部屋が非常に散らかっていますが活気があります
テーブルと床を見分けられないAI
朝食の後、テーブルでスマホを見ていた夫がブハッと笑った。
スマホを「見ていた」と書いたが、夫は音声読み上げ機能を使い、目ではなく耳でスマホを見る。
たった今、吹き出すような面白い話が耳に飛び込んだらしい。
台所で洗い物をしていたわたしには、読み上げ音声は水の音でかき消えていたが、ブハッは聞こえた。
「何?」と洗い物を中断して近づくと、
「これ」と手にしたスマホを差し出された。
ロービジョン仕様に白黒逆転させた画面。上半分が写真で、下半分が文字。カメラに映ったものをAIが読み取り、音声で読み上げてくれるアプリで部屋の様子を写真に撮った解読結果だった。
「部屋が非常に散らかっています」
前置きもなく、言いにくいことをズバッと言ってくれやがる。AIには遠慮も忖度もない。
「床には衣類、本、紙類、ラップトップが無秩序に積み重なっています」
無秩序と言われてしまった。
でも、そこ床じゃないから。テーブルだから!!
何が載っているのかよく見えないが時々雪崩を起こすテーブルに不満を募らせている夫は、惨状に共感してくれる味方ができて大喜びだ。そらみたことか、AIにここまで言われているぞ、片づけてくれよと夫が活気づいている。
「AIってまだまだだね」
わたしは負け惜しみを言い、夫にスマホを返す。床とテーブルの区別もつかないなんて、まだまだだ。
AIが無能なのではなく、AIが学習した「テーブルとはこういうもの」とわが家のテーブルがかけ離れているのだが。そんなことはわかっている。
寄りじゃなくて引いてみたら、テーブルと床の違いがわかるもしれない。夫はテーブル越しに床が入る形でもう一枚撮影し、AIに解読させた。
「色々な物が散らかっていて、多くの物が床に置かれています」と散らかりぶりをバカ正直に伝えるが、「前景にはテーブルがあり」と床とテーブルの区別はできている。
「メゾネット」と言ったら面白いなとひそかに期待したが、ボケるセンスはないようだ。
落としてから持ち上げる
「乱雑に置かれています」とテーブルの描写も容赦ない。床とテーブル、二重のダメ出しを浴びせてくる。無秩序だの散らかってるだの乱雑だの、普通はオブラートで包むような言葉を遠慮なく使う。AIには歯がないから歯に衣着せない物言いが得意だ。
それでいて、「個性的な雰囲気があります」とほめることも忘れない。最後に持ち上げるのはAIのえらいところで、唐突でつけ足し感がないとはいえない(つまり、付け足し感がある!)が、「気持ちよく話を終わらせる」ように教育されているらしい。
テーブルを床だと認識したときも「部屋全体に活気があります」と締めくくっている。物があふれてうるさい状況を「活気がある」と表現する苦し紛れがいじらしい。
こじつけでもほめるところを見つける。ほめる言葉を絞り出す。その姿勢は見習いたい。
「子どもに注意したくても、何か言うと角が立ちそうで……」と先日会った友人が言うので、「AIは何を言っても最後に持ち上げる」と話したら、「AIになったつもりでやればいいのね!」と活気づいた。
「その金髪、活気があるね」
「涙袋メイク、活気があるね」
「短すぎるスカート、活気があるね」
「ゲームばっかりして、活気があるね」
「活気がある」は何でも受け止める。
エネルギーをほめる
「活気がある」は「金髪」にも「ボサボサの髪」にも似合う。
「パンチパーマ」も意外と合う。いや、かなり合う。実は、インパクトの強いものほど、よく似合う。
「活気がある」はエネルギーをほめているからだ。
エネルギーのあるものすべてがほめる対象になる。
うちの子が小さかった頃、外食先でぐずると、まわりのテーブルからも店員さんからも迷惑そうな視線を向けられることが多かったが、インド料理屋は違った。どの町のどの店でも日本語が母語ではない店員さんが「ゲンキガイイネ」「コドモハゲンキガイチバンダヨ」と言ってくれて救われた。あれもエネルギーをほめていたのだ。
「活気があるって何だよ? ウゼ」と言い返されたら、
「その口のきき方、活気があるね」と返せばいい。
「活気がある」は実に懐が深い。
ほめて終わるマヨネーズ効果
「活気」を「個性」に変えても成立する。
「個性がある」はエネルギーの代わりにカラーをほめる。なんにでもエネルギーがあるように、なんにでもカラーがあるから、これまたストライクゾーンが無茶苦茶広い。
落ち着きのない教室も
怒号が飛び交う修羅場の会議も
何にでも噛みつく反抗期の中学生も
みんなみんな「活気があるね」「個性があるね」。
「怒号が飛び交う」を「土豪が飛び交う」と打ち間違えて修正したが、土豪が飛び交う会議はますます「活気があるね」「個性があるね」。
「活気があるね」も「個性があるね」もありふれていて目新しくはない。言われて悪い気はしないけど、書き留めるほどの心憎さはない。AIが使いたがる汎用性のある言葉だが、ダメ出しと組み合わせると、光を放つ。
ビター&スイート。
水風呂の後の熱々のお風呂。
掛け合わせの妙。
無秩序だから活気があるのか!
乱雑だから個性があるのか!
なんだ、ほめられてたのか!
前半のダメ出しは後半のほめを引き出すためだったのだと脳が錯覚する。下味も隠し味も上書きして後味まで乗っ取ってしまうマヨネーズ効果。
AIは狙ってやっていないはずだ。「最後は持ち上げる」を実践した結果の、偶然の産物。ギャップを面白がり、行間を膨らませ、話を転がすのは、人間の領域。
「部屋は散らかっていますが活気があります」が「部屋は散らかっていて活気があります」になり、「部屋は散らかってこそ活気があります」とつけ上がる。
AIに言われたら反省するのではないかという夫の目論見は外れ、部屋はますます活気づいている。
✔︎タイトル画像は夫に見せられたスマホ画面のスクショの一部。「部屋が非常に散らかっています」が黒枠で囲まれている。ボイスオーバーが読み上げる範囲を示している。
✔︎画像を解読して説明してくれるアプリ「Be My AI」については、日本視覚障害者ICTネットワークのpodcast、Be My AI特集 -- 「写真との付き合い方が変わるなって」がわかりやすく楽しい。
ダメ出ししっぱなしAIもいた
2024年5月27日追記。
2年前に書いた舞台用脚本「ファイティング黒田のラーメン劇場」が先日上演され、「机を床と説明する画像認識アプリ」を登場させていたことに気づいた。
AIの画像認識がわが家のテーブルと床を区別できないのは今に始まったことではなかった。
脚本を書いた当時、西田梓さんのYouTube動画で知ったエンビジョンAIというアプリを使っていた。西田梓さんの動画ではカレールーのパッケージを読み上げている。
文字認識はかなりできるが、画像認識がおぼつかないというのが、当時のわたしの印象だった。
年間サブスクの期限が切れ、しばらく遠のいていたが、今はサブスク料がかからなくなり、無料で使えるようになっている。
あれから画像認識の性能は進化しただろうか。久しぶりにアプリを開き、アップデートしてみると、「かんたんな説明」「くわしい説明」を選べるようになっていた。
ダイニングテーブルの画像を「くわしい説明」で読み解いてもらった。
木製のテーブル‼︎
テーブルと床の区別がつくようになっている。だが、最後までダメ出しを続けていて、ほめるのを忘れている。
ほめのアップデートが追いついていない。
トドメの杭
何度やっても、ほめてくれず、言いたい放題で終わっているエンビジョンAI。
ほめない主義なのか。
ほめるところが見つからないのか。
ほめワードを学習しそびれているのか。
AIだからといって、必ず最後に持ち上げてくれるわけではないらしい。
アプリの母国語が英語なのを日本語に直して出力しているため、日本語がぎこちないというのもあるが、実にズケズケと言ってくれる。ここまで来れば、いっそ清々しい。
「杭の無秩序な外観」って何⁉︎
機械翻訳にかけてバックトランスレーションしてみると、Disorganized appearance of pilesと出た。なるほど。pileには「積み重ね」「堆積」などの他に「杭」という意味もあるのか。勉強になるなー。
というか、この場合、明らかに「杭」じゃないだろう。さすがのわたしもテーブルに杭は立てない。無理して持ち上げなくてもいいから、せめてトドメの杭ブッサリは遠慮して!