パリで勢いのままにゲリラ撮影をした話。
こんにちは。上田です。映像ディレクターという仕事をしています。
今回はラッパー・maco maretsの新曲MVを撮影した話をしようと思います。
今まで作った映像の中で一番グッときた撮影だったので書きたくなってしまいました。
その映像はこちらです。
コトの始まり
このとき、僕は別の撮影でパリに行っていたわけなのですが、
ちょうど、この中から何かMVにしたいとmaco maretsくんから新アルバムの音源たちが送られてきていました。
色々聴いてみてどれも最高に好みな曲ばっかりだったわけですが、その中でもこの曲「D.O.L.O.R.」はビビっとくるものがありました。しかもこの曲、パリの作家サガンの「悲しみよこんにちは」からインスパイアされた曲だというではありませんか。
ならばもうパリにいるうちにやるしかないということで、クライアントにも相談して、CM撮影の全てが終わった最終日の後にMVを撮ることにしました。
*当然MV撮影は予算すくないので、僕はクライアントに照明技師をさせるという暴挙に出ます。素晴らしいチームでした。
ぼくの悩み、そしてこの演出にいたるまで
映像を仕事にさせていただいてから4年が経ったわけなのですが、ここ1年くらいずっとこんな悩みがありました。
小手先な演出はもうだめだ、もっと骨太な演出をしたい。編集に頼らずただ企画と演出だけで心を動かす映像を作りたい。そうなればきっと道は開けるはず。
そんな気持ちから、好き勝手できるアウトプット先を猛烈に探していました。
今回の話があったとき、自主制作であったので、ならばもう1カットで編集もなし、ノーライトでゲリラ撮影で、環境も読めない中撮ってしまおうと。そこにあるのはただ企画とコンセプトだけ。それでも成立させられたらブレイクスルーになりそうだ。そう思ったわけです。
作品のメッセージ性を考える
maco maretsくんとメッセージについてやりとりしながら、この曲のテーマである「DOLOR=悲しみ、嘆き」について、真剣に考えました。
悲しみや後悔と向き合う時の辛さ、やるせなさ、それは人間が持つ普遍的な悩みです。
そんなに重い悩みなんてないよ!と思う人も、夜になるとたまに漠然とした不安に襲われて困ることってありますよね。それくらいなら誰だってあると思います。
私はこの曲から、「悩み」から逃げてしまうことも、泥くさく向き合うこともまた人間らしさであり、そのむき出しの姿勢こそ美しい、というポジディブなメッセージを感じました。
そしてこの演出のベースになる、視聴者に伝えたいことを考えたのです。
主人公は、孤独にもがき苦しみながらその思いを昇華してはまた悩み、何度も苦しみのループを繰り返してその果てしなさに疲れ果てて倒れてしまう一人の人間。
人には言えずに、孤独に苦しんでしまう。これはきっとあなたも経験があるはず。けれども、悩み苦しんでいる時、街を見渡してみてください。その街明かりから他者の存在を感じて、きっとこの街明かりの中にいる人たちもおなじ風に悩んでいている、と考えてみてください。そうするとなんだか元気が出てきます。そして内面と向かい合う主人公の様は人間らしく美しく感じるはずです。
あんまり日本語になっていませんが、こんなことを下書きしていました。とにかく肯定的な終わり方にしたかったのです。夜にこのビデオを見て、元気を出してもらいたい、そう思いました。
これを踏まえて、
映像の始まりは、寝室もしくはアパートの玄関、(そして家から抜け出す)
映像の終わりは、街の光がかがやく場所にしたいと考えました。
撮影は二日後、ダンサーを探す!
ぼくがこの撮影において重要視していたのは、普遍的なテーマであるがゆえに、ダンサーを匿名な存在にすることでした。誰にも当てはまる悩みなので、あくまでダンサーは主人公であり黒子なのです。
①アジア&欧米のハーフなど、出身がわからないグローバルさを持っている
②黒い服を着てダンスしてもOK(夜なのでダンサーが目立たない)
③黒い服に負けないほどダンスの表現力がとても高い。
時間がないのに生意気に条件をつけましたが、編集がない以上ここはとても重要です。
パリのダンサー友達なんているはずもないので、パリで知り合った撮影クルーに「良いダンサーいる?」とバカなふりをして聞きました。
超絶仕事できるボーイだったので、知り合いづて見つけてきてくれたのですが、その間なんと10分。ヤバイ、死ぬまで一緒に仕事したい。
ダンサーのMariaから送られてきたメールでスタジオで踊っている映像を見せてもらい、経歴はわからないし画質も悪いけどそのダンス力に圧倒されて即オファーをしました。条件もバッチリハマっていました。
後から知りましたが、MariaはライオンキングやDior、L'ORÉAL PARISなどのフィルムでヨーロッパで活躍している振付師・ダンサーでした。
プランに共感してくれたためギャラを無視して出演してくれることになり、ぼくはMariaとさらなるメッセージ性の解釈に挑みます。
いざロケハン!
ロケハンがてらパリの街を歩くこと2時間、取っていたAirbnbの近くに理想的なスポットを見つけました。
このときMariaはロンドンで仕事をしていて、今回の撮影のためにパリにきてくれることになりました。なので打ち合わせはメッセージアプリWhats upでのやりとりです。
テキストでのやり取りは伝わりづらいので、ロケハンでテスト撮影をしてその映像を送ることにしました。
ダンサーは、自分です。伝わりやすくするために一応踊りました。
一流のプロにヤバイダンス動画を送りつける自分。
この動画に対しMariaは、
great dancing :)
ここで、Mariaがとても寛大な人物であることがわかりました。それだけでも送った価値がありました。
最初のトラブル
センター試験の勉強でロジカルシンキングを鍛えたおかげで、返事はなんとかできます。衣装などを決め、順調に進んでいました。
ただ、ここで問題が。
マリアが日程を間違えてパリに来てしまったのです。
メールで日程を伝えていたけど、どうやら仲介してくれた女の子が違う日付を伝えてしまった様子。しかもこのためにわざわざロンドンから来たのに。
Oh...no...ということしかできない自分。
外国の撮影は日本と違ってルールに厳格ですし気難しいです、
加えて、本人と会ったこともないしとりあえず仲良くなって解決しようと思い、飲むことにしました。
クルーは全員同じAirbnbになかよく泊まっていたので、とりあえずみんな家で飲もう!と誘い、そのままホームパーティみたいな良い流れに。
一緒にお酒を飲みながら、MVのコンセプトについて説明しました。「悲しみ」という概念と自分が伝えたいことを、だんだんと理解してくれて結果的にスムーズな打ち合わせになりました。
身振り手振りも使えるので、テキストベースでのやり取りの100倍早かったです。
パリでも日本でも飲みニケーションなのかもしれません。
撮影当日、第二のトラブル
9月16日の夜、仕事で来ていた撮影もパーフェクトに終わり、Mariaも含めみんながAirbnbに集まりました。
機材をタクシーに詰め込み、撮影現場に行ってみると、なんと昨日は入れた場所に鉄格子がかけてありました。ゲリラでありノリのままに決めた撮影だったので、当然管理者と連絡を取っているわけではありません。
ちなみにフランスは三脚を使わない少人数ゲリラであれば街での撮影はOKです。
無理やり入ることもできたのですが、ここら辺の港一帯はドラッグの取引現場らしく(突然のVICE感)、あんまり無理やり撮影するのは危険な香りがプンプンしてました。なんか怪しい人もちらほら出てきていました。
ヤバイ。
Mariaも相当いいひとで、普通こうなったら段取りの悪さに怒るダンサーもいそうですが、チームになって一緒に撮れそうな場所を探してくれました。
アパートのエレベーターから降りて、外に出る案は最初からあったので(アパートはAirbnbで借りました)、それを活かす方法で、アパート付近の光が良いところを探していると、横断歩道を渡った先に、広めの道がありました。
そして、その道を降りた先の川に、街の光がよく見える、でも退廃的で寂れている今回の映像の締めにふさわしい場所を見つけたのです。
ここでやろう!!
そう決めたこの時すでに24時、5時には日が昇ってしまうので、残り4時間しかありません。3時間ほどロスしてしまいました。でも結果的に最高の場所を見つけることができたので良しとします。
いざ撮影
ラストの光の入り方が非常に重要だったため、RED Cameraにアナモレンズ、フィルター、そしてバランスを取るためのたくさんのウェイトを乗せ、MoVIにマウントするという大変重量級なセットを組みました。
試しに持ってみるとあまりの重さに僕は30秒持つのが限界でしたが、カメラマンの木村くんは身も心もムキムキなのでこれでやりきりました。彼は気合の入り方が違います。
ありのままにダンスを取っていくので、撮影自体はシンプルです。
Mariaが踊りながら細かい構成を決め、それを元にカメラワークを作っていきました。
そしてテイクを重ねること10回、なんとか理想的な構成にたどり着き、本編のOKテイクを撮ることができたのです。大喜びです。
撮影は長時間に及んだためライトのバッテリーが切れてしまったり、いろいろ細かいトラブルはありましたが、クルーの大喜利力の高さで臨機応変に乗り切りました。
そして撮影がおわり...
Mariaのダンスは完璧でした。
Mariaはメッセージを理解しダンスに落とし込んでくれたので、僕としてはこのMVは他者に向けたメッセージのつもりでしたが、撮影中モニターを見ながら自分の内向的な悩みや葛藤が勇気付けられた気持ちになってウルっとしてしまったのです。ダンスってすごいね。
そして、撮影が終わった後、何やら初めての感覚がやってきました。撮影前よりワクワクして動悸が止まりません。とてもいい作品になる気がしてきました。
そして、ヒップホップはやっぱり良いなと思いました。言いたいコトバをたくさん詰められる。トラックがシンプルだからリリックが頭に入ってくる。ポップスとか展開が多い曲はどうしても編集多めにしたくなってしまうけど、シンプル故に演出で攻めることができる。
言いたいこと強くがあるアーティストは予算がなくてもやりたいなと改めて思いました。
さいごに
パリは本当に自由な街でした。
お祭りとかハレの日って人を簡単に許せるくらい心がおおらかになっちゃうと思うんですが、パリはいつもそんな感じ。
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もしきみが幸運にも 青年時代にパリに住んだとすれば きみが残りの人生をどこで過ごそうとも それはきみについてまわる なぜならパリは 移動祝祭日だからだ ――アーネスト・ヘミングウェイ著
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これはヘミングウェイの言葉ですが、パリには世界の全てがあったそうです。
対岸に映るパリの光の持つ”希望”と、座り込む主人公、一見相反するように見えますが、その街明かりに照らされる主人公の様の美しさに何かを感じていただければ幸いです。
そして、
プロデューサーながらライティングもこなしくれたチェリーさん、照明もやったり居座るホームレスとも交渉してくれたぶんじろうくん、ナイスキャスティングをしてくれたりょうたくん、普段はディレクターなのにフォーカスをやってくれたマーシーさん、そしてキム。自分の領域外のところまで勝手に動いていただきありがとうございます。またいい作品を作りましょう。
Thank You!
Dancer / Maria Mc Clurg
Cinematographer / Kohta Kimura
1st AC / Masashi Koike
Lighting /Cherrie・Bunjiro Hasegawa
Casting / Ryota Yaoi