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時が運んでくれる再会─さすらい駅わすれもの室「指輪の春」

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春は「思い出しもの」の季節

葉がすべて落ち、枯れてしまったかと思った桃の木が蕾をつけ、次々と花開いた。

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なんだ、眠っていただけだったんだ。

ベランダの隅に置いたザルの中では、チューリップの球根からニョキニョキと芽が出ていた。昨年の春、イベント会場を彩るはずだったのが行き場をなくしたチューリップを富山から迎えた。花が終わった球根を土から掘り出し、暖かくなったら植えようと思いつつ忘れてしまっていたが、球根のほうは芽吹くときを覚えていた。

東京での2度目の春も咲く気まんまんでいてくれたのがうれしい。

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不意に記憶の底からわすれものが浮かび上がるのも春。「わすれもの」が「思い出しもの」になる季節だ。

あの人はどうしているだろうと何年も会っていない人の顔が思い浮かんで最後に交わしたメールを掘り起こしたり、あの服どこにしまったっけと引き出しを探ったり。

冬の寒さが和らいで、縮こまっていた体がほぐれ、気の巡りが良くなっているせいもあるだろうけれど、わすれもののほうからも思い出すきっかけになるサインが出ているのかもしれない。裸の枝に咲く桃の花や茶色い球根から顔を出すチューリップの芽のように。

「わすれもの室」に「春」がタイトルに入った作品があり、球根が登場する。「指輪の春」。探していた指輪がわすれもの室にはなく、春になって土を割って顔を出した球根の芽とともに持ち上げられて咲くお話。

今井雅子作 さすらい駅わすれもの室「指輪の春」

さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。

傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。

だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。

駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

春になると思い出すのは、結婚指輪を探しに来た夫人のことです。

夫人がはじめてわすれもの室を訪ねて来たのは、冬のことでした。長患いのすえに、秋に亡くなったご主人は、いつの間にか落としてしまった指輪のことを気にかけていたと言います。
いつもこの駅から病院へ通っていたので、もしかしたらと期待を寄せて探しに訪れたのでした。

指輪はわすれもの室の常連です。どうして持ち主が現れないのか首を傾げてしまう高価なものからプラスティックのおもちゃまで、ありとあらゆる値段や色や形の指輪がそろっています。
これだけの品揃えがあれば、夫人が探している指輪も見つかりそうです。

ところが、一時間かけてひとつひとつを調べた夫人は首を振り続け、とうとう最後のひとつにも首を振りました。亡くなったご主人がはめていた結婚指輪は届いていませんでした。

それから数か月経った春のこと。

「ありました!」と声をはずませて、夫人が再びわすれもの室を訪れました。

「どこにありましたか!」

わたしは思わず身を乗り出し、夫人の手の中をのぞきこみました。

「咲いたんです」
「咲いた?」

わたしは思わず聞き返しました。

「これです」

夫人が差し出した写真には、白い花が咲いていました。

「主人が植えた球根から芽が出て、指輪も出てきたんです」

自分がいなくなった後、夫人が淋しくならないようにと、ご主人は夫人の好きな花の球根を庭に植えたのでした。その作業の最中に、病気でやせ細った指から指輪が抜け落ち、土の中にもぐってしまったようです。

おそらく球根の上にのっかっていた指輪は、球根の芽が大地を割ったとき、一緒に持ち上げられ、地面から顔を出したのでしょう。

時間は、わすれものの敵です。わすれものが見つからないと、やきもきさせられますし、時間が経つほど、わすれものはあきらめられ、わすれられていきます。けれど、時間がかかったからこそ、わすれものを輝かせてくれることもあるのでした。

「あの人、昔から私を驚かせるのが大好きだったんです」

そう微笑む夫人の顔にも、花が咲いたようでした。

リアル「わすれもの室」なわすれもの

思いもよらないところから思いもよらない形でわすれものが見つかることがある。天のいたずらのような再会を時が運んでくれる。

タイトルは当初つけた「指輪の春」から「指輪の花」に変えたが、音due.(おんでゅ)の朗読ライブでは「指輪の春」と紹介され、結局そのタイトルに落ち着いた。

去年の暮れ、「亡き妻の指輪、タマネギ畑に」という記事が話題になった。妻が生前失くした指輪が、亡くなって時間が経ってから土を割って現れる。「指輪の春」をなぞるような実話に、「わすれもの室みたい!」と音due.のメンバーと驚きあった。

さらに今年の春、大きく手を振って歩いているような「元気な人参」の写真がSNSをにぎわせたのにつられて、こんな人参もありますよと紹介されていたのが、「13年前に紛失した結婚指輪、なんとニンジンにはまった姿で見つかる」という記事。2017年カナダでの出来事。

土の中からわすれものを届けてくれるのは、花とは限らない。タイトルを「花」ではなく「春」にして良かった。

安房直子さんの「花の家」

2021年3月17日(水)の「世界にたったひとつの帽子」に続いて、3/18(木)、秋元紀子さんのclubhouseの部屋で「指輪の春」を読んでいただいた。

その日の朝、秋元さんは読む予定だった作品のひとつを安房(あわ)直子さんの「花の家」に変えた。「指輪の春」を読んで思い出した作品ということだった。安房直子さんの作品を読み広めて25年の秋元さん。活字からではなく秋元さんの一人語りで出会った作品も多い。

「指輪の春」に続けて読まれた「花の家」は、こんなお話。

大きな屋敷に住む身寄りのないおじいさんと、身の回りの世話をする少女。たくさんの黄金を埋めたと言い残しておじいさんは亡くなるが、黄金を受け取ることなく少女は屋敷を出され、間もなく屋敷は取り壊され、新しい建物の工事が始まる。ある日少女は「助けて」というたくさんの声を聞く。その声は、おじいさんが住んでいた屋敷のほうから聞こえた。助けを求めていたのは、土がコンクリートに固められてしまうと地面から顔を出せなくなる水仙の球根たちだった。黄色い花を咲かせるその球根こそ、おじいさんの埋めた黄金だった。

故人の植えた球根が遺された人を驚かせ、笑顔を咲かせる。世の中にあまたある物語に住所があるとしたら、「指輪の春」と「花の家」は、かなりご近所さんではないだろうか。

「花の家」を読む前に、秋元さんに「指輪の春」の花の色を聞かれた。作品の中では指定していないが、わたしが咄嗟に答えたのは「白」だった。

でも、これからは黄色い花を思い浮かべるかもしれない。もしかしたら、白と黄色が混じっているかもしれない。

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秋元さんとclubhouseで再会した日、わたしがinstagramに上げているベランダ庭の話になった。「わすれもの室」から思い出された作品のタイトルが「花の家」なんて、できすぎている。

clubhouse朗読をreplayで

2022.2.10kanaさん

2022.5.27 わくにさん(「もう片方の靴」に続けて)

2022.8.24 酒井孝祥さん

2023.3.13  宮村麻未さん

2023.4.8 ひろさん





目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。