AI時代のコンテンツ制作とブランディング:二極化する未来で生き残るために

ChatGPTやその他の生成AIの登場によって、誰でも一定レベルのコンテンツを簡単に作れる時代がやってきました。AIに適切なプロンプトを与えれば、整った文章やデザイン、さらには音楽までも自動生成されます。これほど劇的な技術革新は、私たちのビジネスやブランディング活動にどのような影響を与えるのでしょうか。
この記事では、AI時代におけるコンテンツとブランドの「二極化」に注目し、これからのビジネスをどう舵取りすべきかを考察します。さらに、「トレンドをひたすら追わないといけない」「クリエイティブは才能がすべて」という先入観に対して、新しい視点を提示していきます。

コンテンツ制作の民主化がもたらす二極化

かつて、質の高いコンテンツを作るには専門的なスキルや高価な機材、膨大な時間が必要でした。しかし、AIの進化によってそのハードルは飛躍的に下がっています。たとえば、ブログ記事ならテーマや要点を入力するだけで、AIが読みやすい文章を生成してくれる。プレゼン資料では、簡単な箇条書きの内容を入力すれば、自動で体裁の整ったスライドが完成する。こうした“コンテンツ制作の民主化”は、動画やグラフィック、音楽などあらゆる分野に広がりつつあります。

(Suno:プロンプトを入力するだけで自分好みの曲が歌詞付きで作成できる)

その結果、コンテンツは「コモディティ化」と「オンリーワン化」の二極化をさらに加速させていきます。とりあえず一定のクオリティが確保されたコンテンツが手軽に量産できる一方で、人間ならではのオリジナリティや物語性を突き詰めるブランドは、ますます際立っていくのです。

コモディティ化する「普通のコンテンツ」

AIが一定水準のクオリティを瞬時に生み出せるようになると、「普通に良い」コンテンツは急速にコモディティ化していきます。企業のブログ記事やSNS投稿、パンフレット、動画、楽曲、イラスト、小説などAI支援で誰もが作れるものが市場に溢れれば、そこでは大きな差がつきにくい。いわゆる“安い・早い・うまい”というスペック競争に巻き込まれ、利幅が薄い争いになりやすいのです。
マーケティング理論でいう「差別化戦略」や「集中戦略」が機能しにくい状況では、薄利多売や大量生産に頼る“コストリーダーシップ戦略”に偏りがちになります。多くのプレイヤーが同質化しやすい領域で競合が増えると、価格も下がりやすく、ブランドの存在感を高めるのが難しくなるのが現実です。

際立つ「シンプルで強いメッセージ」

一方で、情報があふれる時代だからこそ、本質的で力強いメッセージがより目立つようになります。浅野忠信が2024年のゴールデングローブ賞で助演男優賞を受賞した際、4文だけのシンプルなスピーチで世界中のメディアから賞賛されたことは記憶に新しいでしょう。あふれかえる情報や長大な受賞コメントを差し置いて、ひたすらに率直で真摯な言葉こそが注目を集めたのです。

浅野は名前を呼ばれた瞬間、「信じられない」といった表情を見せ、その驚きと感動が入り混じったままステージへ上がった。
ゴールデングローブ像を授与されての第一声は「ワオ!」。続いて、「たぶん皆さんは私のことを知らないと思いますが、私は日本の俳優で、浅野忠信と申します」と自己紹介した。
このシンプルなひとことに、ハリウッドの俳優やプロデューサーたちで埋まった会場からは拍手喝采が沸き起こった。
さらに浅野は、日本でいま撮影中であり、すぐに東京へ戻らなければならないと短く説明した後、もう一度、グローブ像を両手で強く握りしめ、「これは私にとって本当に大きなプレゼントです。皆さん、ありがとう。アイム・ベリー・ハッピー! サンキュー!」と締めくくった。
このわずか40秒ほどのスピーチを、米紙「ニューヨーク・タイムズ」は「最も偽りのないスピーチ」だったと報じている。
ノミネートされた俳優たちの多くは今回が初めてではないが、浅野にとっては初ノミネートでの受賞であり、その心からの喜びが間違いなく伝わってきたと、同紙は紹介している。

クーリエ・ジャポン
浅野忠信のゴールデングローブ受賞スピーチを、米メディアはこう絶賛した

これはブランドメッセージにも当てはまります。AIによって汎用的な情報やコンテンツが量産される今、あえて装飾をそぎ落とし、“ブランドの中核”を明快に打ち出すシンプルさこそが、人々の心に深く刻まれやすいのです。

AIの時代に求められる「オンリーワンの価値」

では、コモディティ化を脱却し、オンリーワンの存在として輝くにはどうすればよいのでしょうか。基本となるのは以下の三点です。

本質的な価値の明確化
自社や自社製品が、顧客にとってどんな本質的価値を提供するのか。それを一言で語れるほどクリアに定義できることが強力な差別化の基盤になります。

ストーリーとの結びつき
商品やサービスの背景、開発に込められた想い、顧客の体験がどのように交わるのかといった物語性を丁寧に伝えることで、AIでは補いにくい“人間らしさ”や“共感”が生まれます。長年ブランディングで成功してきた企業は、往々にして揺るぎない物語軸を持っています。

コミュニティとの共創
D2CブランドがSNSを活用し、ユーザーからのフィードバックを製品開発に活かすように、顧客とブランドが同じ方向を向いて価値を共創する場を持てるかどうかが、オンリーワンの鍵を握ります。双方向でつながり合うことで、ブランドのファンはただの消費者以上の存在になります。

「才能がすべて」という誤解と、AIによる“企画力・編集力”の重要性

しかし、オンリーワンの価値を生み出すうえで重要なのは、生まれ持った才能だけではありません。むしろAIによってコンテンツ制作が効率化される今、“どのような狙いで企画し、どのように仕上げるか”という“企画力”や“編集力”がますます重視されます。AIは膨大な素材やアイデアを瞬時に提示できますが、それを組み合わせて“唯一無二”の形に作り上げるのは人間の役割だからです。
たとえば、AIが生成したデザイン案を見比べながら、ブランドの世界観に最も合うパターンを選び出すセンスや、必要に応じて微調整する能力が問われます。文章でも同様に、AIが作った下書きのままでは埋もれてしまうところを、どの部分を強調し、どのエピソードを削るかといった編集次第で大きく差がつきます。AI時代におけるクリエイティブとは、才能の有無以上に“どんな意図をもって何を作るか”を突き詰める力で決まるのです(AI時代以前からもそうだったと思いますが)。

「トレンドをひたすら追わなければならない」の思い込みを超える

AIが情報の洪水を生み出す中、どうしても「とにかくトレンドを逃さずキャッチし続けないと取り残されてしまうのでは」と焦る気持ちが生まれがちです。もちろん最新動向に敏感であることは必要ですが、むしろAI時代だからこそ、長期視点で“ぶれないコンセプト”を保ち、ブランドの軸をブレずに貫く姿勢が重要になります。

この話をするときに、私がいつも思い出すエピソードがあります。私が大学生のころ、待ち行列理論の授業で教授がアーランB式の説明をしてくれた事がありました。そこで教授はこのように言いました。

「流行りの理論はすぐに廃れる。しかし、根幹を成すプリミティブな概念や定理は、例えばこのアーランB式のようなものは時を経ても色褪せることなく残り続ける」

アーランB式とは、電話交換網で「利用可能なチャネルがすべて使用中だった場合に新規の呼び出しがブロックされる確率(呼損率)」を計算する式で今でいうクラウドやサーバー容量を想定したシステム設計にも応用できる、かなり本質的な原理です。もともと通信や待ち行列の考え方は、社会が変化しても根本的には「流量(トラフィック)」「利用可能資源」「確率的に変動する需要」という構造に基づくため、根幹となる理論は非常に普遍性が高いです。アーランB式もその一角であり、最新のITシステムでも基本部分は通用します。

ブランドにおいても同様の事が言えるのではないでしょうか。
デジタル技術の伸展やメディアの趨勢は時代とともに目まぐるしく変わりますが、顧客とブランドのつながりの核となる重要な部分は時代を問わず不変、いえむしろ際立ってきているのではと考えています。
たとえばパタゴニアは、「本当に必要なものを長く使う」というコンセプトを揺るがずに掲げ、そのメッセージを強く発信し続けています。修理サービスを充実させ、「買わなくてもいい」とまで言ってしまうほどブランド哲学を守り抜いた結果、多くの顧客がその姿勢に共感し、コミュニティを形成しています。

2011年11月25日にニューヨーク・タイムス紙に掲載されたパタゴニアの広告

目先のトレンドに流されるのではなく、変わらぬ価値観を大切にすることが、長期的なブランド力を支えるのです。

ブランドが示す差別化の好例

コミュニティを軸に据えた差別化の好例として、HYBEが展開するWeverseやナイキの独自プラットフォームが挙げられます。WeverseではLE SSERAFIMやTOMORROW X TOGETHERをはじめとするアーティストとファンが同じ空間で深く交流し、ファン同士のつながりも強固になります(私もアプリをダウンロードして利用しています)。ナイキも、トレーニングや健康管理のアプリを活用し、ユーザーが自らの成果を共有し合うコミュニティを育んでいます。こうした場は単なる情報発信の領域を超え、ユーザーがブランドの一部となって価値を共に作り上げる“共創空間”として機能しています。
一見、こうした取り組みは大規模な企業だけが可能に思われるかもしれませんが、小さなブランドや個人でも、SNSやオンラインコミュニティを活用すれば似たような試みは行えます。必要なのは特別な才能よりも、明確な目的意識と、人々を巻き込む企画・編集力です。

結論:二極化する未来で生き残るために

AIの進化によって、コンテンツとブランドはますます「コモディティ化」と「オンリーワン化」の二極へと振り分けられていくでしょう。誰もが“そこそこの質”を瞬時に作れるようになる反面、唯一無二の世界観を築くブランドは一層際立ち、強力なコミュニティを生むはずです。
「トレンドを追わないといけない」「クリエイティブは才能がすべて」という思い込みにとらわれるよりも、自分たちが本質的に提供できる価値を明確にし、そこに最適な企画力や編集力を注ぎ込むことが重要になります。浅野忠信の短いスピーチが世界を魅了したように、削ぎ落とされたメッセージや徹底したコンセプトは、情報過多の時代においてこそ最も強く響くのです。
AIでコンテンツ制作を省力化・大量生産するだけではなく、“人間にしか作れない価値”を際立たせること。それこそが、二極化が進む未来を突破し、ブランドを持続的に成長させる王道と言えるのではないでしょうか。

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