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モンゴルの森で双子の様に隣り合う「最も飲む薬草」と「最も危険な毒草」

日本人もモンゴル人も最も使う森の薬草

ウランバートルから車で1時間ほど走ったテレルジ国立公園の、もっとも奥に位置する手つかずの悠久の自然。

なんとか跨げる幅の美しい小川を越えれば、その神秘の森は始まる。
シラカンバやモンゴルカラマツが漂わせるフィトンチッド成分が、森の澄んだ空気を一層、澄み渡らせているようだ。
 

森の下に生える日本のエゾフウロ
そっくりのゼラニウム種

ふと、大きめのカラマツの下を見ると、葉の間から飛び出るような花柄の先に、一凛の華麗な紫色の花を咲かせる植物が目に入った。日本でもお馴染みの「フウロソウ(ゼラニウム)」の仲間である。

フウロソウ属は加水分解タンニンなどの薬効成分を多く含み、日本ではもっとも使われる薬草の一つだ。その代表が「ゲンノショウコ」で、お腹の調子が悪い時に茎葉を煎じて飲むと目に見えて良くなることから、「現の証拠にとても良く効く」が語源である。

よく見れば、足元にはそのゲンノショウコに似た種、あるいは北海道に多い「エゾフウロ」に瓜二つのものなど、数種類のゼラニウムが生き生きと群生していた。ここはまるで“ゼラニウムの楽園”である。

モンゴルは日本同様、ゼラニウム(フウロソウ属)が
豊富だが、一つのエリアに何種類も見れる

同行したモンゴル国立大学植物学教授のニャンバイエル先生によれば、
「ゼラニウム(フウロソウ)はもっとも家庭でよく使われる薬草の一つ。お腹の調子の悪い時に煎じて飲みます。」

ここモンゴルの自然薬の伝統文化が、遠く離れた島国の日本と一致していることに感動すると同時に、人が持つ本能力の素晴らしさを再認識した一瞬だった。

はにかんだ笑顔が素敵な
モンゴル国立大学植物学教授のニャンバイエル先生

 

薬草とウリ2つの猛毒植物「ボンゴール」


テレルジは薬草の代表であるゼラニウムの楽園であるが、それにそっくり・・というより、正に“瓜二つ”ともいえる有毒植物の楽園でもある。
それは日本でもお馴染み、毒性は世界一のレベルを誇り、モンゴルでは”ボンゴール”と呼ばれる「トリカブト」だ。
 

モンゴルトリカブトも遊牧民には
身近で必須の”ハーブ”である


この森の足元には、ゼラニウムとトリカブトが隣り合い、あるいは混じり合って生えていた。
見分けのポイントを参加者に伝えるが、”まったく同じ植物に見える”という感想が大半を占める。
まるでゼラニウムが猛毒のトリカブトに偽装することで、自分を守っているという気持ちにもなった。

この2つの植物のもっとも重要な見分けポイントは、茎である。
ゼラニウムの仲間は茎に細かい毛を感じることができるが、トリカブトは見事に無毛でツルツルである。
また、茎別れする部分が太くなって動物の脚の関節のように膨らんだり、小さな托葉がついたりすれば、ゼラニウムで完全決定だ。

トリカブト(左)とゼラニウム(右)とが
隣り合う状態があちこちに見られる

 
有毒成分のアルカロイド類の「アコニチン」は、なんと皮膚からも体内に吸収される。
まだ未熟な頃、茎の毛を確認しようと指でギュッと掴んだ後、数時間、指から手首の痺れが取れない経験をしたことがある。和ハーブ仲間の中には、腕から肩まで痺れ、それが夜中まで続いたケースもある。

現在の私は、葉脈の流れや数、あるいは葉の分裂の形だけでフウロソウとの見分けができるが、これはこんな経験も含め、何百回・何千回とトリカブトに接してきた賜物と思っている

トリカブトの他にもフウロソウと似た
キンポウゲ科植物も多い
写真はキンバイソウの仲間の「Asian globeflower」

モンゴル人のユニーク(?)なトリカブト活用法 

このトリカブトにも、その使い方に日本との共通性がある。それは矢尻の先に、もっとも毒が含まれる部位の根の粉末を塗り込む「トリカブト矢毒文化」である。
トリカブト矢毒文化は、日本のアイヌ~シベリア地帯(モンゴルはシベリアの南端)の民族に共通して見られるものだ。
アジア全体のモンゴロイドの中でも、日本の先住民族(縄文人)でもあるアイヌ民族とモンゴル民族が深く繋がっていたことを示す、フォークロア(民俗学)的証拠と言えよう。
 

ボンゴール毒矢はモンゴル民族において
重要な生活文化であった


ちなみにこの世界No.1の猛毒植物の使い方として、恐らくモンゴル独自かつ、ちょっとユニークな?使い方も、現地の女性から聞いた。

彼女によれば、モンゴルの冬は長く厳しいことから、人々はゲルに籠ってお酒を飲んで過ごす時間も長い。
そこに酒癖の悪い親戚の叔父さんが訪ねてくると、家族はお酒に秘かに“ボンゴールの葉”を千切って浸すという。それを飲んだ叔父さんはすぐに酩酊し、大人しく寝てくれるので、家族は助かるという訳だ。
彼女は笑ってこの話をし、聞いた私もつい笑ってしまったが、ちょっと間違えれば笑いごとでは済まない話である。
 
手つかずの森の足元には、最高の薬草と最強の毒草がまるで双子のように生えていた。
昼と夜の寒暖差が激しく、一気に冬を迎えるモンゴルでは、トリカブトもゼラニウムも真っ赤に紅葉することが珍しくない。
モンゴルに足を運ぶ機会があれば、是非その美しい姿を見て欲しい。
 

次回は、「森の出口のエーデルワイスと花畑」をお送りします、お楽しみに。

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