マイ・ライフ・アズ・ア・リビングデッド #16
昔、長崎の思案橋の近く、鍛冶屋町に「ノルウェーの森」という洒落たラウンジバーがあった。
オーナーの瀬尾さんは元々、万屋町で「アップル」というロック喫茶を経営していた。ジョン・レノンが死んだ時には、イエロー・サブマリンの形をした精霊船を出し、新聞に取り上げられたこともある。その後、若者向けの「アップル」は他人に任せ、もう少し大人向けの「ノルウェーの森」を開店した。
僕は「アップル」でバイトをしていた。長崎大水害の時、本当はローテーションで勤務するはずが、親友の原くんに代わってもらって映画館に『ポルターガイスト』と『キャットピープル』の二本立てを観に行った。そうしたら大水害で、映画館に閉じ込められ、雨がおさまってから、心配で「アップル」に様子を見に行ったら、店内しっちゃかめっちゃかで、ゾッとした。原くんとマスターは脱出を試みたが、激流の川と化したよろずや通りを流されて、近所の民家の二階から伸びた助けの手に救われた。原くんは五島育ちで泳げるから助かったが、泳げない僕なら溺れ死んでいただろう。
それから、3日間、交通網が遮断して陸の孤島と化した長崎市の中心部で、僕たちは「ノルウェーの森」に寝泊まりして、後片付けをした。
自主映画『浄められた夜』を作った時は、店でロケさせてもらい、瀬尾さんにもマスター役で出演してもらった。
瀬尾さんはビートルズ世代で、おそらく全共闘世代。
15年後、ミニコミ誌「ゴア」を出した時に、雑誌を店に置いてもらった。タダで置いてもらうのも悪いので、行くたびに酒を飲んでいた。マスターももらい酒で、繁盛してる時は良いが、客の入りが良くない時はくだをまいた。
ある夜、僕が「ミニコミで若者文化を取り上げ、長崎を盛り上げたい」と言ったら、マスターはこう反論した。
「ふん。夢だよ夢。できるわけない。長いものに巻かれろ、だ」
そこから売り言葉に買い言葉。僕は「もう来ません!」とミニコミ誌を抱えて店を出た。それからノルウェーの森には行っていない。
数年前、西日本新聞で瀬尾さんの記事を見つけた。あれから離婚して、店を畳んだと書かれてあった。瀬尾さんにはいま、夢がある。それは、生まれ故郷の五島でビートルズ世代が集うお店を作りたい、店の名前は「イエロー・サブマリン」……。
それが実現したのかどうかはわからない。瀬尾さんがどうなったのかも。
ある時、上五島在住の原くんと話していて瀬尾さんの話になった。なんと原くんの息子さんが瀬尾さんと会ったそうだ。息子さんが瀬尾さんを知っているはずはないから、瀬尾さんから話しかけたのだろう。
第二次大戦後、アメリカ軍は五島沖にイ号潜水艦24隻を沈めた。五島には海賊・倭寇の基地もある。いつか、東アジアがヘイト感情から一触即発の政治的危機に陥った時、全共闘世代の生き残りの老人と日・韓・中の若者たちが伊号潜水艦を改造したイエロー・サブマリン(ふだんは港近くの喫茶店に偽装してあり、いざとなったら動き出す)で東シナ海を駆け巡る――そんな話を書いてみたい。
(つづく)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?