源氏物語 第六帖『末摘花』(ポストモダン訳)
『源氏物語』の現代語訳は、解説込みのせいか、長さが原文の二、三倍にもなり、また文章も格調高い美文で、とっつきにくい印象を受けます。
しかし、読んでみると、意外にもセルバンテス『ドン・キホーテ』と似て、ポストモダン的で、その面白さを伝えられればと、試しに訳してみます。訳の精度は低いですが、雰囲気が伝わりましたら。
源氏物語 第六帖『末摘花』(ポストモダン訳)
紫式部/ポストモダン訳 まさきひろ
光源氏十八歳春正月十六日頃から十九歳春正月八日頃までの物語
第一章 末摘花の物語
1、亡き夕顔を追慕す
源氏は夕顔のことが忘れられずにおりました(*1)。
夕顔みたいな、美人なのにあまり人に知られていない、それでいて、そばにいると心和む、そんな女とまた付き合いたいものだと、性懲りもなく思うのは、女たらしの性(さが)であります。
そもそも源氏は美男子ですから、恋文を渡して拒むような女はそういません。いたとしたら――源氏はこう考えることにしています――その女は、人情の機微を知らない女に違いない、どうぜ、つまらない男と結婚するのがオチ。空蝉(うつせみ)がそうだった(*2)。ああ、空蝉のつれなさは、いま考えても恨めしい。そういえば軒端荻(のきばのおぎ)はどうしているかなあ……(*3)。昔の女を忘れることのできない源氏でありました。
*1 夕顔は源氏の愛人で、交際中にもののけに取り殺された。スキャンダルの発覚を恐れた源氏はその死体を秘密裏に処理した。(第四帖『夕顔』)
*2 空蝉は人妻。源氏は猛アタックをかけるが最後まで拒んだ。(第二帖『帚木』、第三帖『空蝉』)
*3 軒端荻は空蝉の義妹。源氏が空蝉に夜這いをかけた時、間違えて抱いた。軒端荻は源氏に夢中になるが、源氏は逃げた。(第三帖『空蝉』)
2、故常陸宮の姫君の噂
大輔(たゆう)の命婦(みょうぶ)という女がおりました。源氏の乳母だった人の娘で、淫乱な女でした。その命婦が、何かの拍子に、自分の祖父である故常陸親王が死ぬ前にもうけた姫君のことを話してくれました。
「お顔がどうなのかは知りません。性格は――内気で、どなたとも会おうとなさりません。お友達といえば、琴くらいでしょうか」
その話を聞いて源氏は、
「その琴、聴いてみたいなあ」
「それでしたら、今度、私が姫君の家を訪ねる時にご一緒に」
3、新春正月十六日の夜に姫君の琴を聴く
十六夜の月が美しい夜でした。
源氏は姫君の家を訪ねました。命婦は先に来て待っていて、姫君と直接会うことができないのでと、別室に案内されました。
「日を改めた方がいいかもしれません。今宵はあまり琴の音が響かないように思います」
「わざわざ訪ねてきたのに、聴いて帰らぬのは癪だな」
しかたなく命婦は、姫君のところに行き、琴を演奏してくれるよう頼みました。
そして流れてきた琴の音は、とても趣がありました。演奏は、けっして上手とは言えませんが、かといって、聴き苦しいわけでもない。
「こんな寂れた家にひっそりと隠れ住んでいる謎の姫君……なんだか物語に出てくるような話だな」
命婦はこれ以上演奏させるとボロが出ると思ったのか、演奏を止めさせに行きました。
戻ってきた命婦に源氏は、
「もう終わりか。もっと近くで聴きたかったな」
源氏が姫君に関心を示したことを、しめしめと思いながら、
「今日はやめにしておきましょう。突然のことで驚かれています」
「身分の貴い人はそうかもな。じゃあ、せめて、こちらの気持ちをそれとなく姫君に伝えてはくれないか?」
と言い残して引き上げようとしました。実は、これから別の女と会う約束があったのです。
「帝は源氏様が真面目で困るとおっしゃっておられるようですが、こんなところを御覧になったら、どんなに驚かれますか」
「おまえに言われたくないな」
源氏は冗談で言ったのですが、面と向かって言われたことが恥ずかしかったのでしょう、命婦は口を噤んでしまいました。
源氏は庭に下りました。すると物陰に誰かいました。男です。誰だろうとよく見たら、頭中将でした(*4)。
仕事帰り、一緒に帰ろうというのを振り切って撒いたつもりだったのですが、尾けてきていたのです。
源氏は、抜き足差し足、頭中将に気付かれずにその場を離れようとしましたが、見つかってしまいました。
「よくも置いてけぼりにしてくれたな。
もろともに大内山は出でつれど 入る方見せぬいさよひの月」
源氏の返歌。
「 里わかぬかげをば見れどゆく月の いるさの山を誰れか尋ぬる
ずっと尾いてまわられたらきみだって迷惑じゃないか?」
「いやいや、連れがいたからうまくいくことだってあります。置いてきぼりは損ですよ。単身でのお忍びはお薦めしませんね」
*4 源氏の悪友。源氏と女たらしを競い合う仲。
4、頭中将とともに左大臣邸へ行く
約束した女のところに、頭中将が金魚の糞みたいについてこられるのが厭だったので、車で一緒に左大臣(*5)邸に行くことにしました。
そこでちょっとした音楽会になりました。
この家には、中務の君という琵琶の上手な女がいました。実はこの女、頭中将の誘惑を袖にして、源氏の誘いに乗った女で、それがばれるのを恐れて、今日は演奏に参加せず、隅っこの方で寝たふりをしていました。
源氏と頭中将は楽器を演奏しながら、さきほどの寂れた家のことについて話しました。
「前にも申したと思うが、あんな家にひっそり隠れ住んでいる美女とお近づきになれたら、俺はきっと骨抜きになってしまうに違いない」と中将。どうやら、源氏が女目当てであの家を訪れたことに勘づいているようでした。
数日後――
頭中将がこんなことを源氏に言いました。「例の姫君から返事はあったか? 俺は、ぜんぜんだ」
中将は姫君に恋文を送っていたのです。もちろん源氏だって送っていましたが、返事はまだ。しかし、
「あまり気にかけていなかったんだが、もしかしたら届いているかも知れないなあ」
と、とぼけたら、
「普通はたくさん恋文を送った方になびくもんだ。まあ、世の中には、最初の男の誘いを蹴って、別の男にころっとなびく女もいはするが」
どうも頭中将は中務の君を源氏に奪われた復讐を、姫君で果たしたいようです。
源氏は焦って、命婦に探りを入れました。
「ひょっとして私のことを浮気者と思っておられるのだろうか。私は浮気者ではないぞ。浮気してるように見えるのは、私でなく、相手が浮ついているからだ。それなのに何でもかんでも私のせいにされてしまう。心外だ」
「そういう問題じゃないと思います。姫君が内気でおとなしいだけで」
と聞いて、源氏は、「ということは、あまり気の利かない女ということか。おっとりしすぎてるんだな。まあ、それはそれで可愛いものだ」
*5 頭中将と葵上の父親。
5 秋八月二十日過ぎ常陸宮の姫君と逢う
秋になっても、姫君からの返事はきませんでした。
源氏も意地になっていて、命婦に、
「いったいどういうことなんだ。こんなことは生まれてはじめてだ」
「どういうことかと申されましても……内気な性格が強すぎて、お返事なさらないのだと思います」
「それは世間知らずというものだ。年端のいかぬ子供か、親の監視がうるさいというのならともかく、そうではない。一人暮らしで寂しかろう、友達が欲しかろう、その友達に私がなってあげよう、と言っているのだ。こうなったら返事などいらん。おまえが何とかして引き合わせてくれ。変な真似はしないから」
源氏のしつこさに、「もし引き合わせて、姫君が不幸になったらどうしよう」と命婦は心配になりました。しかし、一方で、引き合わせた方が姫君のためとも思うのです。というのも、姫君の家は、父親が生きていた頃から滅多に人が訪れることはなく、死んでからはさらに誰も寄りつかない家だったからです。そんなところに、今をときめく貴公子、源氏からの手紙です。女房たちも姫君に「お返事を」と勧めたのですが、あきれるくらい内気な性格の姫君はそうしない。こんなことでは、一生男を知らずに終わるかも知れない。
命婦は、「承知しました。何とか手引きをいたしましょう」。それから、「そのまま愛人にされるもよし、一夜限りの関係で終わるもよし、お気の向くまま」と言ったのは、命婦がすれた女だからでした。
八月二十日過ぎ。命婦から手筈が整ったとのしらせが源氏に届きました。
姫君が縁側で月を眺めていたところに命婦が来て、琴を弾くように勧めました。源氏を出迎えて、また姫君のところに戻り、あらかじめ打ち合わせていたことは隠して、
「お客様ですよ、誰だと思います。源氏の君ですよ。以前から、姫君に会いたい会いたいとはおっしゃっていたんですが、まさかほんとうにいらっしゃるとは。せっかくいらしたのに、お引き取りくださいとは申せませんよね。偉い方ですもの。ですから姫君も、お話だけでもなさってください。間に物を置いたままでかまいませんから」
名演技である。しかし姫君は、
「何を話せばいいのか見当もつかないわ」
「そんな子供みたいなこと、おっしゃっちゃだめですよ。ご両親がおられたら、それでもよろしいでしょうけど、あなたはこの家の主なんですから、しっかりしてください」
と言われて、しかたなく、
「ただ話を聞いてるだけじゃだめかしら。だったらここで」
「いけません。あんな高貴な方を縁側に坐らせるなんて失礼です」
と言いくるめて、二人のための部屋の用意をしました。
姫君はおろおろするばかり。頼りの乳母は老齢で、もう寝ています。女房たちが姫君の服を綺麗な服に急いで着替えさせました。
源氏は待ちながら、姫君は自分ひとりでは何もできない、人の手を借りないと何もできないお嬢様なのだろうと推理しました。そして、姫君が障子の向こうに入ってきた時のゆったりした足音と、ほんわり漂ってくるえびの薫香に、確信を得ました。
源氏はずっとお慕い申しておりました、と愛を打ち明けましたが、手紙の返事もできない姫君です。返事がありません。
源氏は「弱ったな」と溜め息をつき、
「 いくそたび君がしじまにまけぬらむ ものな言ひそと言はぬ頼みに
嫌なら嫌とおっしゃってください」
そう言うと、お付きの若い女房が、見かねて、姫君に返歌を返すように進言しました。
その返歌がこれです。
「 鐘つきてとぢめむことはさすがにて 答へまうきぞかつはあやなき」
初めて聴く姫君の声は、普通の姫君とは違う、甘ったれた声でした。
「そうおっしゃられては、こちらも何とも申せません。
言はぬをも言ふにまさると知りながら おしこめたるは苦しかりけり」
しかし、返歌が返ってきません。
源氏は腹が立って、強引に障子を開けると、姫君の部屋に押し入りました。
命婦はびっくりしましたが、姫君を見捨てて、自分の部屋に逃げました。
さきほど姫君に進言した若い女房は、身分の高い源氏を咎めるわけにもいかず、ただ、暗闇の中、源氏に抱かれる姫君に同情するばかりでした。
姫君は恥ずかしくて、何が何だかわかりません。
源氏は、「これが世間しらずの箱入り娘の味か」と征服の喜びはあったものの、手応えが物足りないのにがっかりして、夜明けを迎える前に帰ってしまいました。
命婦はどうなったんだろうと気にはなりましたが、知らないふりをきめこみ、源氏を見送りもしませんでした。
6 その後、訪問なく秋が過ぎる
二条院(*6)に帰った源氏は、床についても、失望感を拭えませんでした。
「理想の女ではなかったか」
それにしても相手は身分の高い女です、これからどうしたらよいものか、と悩んでいたところに、頭中将が訪ねてきました。
「朝寝とは、さては」
源氏は起きあがって、
「ただの寝坊だよ」と嘘をつきました。
朝食はまだと言うので、一緒に食べ、一緒に車で出勤することにしました。
「ああ、眠い」と源氏が漏らすと、
「何か俺に隠し事をしてないか?」と頭中将に訊かれました。
その日はすることが山ほどあり、終日、宮中で仕事をしました。
初めて女を抱いた――つまり「結婚」した初夜の翌朝に出すのがしきたりの「後朝の文」も、出したのは夕方になってからでした。
その日は雨で、やはり、しきたりでやらねばならない第二夜も、億劫でした。雨に濡れてまで、わざわざ訪ねて行くような魅力を姫君に感じなかったからです。
一方、姫君の家では、今か今かと源氏の訪問を待っていました。しかし、源氏は来ません。命婦は姫君を不憫に思いましたが、姫君本人はというと、処女を失ったことがただただ恥ずかしく、朝に届くはずの手紙が夜に届いたことも気にかけてはいませんでした。
その源氏の手紙にはこんな歌が書かれてありました。
「 夕霧の晴るるけしきもまだ見ぬに いぶせさそふる宵の雨かな
雲の晴れ間を待つ間の何とじれったいこと」
源氏は来ないつもりです。女房たちは悲しみながらも、
「お返事をお出ししないと」
しかし、昨夜のことで頭が混乱している姫君は返事が書けません。このままでは夜も更けると、若い女房が代作しました。
「 晴れぬ夜の月待つ里を思ひやれ 同じ心に眺めせずとも」
とはいえ、書くのは本人にやらせないといけない。そうして書かせたのですが、一昔前の筆づかいで出来も良くありません。
そんな手紙を受け取って、源氏はさらなる失望を味わいました。
しかし、第二夜の契りをしなかった後ろめたさがあったので、
「かわいそうだから、面倒だけは見てあげよう」
その夜は、義父の左大臣の誘いで、左大臣の家に行きました。頭中将ら子供たちも集まって、近々行われる御幸(みゆき)のための楽器演奏の練習につきあわされました。そんなこんなで、姫君のところに行けないまま、9月も終わってしまいました。
*6 源氏の本宅。
7 冬の雪の激しく降る日に訪問
行幸が近づいたある日、命婦が宮中まで源氏を訪ねて来ました。
「姫君はどうしている?」と尋ねると、
「あんまりじゃありませんか。あまりにも冷たすぎる」と源氏を責めました。「姫君だけでなく、仕えてる者までも気の毒です」
それは自分でも判っていましたが、
「忙しい時期なんだよ、しかたない」そう言ったついでに、「でも、むこうだって人の気持ちがわからない人だろう。これでわかってくれたかな」
と言って微笑んだ源氏の顔は、罪なき少年の顔でした。命婦は憤っていたのも忘れて、「源氏もまだ若いのだ。だから気付かず相手を傷つけてしまうのはしかたない」と納得しました。さすが男性経験の豊富な女だけあります。
行幸の準備が一段落したところで、源氏も時々は姫君を訪ねるようになりました。
二条院で紫上(*7)の相手をするのに忙しく、六条御息所(*8)のところから足が遠のいていた折、姫君のところに通うのは億劫だったことでしょう。
それにしても、姫君は恥ずかしがってまだ顔を見せてくれません。暗闇で、手で触った感触から、その顔を想像するしかありません。もしその顔が美しいのなら、姫君のことが大好きになれるのに、見てみたい。
しかし、見せてくれと直接頼むのも気がひけました。それである晩、格子の隙間からこっそりと覗いてみたのですが、死角になってよく見えない。見えたのは、破れた几帳と、粗末な夕食をとりながら、「この齢になると冬の寒さがこたえるわい」「もっといい暮らしができたらのお」とせちがらい話をしている年老いた4、5人女房たちだけでした。
*7 源氏が誘拐して一緒に暮らしている少女。
*8 源氏の愛人のひとり。後に生霊となって源氏の妻・葵上を恨み殺す。
8 翌朝、姫君の醜貌を見る
その夜も姫君の顔をが見れないまま、夜が明けました。源氏は格子を上げて、昨晩から庭に降り積もった雪を見ました。
「一緒に見ませんか」と、真っ暗な部屋の中にいる姫君に声をかけると、姫君は女房たちに促されて、源氏のそばにやってきました。
いよいよ姫君が見れる!
源氏は喜んで、横目で見てみたのです——
まず見えたのは、胴長の体です。
次に、鼻。普賢菩薩の乗る象の鼻かと思われる、醜い赤鼻。
肌の色は青白く、額はとても広い。それなのに下ぶくれに見えるのは、面長のせいです。
体型は、痩せぎすで、着物の上からも肩骨が張り出しているのがわかるほど。
「見なければよかった……」
と思う一方、あまりに異様なその容貌、好奇心から、もっと見てみたいとも思うのです。
無理して美人と呼べるのは、頭の形と髪の毛くらいでしょうか。服なら褒めれるかと思ったら、桃色の着物の上にまとっている黒い毛皮の何と婆ア臭いこと。こんな毛皮でもまとわなければ、この家の寒さをしのげないのはわかるのですが……。
源氏は見るのも辛くなって、早々に引き上げるこにしました。去り際に、
「私があなたに薄情なのは、あなたがうち解けてくれないからですから。
朝日さす軒の垂氷は解けながら などかつららの結ぼほるらむ」
そう言うと、相手は「むむ」と笑っただけで返歌もありませんでした。
このことを知ったら、頭中将は何と思うだろう。きっと嗤うに違いない。ああいう女をものにしたって、自慢にはならないだろう。じゃあ捨てようか――とも思ったのですが、それはできない。せめて人並みの容姿であったら、捨てられたかも知れません。しかし、あそこまで醜いと、逆に、世話してあげなければ、自分以外の誰が世話をしてあげられのか、と思ってしまうのです。あの女には自分しかいないのだ。
足繁く通うことはできないが、物質的援助だけはしてあげよう。そこでまず、着る物を送ってあげました。姫君の服だけではなく、年老いた女房たちの分まで。姫君は卑屈になることなく、素直に喜んでくれました。
9 歳末に姫君から和歌と衣箱が届けられる
源氏としてはせいいっぱい姫君の世話をしてあげるつもりでした。
ところが暮れも押し迫ったある日、命婦が源氏の元に、姫君からの手紙と着物を持ってきました。手紙にはこう書かれてありました。
「 唐衣君が心のつらければ 袂はかくぞそぼちつつのみ(*9)」
源氏は呆れると同時に、酷い歌だと思いました。
源氏は溜め息混じりに、
「 なつかしき色ともなしに何にこの すゑつむ花を袖に触れけむ」
とはいえ、怒っていたわけではありません。見た目同様、おかしな女だと思いました。
命婦が源氏をなだめようと、
「 紅のひと花衣うすくとも ひたすら朽す名をし立てずは
こらえてくださいませ」
命婦の歌の方がよっぽど気が利いています。
翌日、あらためて末摘花の姫君に返事をしました。
「 逢はぬ夜をへだつるなかの衣手に 重ねていとど見もし見よとや」
*9 唐衣(からごろも)とは中国の服のことで、当時は時代遅れ。それを使う末摘花のセンスのなさを意味している。第二九帖『行幸』では、源氏はいい加減辟易して「唐衣また唐衣唐衣 かへすがへすも唐衣な」という歌をうたう。
10 正月七日夜常陸宮邸に泊まる
正月の七日の節会が終わった夜、源氏は末摘花の家を訪ねてみました。
源氏の援助の甲斐あって、寂れに寂れていた家が、だいぶ見られる家に変わっていました。源氏が送った着物のせいで、末摘花も見栄え良くなっていました。
おかげで夜を明かした後、昼間、日が高くなるまで、ゆっくり過ごすことができました。帰り際、見送りに出た末摘花の、口をおおった袖から、真っ赤な鼻(花)がぐっと突き出しているのが見えました。醜くさを通り越した可笑しさがそこにはありました。
第二章 若紫の物語
1 紫の君と鼻を赤く塗って戯れる
末摘花にくらべて、二条院の紫上の何と美しいこと!
末摘花が着ていたのと同じ紅い着物を着ているのですが、着る人が違えば服もこんなに魅力的になるものなんでしょうか。
一緒にお絵描き、塗り絵をして遊びました。源氏は髪の長い女の人の絵を描いてから、その鼻を赤く塗りました。途端に、美しかった絵が滑稽な絵に変わりました。鏡を見て自分の鼻も赤く塗ってみましたが、整った源氏の顔だとなおさらです。それを見て紫上もけたけた笑いました。
「もし私の鼻がこんな鼻だったらどうかな?」
と訊いてみたら、
「やだー。早くとってー」
源氏は拭く真似をして、
「た、大変だ! とれない! 帝に叱られる!」
紫上は本気にして慌てて拭いてくれました。
陽がとてもうららかで、庭の梅の木には蕾がふくらみ、花が咲きかかって、色づいていました。
「 紅の花ぞあやなくうとまるる 梅の立ち枝はなつかしけれど」
と、源氏はぽつっと漏らしました。
さてさて、この人たちのそれからは?
なお、末摘花はこの後、源氏から忘れられ、第十五帖『蓬生』で再登場するんですが、これまた大爆笑ものです。
『源氏物語』、他の素晴らしい現代語訳を、ポストモダン的に脳内翻訳しながら読まれることをお薦めします。
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