」
ユーチューバー「マイシャトルで月に降り立ってみたー。やべー、超やべー。生うさぎ、キター! どうもどうも、こんにちは。月のうさぎさんたち」
三匹「こんにちは」
ユーチューバー「あれ? こんばんはかな」
サトミン「ずっとこんな感じなんで」
ユーチューバー「ていうか、うさぎ、普通にしゃべってるー。衝撃ぃー。ここで、いきなりサプライズ企画、あの人に会いたい。どうぞーっ」
イデ・ジュン「おひさしぶりです」
サトミン「誰このオジサン?」
サアヤ「さあ……」
ユーチューバー「あれ? この男性が誰だか、わからないかなー? うさぎちゃんたちの生みの親、イデ・ジュン先生だよ!」
三匹「イデ・ジュン?」
サトミン「うっそー。前髪は? 前髪ないんだけど」
サオリン「なくなっちゃったんじゃないの?」
サアヤ「(ひそひそ)声が大きいよ」
ユーチューバー「感激のあまり、言葉にならないうさぎちゃんたち。では、イデジュン先生から一言!」
イデ・ジュン「何て言ったらいいのか……君たちのことを忘れた日は一日たりともなかった。南極に犬のタロとジロを残して来た観測隊員は、こんな気持ちだったんだろうなって……(涙で言葉が続かず)すみません」
ユーチューバー「うぉぉぉぉぉ。マジ、もらい泣きぃー!」
サトミン「嘘くさくない?」
サオリン「絶対忘れてたよね?」
サアヤ「(ひそひそ)聞こえてるよ」
ユーチューバー「うさぎちゃんたち、まだ言葉が見つからない!」
イデ・ジュン「ちょっと、抱きしめていいですか?」
ユーチューバー「え? ぼく? じゃなくて、うさぎちゃんを? でーすよねー。感動の再会のハグ、キターッ」
サトミン「勝手に進めないで欲しいんだけど」
サアヤ「(ひそひそ)いいから。空気読もっ」
イデ・ジュン「ありがとう、うさぎちゃんたち。月のうさぎプロジェクトは、まだ終わっていない。ぼくの芸術は永遠だ」
サトミン「自分に酔っちゃってる」
サオリン「完全にカメラ目線だし」
サアヤ「(ひそひそ)ちょっと、感じ悪いよ」
ユーチューバー「うさぎちゃたち、どう? 今の気持ち?」
サアヤ「はいっ。私たちも、とってもうれしいです」
ユーチューバー「やっとコメント、キターッ。じゃあ、うさぎちゃんたち、またねーっ」
三匹「え? え?」
サオリン「地球に連れて帰ってくれないの?」
ユーチューバー「月にいるうさぎってのが、シュールで最高! はい、これ、テレビ電話置いてくから、月からの中継よろしく!」
ナレーター「ユーチューバーと前髪のなくなったイデジュンを引き上げ、スペースシャトルは地球へと帰って行った」
ポンポンポンと呼び出し音が鳴る。
サトミン「あれ? 何の音?」
サアヤ「テレビ電話じゃない?」
サオリン「出てみる?」
サアヤ「うん。(出て)はい、月のうさぎです」
ユーチューバー「どうも〜。いきなり始まった月のうさぎチャンネル〜! 視聴者からのお悩みに、月のうさぎちゃんたちが答えちゃうピョン!」
サアヤ「(面食らって)え? 月のうさぎチャンネル?」
ユーチューバー「語尾は、ピョンでお願いピョン」
サアヤ「あ、はい……ピョン」
ユーチューバー「月うさネーム『耳長芳一』さんのお悩み。通勤の満員電車が苦痛でしょうがないんですけど、楽しく過ごす方法があったら教えてください」
サトミン「そんなこと、月のうさぎに聞かれてもねー」
サアヤ「月に満員電車、ないもんね」
サオリン「でも、満員電車って、たしかにキツいよね」
サトミン「名前が楽しくないんじゃないかなー。満員電車じゃなくて、『一期一会おしくらまんじゅう大会』って、どう?」
サオリン「あ、なんか楽しそう」
サアヤ「毎日、記録つけたりして。今日のおし具合は何点とか」
サトミン「ってことで、地球名物『満員電車』、スポーツ感覚で楽しんじゃってください」
ユーチューバー「うさぎちゃんたち、語尾のピョンづけ、忘れてるよー」
三匹「失礼しましたピョン」
ユーチューバー「続いて、月うさネーム『寝不足で目が赤い』さんのお悩み。隣の家が毎日カレーで、強烈なスパイスのにおいが、うちまで押し寄せちゃって、何食べてもカレーの味になっちゃうんですけど、どうしたらいいですか? はい、答えてピョン」
サトミン「カレーのにおい、懐かしいピョン」
サオリン「月にカレー、ないピョンねー」
サアヤ「お隣さんも、いないピョン」
サトミン「お隣さんからカレーのにおいがしてくるって、地球ならではピョン」
サオリン「『寝不足で目が赤い』さん、私たちの分も、お隣さんのカレーのにおい、楽しんでピョン」
ユーチューバー「はい、この調子で明日もよろしくピョン」
三匹「かしこまりピョン」
テレビ電話回線がブチッと切れる。
サトミン「働いたねー。お悩み相談百連発」
サオリン「今日は一度もため息つかなかったよ」
サアヤ「ほんとだ」
三匹「はあ〜充実」
サアヤ「今のは、充実のため息ね」
サオリン「わたし、今、幸せ」
サアヤ「幸せ?」
サオリン「うん。地球の人たちに必要とされて」
サトミン「これが幸せってやつか」
サオリン・サアヤ「うん」
ユーチューバー「はいはーい、お悩み相談のお答えが、地球いいよねっのワンパターンで飽きちゃった〜ってことで、新企画、月のうさぎが、クレーターの砂で、月見団子、作ってみた〜!」
ユーチューバー「月見団子、もうおなかいっぱい。新企画、月面で、うさぎが、うさぎ跳びをやってみた〜! 」
ユーチューバー「うさぎ跳び、いつまでやってんのーっ? 新企画、月のうさぎが、月面宙返りに挑戦してみた〜!」
サアヤ「すみません、ちょっとお休みをいただきたいピョン」
ユーチューバー「お休み? いいよいいよ。充電期間ね。こっちもちょっと新しいこと考えてるから休んじゃって」
サアヤ「あっさりお休みもらえちゃった」
サトミン「さすが売れっ子」
サオリン「大事にされてるね」
ナレーター「久しぶりにぼんやり地球を眺めることに、うさぎたちが飽きた頃、お城のような御殿を吊り下げたスペースシャトルがやって来て、ズドーンと轟音を響かせて、月面に御殿を降ろした」
ユーチューバー「ジャジャーン。月にうさぎ御殿を建ててみた〜! ハウススタジオつき、公開収録もできちゃうピョン。うさぎちゃんたち、どう?」
サトミン「なんか、すごいピョン」
サオリン「今度はどんな企画をやるのか気になるピョン」
サアヤ「お休みで充電して、やる気みなぎってるピョン」
ユーチューバー「ザンネーン。君たちの御殿じゃないよ」
三匹「え?」
ユーチューバー「はーい。かわいこちゃんたち、ご挨拶して」
二代目三匹「はじめまして。私たち、二代目、月のうさぎです!」
サトミン「二代目?」
ユーチューバー「うさぎちゃんたちのキョトーンとした顔。いいねっ。ウケるーっ」
サアヤ「あの、メンバー増員ってやつですか?」
ユーチューバー「いやいや、増員じゃなくて、交替ね。世代交替。なんか、うさぎちゃんたち、お疲れみたいだったから。テレビ電話も、二代目うさぎちゃんたちに引き継ぎ〜」
二代目サオリン「先輩たち、お疲れさまでした」
二代目サトミン「ごゆっくりお休みくださいっ」
二代目サアヤ「よかったら、私たちの御殿の軒先、使ってくださいっ」
二代目三匹「失礼しま〜す」
三匹「感じ悪っ」
ユーチューバー「じゃ、初代うさぎちゃんたち、任務完了。お疲れっ」
スペースシャトルが飛び立つ。
サアヤ「ええっ? 連れて帰ってくれないの?」
サトミン「使い捨てにされた上に置き去り? サイテーだね、地球のヤツら」
サオリン「でも、地球の話を聞いたら、ますます地球が恋しくなっちゃった」
サアヤ「わかる。ポテトチップスひと口食べたら、ひと袋空けけちゃいたくなる感じ」
サオリン「え? ちょっとわかんない。私たち、ポテトチップス食べないし。ぬいぐるみだし」
サアヤ「だったら、なんで、カレーのにおい、覚えてたんだろ。カレーなんて食べたことないのに」
サトミン「そういえば、満員電車に乗ったこともない」
サオリン「私たち、イデ・ジュンに生み出されてすぐに、月に送られたんだもんね」
サアヤ「そっか。私たちが地球の思い出だって思ってたものは、人工知能にインプットされた情報だったんだ」
サトミン「本当は、どんなとこなんだろ」
サアヤ「行ってみたい、遠くに青く輝く地球」
サオリン「38万4400キロ彼方のふるさと」
サアヤ「よし、泳ごう」
サトミン「え? 泳ぐの?」
サアヤ「宇宙遊泳!」
サオリン「地球まで?」
サアヤ「一秒ひとかきで、10センチ。一日8万6400秒休まず泳ぎ続けたら、 8640メートル。一年365日で315万3600メートル。キロに直すと、3153.6キロ。38万4400キロ彼方の地球まで約122年」
サオリン「122年!?」
サトミン「私たちが地球に着く頃には、誰も私たちのこと覚えていないよね」
サオリン「イデ・ジュンも、もう地球にはいないよね」
サアヤ「それでもいい。帰ろう、私たちの故郷に」
サトミン・サオリン「うん」
ナレーター「うさぎたちは、無重力の宇宙空間を泳ぎ出した。休まず、眠らず、泳ぎ 続けた。縫い目が裂け、綿が飛び出し、それでも、ひたすら、短い手をかき、短い足を蹴り続けた」
サトミン「今、渡ったの、天の川だよね?」
サアヤ「ねえ。地球に帰ったら、何したい?」
サオリン「満員電車でおしくらまんじゅう」
サトミン「隣のカレーのにおいに責められたい」
サオリン「いろんな色の空を見たい」
サトミン「流れる雲」
サアヤ「雨上がりの虹」
サオリン「夕焼けの茜空」
サアヤ「満ち欠けするお月様」
サオリン「月見団子作って、お月見したい」
サトミン「しようっ。ススキも取って来てさ」
サトミン「大気圏突入!」
三匹「(大気の壁を破り)プッハー」
サオリン「ついに来ちゃった。地球上空」
サトミン「あとひと息」
三匹「ラストスパート!」
サアヤ「地上で誰かが手を振ってる」
サトミン「あれイデ・ジュンじゃない?」
サオリン「なんで? また前髪が復活してる!」
サアヤ「え? 若返ってる?」
サトミン「もしかして。浦島太郎の逆? 私たちが地球にいなかったのは、ほんの短い間だったとか?」
サオリン「でも、私たちが月で会ったイデ・ジュンは、前髪なかったよ?」
孫ジュン「初めまして。イデジュンのひ孫の、マゴ・ジュンです」
三匹「マゴ・ジュン!」
サアヤ「あの、どうして、私たちのことを?」
孫ジュン「発信器が教えてくれました」
サトミン「発信器?」
孫ジュン「ひいおじいちゃんが、あなたたちと月で対面したとき、あなたたちの背中に取りつけたそうです」
サトミン「あっ、あのときのっ」
イデ・ジュン(回想)「ちょっと、抱きしめていいですか?」
孫ジュン「ひいおじいちゃんの力では、あなたたちを地球に帰すことはできませんでした。地球からあなたたちを見守る、それが精一杯でした」
イデ・ジュン(回想)「君たちのことを忘れた日は一日たりともなかった」
三匹「イデ・ジュ〜ン」
孫ジュン「お月見の用意ができています。月見団子もありますよ。ご希望でしたら、お隣のカレーのにおいも」
(The Happy End)
プレゼントみたいなclubhouse上演
2021年にclubhouseで出会った人たちが「間違いだらけのクリスマス」を次々と朗読してくれた。一回だけの上演になるはずだった作品をいろんな人の声で何度も聴かせてもらえ、そのたびにクリスマスプレゼントを受け取らせてもらった。
「月のうさぎプロジェクト」もそんな作品になれたらうれしい。
2022.1.29 【声優ちゃんねる】声優ぶつかり稽古❗️のテキストに。replayは残っていません。