贖罪の聖堂

やがて、赤字が顕在化してくると
経済的に恵まれた人々から寄付を募るのではなく、貧しい人々が生活を犠牲にしてまで神に救いを求め、聖家族に捧げた聖堂建立のために献金するシステムが考案されました。

キリスト教での贖罪とは「人々の罪をあがない、
人類を救うためイエス・キリストが十字架にかかったとする教義。転じて、何らかの犠牲を通して罪などを償うこと。」を意味します。

「サグラダ・ファミリア聖堂は贖罪の聖堂である。このことは、この聖堂が犠牲によって培われなければならないことを意味する。犠牲によって養われることができないならば、聖堂は脆弱な作品になるであろうし、完成もしないであろう。」

やがて、ガウディは他の仕事を一切断り、身も心もすべて捧げてサグラダ・ファミリア聖堂に専念するようになっていきます。個別訪問で寄付を募ったり、自己犠牲の精神から断食を実行したり
します。ただし、これまでも名前は明らかにされていないながらも、高額の寄付を申し出た資産家も稀にいたようで、それを基にした備蓄預金が
作られました。スペイン内戦で建築が中断された
後に、この備蓄預金があったおかげで建築工事が再開できたのです。

そのような中、ガウディは独自の放物線や平曲面を取り入れた様式を編み出していきます。ガウディは「ガウディ派」を形成する後継者を作りませんでした。しかし、ガウディ派と呼びうる建築が現在の世界には広く認められています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?