唯一無二になりたい─二番手の男が見た膝枕
このnoteで公開している作品は、2021年5月31日から朗読と二次創作のリレー(通称「膝枕リレー」)が続いている短編小説「膝枕」の派生作品です。
「脚本家が見た膝枕」のアンサー
外伝「脚本家が見た膝枕」を公開して間もなく、役者側の話も書こうと思いついた。代わりはいくらでもいて、どんどん下から追い上げられ、生き残るのが大変な世界。脚本家の場合は、書けば書くほど技術と人脈は築かれるので、時間が味方になってくれることも多いが、役者の場合、容姿や若さ頼みだと、時間が敵になってしまう。
「脚本家」を2021年7月13日に公開した3週間後の2021年8月3日、「二番手の男が見た膝枕」を下書きに放り込んだ。続けて出すつもりだったが、2年近く寝かせてしまっていた。先日clubhouseで蔵出し(と言うより虫干し)部屋をやったときに掘り出した。風に当てた下書きに加筆して、ようやく読んでもらえる形にした。
膝枕リレーknee(2)周年記念、蔵出し第7作として公開。「脚本家」とあわせてどうぞ。
今井雅子作「膝枕」外伝 「二番手の男が見た膝枕」
男は壁にぶち当たっていた。
若手俳優の登竜門と言われるヒーローものテレビドラマの主役でデビューしたときのキャッチフレーズは「顔面偏差値75」。顔の良さが売りだった。
強い顔面の敵は時間だ。デビューから10年。顔面偏差値が年々目減りし、資産価値は減価償却され、顔の他に売るものがない男は最前線で戦えるレベルから脱落してしまった。
かつて男がいた主役のポジションは、より見目麗しく、より若々しく、より人気のある俳優に取られ、その主役を引き立てるような役回りが男に舞い込むようになった。
いわゆる「二番手」の役だ。回ってくる仕事のランクが今の彼の市場価値の査定結果だった。あんなヤツより下なのか、あいつに抜かされたのかと現実を突きつけられた。
最初はあがいた。
まだ行ける。抜かれたくない。負けたくない。あいつより下の役は受けられない……。
すると、二番手の仕事まで来なくなった。
男は、やがて、あらがうことをやめた。二番手でも仕事があるだけありがたいと思うようになり、いつしか二番手に甘んじるようになった。
そんな二番手の男に、久しぶりに主役のオファーがあった。「膝枕」という短編小説の映画化作品だ。
独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定もない男の元に、ある休日の朝、女の腰から下をかたどった通販商品の膝枕が届く。何も言わず、男の頭を受け止めてくれる白くやわらかな膝が男に安らぎと自信を与え、男にモテ期が到来する。生身の女の膝と作りものの膝に二股をかけた男は、生身の女を選ぶ。だが、男が購入した商品は「箱入り娘」膝枕で、購入者の裏切りに遭うと不具合が起こる設定になっていた。膝枕された格好のまま頬の皮膚が溶けて膝枕商品と一体化し、男が「こぶとりじいさん」状態になったところで話は終わる。
マネージャーが話を持ってきたときは、気乗りしなかった。主役とはいえ超がつく低予算のマイナー作品。ヒットするとは到底思えない。ミニシアターでせいぜい数十館、下手したらレイトショーのみだろう。実績になるとは思えない。
話も暗いし、役にも感情移入できない。作りものの膝枕に溺れるなんて、変態ではないか。新しいファンは獲得できず、古くからのファンは離れていきそうだ。
だが、他に決まっているキャストを聞いて、気が変わった。カメオ出演のポジションに、一番手の俳優の名前があったのだ。
こいつにオファーして断られたから俺に回って来たってわけか。
他に何人が断ったかわからないが、一番手の男のおこぼれなら悪くない。だったら、最初から俺にオファーしておけば良かったと思わせてやろうじゃないかと二番手の男は奮い立った。
早速、役作りに励んだ。プロデューサーに頼んで箱入り娘膝枕を手配してもらい、合宿を始めた。主人公の男のように、箱入り娘に溺れる生活をしてみようと考えたのだ。
元々真面目な性分なのである。そこまで自分を追い込まないと役が体に入らないという信念がある。真面目を通り越して、融通がきかない、不器用ともいえる。だから、「あいつは使いにくい」などと言われる。仕事の声がかからなくなったのは、容姿の衰えだけが理由ではなさそうだ。
だが、箱入り娘との合宿を始めると、理屈はすべて消し飛んだ。
役作りをしようと意気込まなくても、体がすんなり「役」になった。膝枕に頭を預けた途端、その沈み心地に溺れた。
この膝があればもう何もいらない。主人公の気持ちを一瞬でつかんだのである。
相手役のヒサコを演じる女優が「セリフの稽古をしたい」と言ってきた。二番手の男がデビューしたヒーロー番組で相手役だった女だ。当時は男が言い寄ってもなびかず、二人で飲みに行こうと誘っても振られた。「顔面の偏差値だけは高い」と陰口を叩いていたと人づてに聞いた。学歴は古びないが、顔面は衰える。計算高い彼女は、男に将来性を感じなかったのだろう。
だが、十年経って、向こうから寄って来た。あちらも経年劣化し、二番手の女になったのだ。
本人も資産価値が下がった自覚はあるのだろう。今ならお似合いというわけだ。
色っぽい視線を投げかけてきたヒサコ役の女優に、二番手の男は膝枕をせがんだ。
女優はその先を期待しているようだったが、男は膝枕にしか興味がなかった。
「徹底的に役作りしてるのね」と女優は呆れた。
十年前はあんなに手に入れたかったものが、鍵を開けて目の前に広げられているのに、まるでそそられない。
「悪いけど、帰ってくれないか。セリフを入れたいんだ」と二番手の男が言うと、
「つきあうわ」と女優は形のいい唇を突き出した。
「違う。君とは一目惚れの設定だから、新鮮な気持ちで現場で会いたいんだ」
「久しぶりの主役だから爪痕を残したいんだ」と涙目で訴えると、
「そうね。お互い」と女優も涙目になった。
デビューしたときはお互い、顔だけが取り柄だと言われていたが、業界の隅で細々と経験を積み、それなりに芝居がカタチになっていた。
女優を追い返すと、二番手の男は箱入り娘の膝に飛び込んだ。
撮影初日。目を覚ました男は異変に気づいた。頭がとてつもなく重い。横になったまま起き上がれない。それもそのはず、男の頬は箱入り娘の膝枕に沈み込んだまま一体化していた。
迎えに来たマネージャーが「何やってるんですか!」と金切り声を上げた。
「何って? 役作りだよ」
二番手の男は横になったまま、くぐもった声で答えた。
「起きてください! 撮影始まりますよ!」
マネージャーは箱入り娘から二番手の男を引き剥がそうとするが、皮膚が溶けてくっついているらしく、どうやったって離れない。
「これじゃあまるでこぶとりじいさんじゃないですか」
マネージャーが半泣きになる。
「なんでこんなことになってるんですか?」
「だから、役作りだって言ってるだろ?」
「最初から膝枕がくっついてたら、あの役できないじゃないですか! どうするんですか!」
「CGで消せばいい」
「何言ってるんですか! 超低予算映画ですよ!」
超低予算映画だったが、ありがたく引き受けた。でも、それは昨日までの話だ。
「いいよ、あんなマイナー作品。これからいくらでもオファーは来るよ」
二番手の男の口に笑みがのぼる。役作りのために体重を増やしたり減らしたり髪を抜いたり歯を抜いたりする役者はいるが、膝枕と溶け合ったのは俺くらいなものだろう。ハリウッド進出もあるかもしれない。膝枕とともに国際映画祭のレッドカーぺットを歩き、フラッシュを浴びる自分の姿が思い浮かぶ。
マネージャーの返事がないと思ったら、いつの間にか、いなくなっていた。
大手事務所を追い出された男を引き受け、あいつにもう一度チャンスをくださいと方々へ頭を下げて回ってくれた、個人事務所の社長兼マネージャー。あの人に拾われなかったら、二番手からもずり落ち、もっと早く、この業界から消えていただろう。
バカだな社長。カンヌに連れて行ってやったのに。
二番手の男に不安はなかった。これからは「膝枕のついた一番手」の男になるのだ。
clubhouse朗読をreplayで
2023.6.1 小羽勝也さん
2023.6.2 鈴蘭さん(「脚本家が見た膝枕」と続けて)
2023.7.8 こもにゃん
2023.8.29 鈴蘭さん
2023.9.3 ひろさん(本文も)
2024.1.30 いとやんさんデビュー(膝番号164)
2024.3.18 鈴蘭さん
目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。