新連載『徳川六代 馬 将軍』連載第一回
序 イギリス人レミュエル・ガリヴァー、江戸城で将軍に謁見する
一七〇九年五月十二日、ラグナグ国のグラングエンスタルド港を出港したわたし(レミュエル・ガリヴァー)は十五日間の航海の末、日本の南東部に位置するザモスキという小さな漁港に到着しました。早速、代官が通訳を伴って来日の理由を訊きにきました。わたしが、ラグナグ国王が日本の将軍へ宛てた親書を見せましたところ、代官は即座に納得し、わたしを将軍のいる江戸まで送ってくれると約束してくれました。
移動は「駕籠」という乗り物が使われました。これは長さ約3フィートの竹でできた箱を前後に突き出た棒で吊り下げたもので、客は箱の中に乗り、二人ないし四人の人夫が棒の前後を肩に担いで人力で移動します。しかし、困ったことにこの箱は日本人のサイズに合わせて作られていました。日本人の背丈は(リリパットほどではないにしろ)低く、そのうえ胴長短足でありました。つまり、わたしたちが乗るには箱はあまりにも窮屈すぎたのです。とくに足は無理矢理折り曲げないと外にはみ出てしまいます。それでわたしは、足を外に出してもいいか、通訳を介して同行する手代に尋ねました。手代はしばらく考えた挙げ句、人の目のないところなら出しても構わないと言いました。どうして人がいるとだめなのかと訊きましたら、日本人にはそんな行儀の悪いことはする人はいない、だから駕籠から足が出ていたらびっくりする、もしかしたら、駕籠で死体を運んでいると勘違いされるかもしれない、と言われました。
乗り心地は思ったほど悪くはありませんでした。しかし、スピードは早くはありませんでした。1時間で5、6マイルというところでしょうか。
沿道でのんびり草を食む裸馬の群れを見かけたので、わたしは手代に尋ねてみました。日本には馬に人が乗る習慣はないのか、と。
すると手代はびっくりして、滅相なことは言わないでくれ、と真っ青な顔をして訴えました。何が滅相なものですか、わたしの国では馬は人が乗ったり、荷物を載せたり、また荷車を牽かせたりして使役するものです、と言いますと、日本でも以前はそうしていた、しかし、今はしてはいけない、「生類憐れみの令」という法律ができて御法度である。そんなことをして、もし見つかったら、ただではすまない。きびしいお咎めが待っている。それはけっして軽いものではない。遠島、死罪になった者もいるくらいだ。
わたしにはにわかに信じがたい話でありました。からかわれているのかとも思いましたが、相手の顔は真剣でとても嘘をついているようには見えませんでした。
そうこうするうちに、江戸に到着しました。わたしは江戸城の大広間に通されました。広い広い部屋にひとりきり、名前を呼ばれるまで畳の上で平伏すように言われました。時間が来て、家老がわたしの名を呼びました。イギリス船長、レミュエル・ガリヴァー。わたしは顔をあげました。上段におられる将軍を見て、わたしは一瞬目を疑いました。それは、馬、だったのです。着物を着た、馬。謁見はそれで終了しました。いったん別室に案内されて、二度目の謁見があるというので、もう一度広間に出向きました。さきほど将軍が馬に見えたのは緊張のあまり目が錯覚を起こしたのかもと思ったのですが、やはり将軍は馬にしか見えません。しかし、まわりに控える家老たちは皆、何食わぬ顔で平然としています。どうして将軍が馬なのか、訊きたいのはやまやまですが、わたしひとりが騒ぎ立てるのも失礼なので黙っておりましたら、将軍がお言葉を発されました。日本語ですから何とおっしゃってるかはわかりませんが、まぎれもない人間の言葉です。通訳がそれを翻訳しました。ラグナグ国王は元気であったか? ラグナグ国には交易で参ったのか? などなど。わたしはひとつひとつの質問に丁寧にお答えしました。これまでの航海で面白かった出来事はないか、と訊かれた時には、小人たちの住むリリパット国や巨人たちの住むブロブディンナグ国、さらにラピュータの空飛ぶ島のことをお話しました。将軍はわたしの話を興味深そうにお聞きになり、そしてこんな質問をされました。
フウイヌム国のことを知らぬか?
わたしは知りません、聞いたこともありませんと申しました。すると、将軍はがっかりした顔で、そうかと申され、ため息のつもりでしょう、ふーと鼻を鳴らされました。
気になって、わたしは訊きました。そのフウイヌム国とはどんな国なのでしょうか?
すると、将軍がおっしゃるには、わたしの故郷である。
それはどこにあるのですか?
わからぬから尋ねておるのだ。
しかし、あなたはそこから日本に来られたのですよね。ひょっとして、漂流されて――?
話せば長い話になる。しかし、おまえには話してもいい。わたしがどうして日本に来て、将軍になったのか。一日に少しずつでも話してきかせよう。
こうして、私は六代将軍・徳川綱捨またの名をミスター・イェドの数奇な人生、いや、馬生を聞き知るに至ったのでした。
(つづく)
次回は
「第一話 イェド、仲間たちとフウイヌムの国を出、ヤフーの国に到着する」
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