愛とは、ワタシってこと。
noteで公開している掌編シリーズ「さすらい駅わすれもの室」(まとめはこちらのマガジンに)をほぼ毎日、Clubhouseでnote本文とともに朗読してくれているさんがつ亭しょこらさん(膝枕リレー 膝番号55)に「そろそろ読み終わるので、新作歓迎っす」と言われたので、在庫のバレンタインデー編を公開することにした。
その前に公開しておきたいという理由で、映画『バレンタインデー』(2010年2月12日公開)のパンフレットに寄稿したエッセイを、バレンタインデーのバの字も関係のない10月19日に公開する。
ちなみに10月19日はシュークリームの日らしい。10と19で浮かび上がる「ジューク」がどことなくシュークリームっぽいが、やはりチョコレートとは関係ない。でも、「バレンタインデーといえばチョコレート」というのは日本ならではの文化らしいと知ったアメリカ留学中のバレンタインデーの思い出をエッセイに綴っている。
公開時のプレス資料には
とあり、バレンタインデーを《誰もが 24時間限定のラブストーリーの主人公になれる一日》と位置づけている。
DVDがなぜか文庫本並みのお値段に!!
愛とは、ワタシってこと。 今井雅子
色とりどりの花があるように、愛のカタチも人それぞれで、ひたむきに咲き誇る姿は、どれも美しく愛おしい。そんなあたたかな気持ちに満たされる映画『バレンタインデー』は、花屋を切り盛りするロマンティストな青年を軸に物語が展開する。
花に想いを託す人たちのおかげでバレンタインデーの花屋は大忙しだが、恋する青年は仕事にも大はりきりで、生き生きと花を届けて回る。
その笑顔に記憶のスイッチを押されて、思い浮かべた光景は、教室だった。
ロサンゼルス郊外の高校に留学中のバレンタインデーのこと。赤いリボンを巻いた薔薇とメッセージカードを持った配達人が教室を渡り歩いていた。
彼らが運んでいたのは、愛の告白。「3限目に3Aの教室にいるメアリーへ」などと依頼人が指示した相手に、代理でメッセージを届けるのだ。クラブ活動の一環で、生徒が配達人を務めていた。
配達人が教室に入ってくると、授業はいったん中断し、先生も生徒も配達人が誰の机へ向かうのか行方を見守る。教室中の注目を集めて薔薇とカードを受け取った生徒は、「誰から?」と質問攻めに遭い、冷やかしの口笛を鳴らされ、うれしそうにはにかむ。
告白が、みんなで楽しむお祭りになっていた。
靴箱や机にこっそりチョコレートを忍ばせたり、体育館の裏に呼び出したりする日本式バレンタインデーを見慣れていたわたしには、カルチャーショックだった。
アメリカでわたしが覚えた好きな言葉に、分かち合うという意味のSHARE(シェア)がある。クリームベタベタのケーキだけでなく、うれしいニュースや悲しみも。誕生日の子は風船を持って歩かされ、すれ違う人々にお祝いの言葉を投げられる。
LOVEもまたシェアの対象だ。恋人ができれば、すぐさま家族に紹介するし、好きな人ができれば、誰かを愛するその気持ちを相手以外にも知ってもらおうとする。それは、とてもすばらしく誇らしいことだから。
秘める日本とオープンにするアメリカ。ハリウッド映画にロマンティックコメディが多いのは、まわりの人間も巻き込んで恋愛を分かち合う文化があるからではと思う。
想いを相手に知ってもらいたい、欲を言えば、相手も自分のことを同じように想っていて欲しい。告白の動機は万国共通だが、両想いの場合も、ごめんなさいの場合も、まずは想いを寄せてくれた相手に「Thank you」と伝えるところにアメリカらしいシェアの精神を感じた。
「私の好きな私のことを、あなたも好きになってくれてありがとう」
そう素直に喜び、おつきあいはできなくても、自分を認めてくれる大事な友人として受け入れる大らかさが、17歳のわたしには眩しかった。
高校生といえば恋バナというのは、日本もアメリカも同じで、友人たちは日本の恋愛事情に興味津々だった。早熟な彼女らをエキサイトさせるほどの恋愛経験は残念ながら持ち合わせてなかったけれど、「日本語でLOVEは何て言うの?」と聞かれて、「愛」という言葉を教えたときは、アイの響きが一人称の「I」に似ているのを面白がり、「愛とは、ワタシってことね!」と興奮された。
愛することは、ワタシそのもの。
ワタシの響きから連想して、「愛は渡し」という字面が英語漬けになっていた頭に浮かんだ。好きになると、つながりたくなる。気持ちを受け渡したくなる。
ついでに「日本語のABCはアイから始まる」と教えたら、「アルファベットがLOVEから始まるなんてステキ! シャイに見える日本人は、実はロマンティストなのね」とこれまた感激された。
ひらがなって、つくづく不思議だ。五十音の並びが「あい」から始まるのは偶然なのだろうか。そして、「うえ(飢え)」と続いた後に男と女の「お」が来るのを見ると、愛を秘める日本人は、実は、愛を求めてやまない男女なのではと思えてくる。その本性を小学一年生から目にする五十音表に巧妙に隠しているのだ。
留学時代は遠い昔となり、バレンタインデーに一喜一憂する楽しみは卒業してしまった。けれど、毎年その日が近づいて街が浮き足立ってくると、わたし自身に起きたささやかなドラマを思い返し、甘酸っぱい懐かしさを覚える。
そう、映画『バレンタインデー』が語るように、それは誰もがラブストーリーの主人公になれる一日だ。
わたしにとっては、バレンタインデーといえば花よりチョコだが、携帯電話なんかなかった頃は、チョコレートを渡す相手を待ち受けるのもひと苦労だった。甘い結果に終わったことも、苦い結果に終わったことも、過ぎた時間が愛おしい思い出に変えてくれた。そのときめきのひとつひとつがあって、今の自分がある。
愛とは、つくづく、ワタシってこと。
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