ペルー旅行記③
Capitulo5 Salud(サル―)!
テラスでの卓球にも飽きて、マットレスでだらだらしている。
外はすっかり暗くなり、従弟は「また夜に戻ってくるから。じゃあね!」と言って帰っていった。どうやら今夜はモハの従弟と友達とで夜の街に飲みに行くみたいだ。もちろん僕らも。今日の残りの予定はそれだけだったから、友達が集まるまで自由時間になった。
左ではモハがいびきをかいて寝ていて、右にいる友達は家族とLINEをしている。そして胡坐をかいて座っている僕の脚の上には犬がいる。”チューイ”という名前のその犬は、僕らが家に到着した時からずっとハイテンションで吠えまくり、僕らの匂いをこれでもかと嗅いでは周りをぐるぐる走り回る、とっても元気でかわいいやつだ。犬種に詳しくないからわからないけど、一回り大きくなったチワワみたいで、少し長い毛とビー玉みたいなクリっとした目をしている。チューイの寝床は一階にあるのだけれど、自分より大きい段差の階段も余裕で登り降りができる彼は、家じゅうを縦横無尽に走り回る。
そして今は僕の胡坐の上で寝転んでいる。既にとても懐かれていて、もう数十分撫でさせられている。小さい頃、犬を飼いたかったけれど飼えなかった僕は、犬が家にいたらこんな感じだったのかなと想像する。ずいぶんと違った幼少期を過ごしただろう。
背中を撫でるのをやめて、おなかを掻いてやる。次に首元をわしゃわしゃすると、身をよじってとても気持ちよさそうだ。脚に伝わる体温が熱く、命を感じる。
「チューイ、もうそろそろ止めていいかな?手が疲れてきたわ」犬の顔を見てしっかり話しかける僕を、友達がスマホを見ながらくすっと笑う。日本語では伝わらなかったのか、キョトンとこちらを見ている愛らしいその頭を、またわしゃわしゃと撫でた。
チューイと戯れていると時間はあっという間に過ぎ、徐々にモハの友達が集まり始めた。明後日にも友達を大勢集めてホームパーティをすると言っていたけれど、今日は中でも特に仲のいい数人だけで先に飲もう、ということらしい。数時間前に一緒に卓球をした従弟とも再会だ。久しぶりに再開したモハと友達はペルー式の挨拶で頬を擦り合わせハグをしている。「性別関係なく、友達ともその挨拶なんだ」と驚いているとモハが彼らを紹介してくれた。高校からの友達だという彼らの内、1人は医学部に通っている医学生、1人は音楽を作っていて、もう1人は女優をしているという。なんだかみんなリッチな雰囲気でカッコいい。慣れないペルー式の挨拶を済ませ、僕は日本からアメリカに留学中であること、モハとはその留学先の大学で出会ったこと、今はサンクスギビング休暇でその間モハの家に泊めてもらうこと、ペルーには今日到着したばかりだということを英語で伝える。
「え、今日着いたの?疲れてない?」
「日本かー、いいなぁ。日本は私の生きたい国リストに入ってるの!でもここからじゃとても遠いよね。」
お互いに、地球の裏側で生まれ育った相手への興味が尽きることはなく、話が弾む。
最終的に集まったメンバーはモハと僕ら、モハの弟と妹、従弟1人に、友達が3人だった。お互いに昔からの付き合いらしく、とても親密な関係であることは僕から見ても明らかだった。彼らはモハの両親とも親しげで、リビングには久しぶりの再会を喜ぶ、賑やかで幸せな空気が満ちている。
「出かける前にちょっと飲んでいこうよ!そこでお酒買ってきたんだ」
「ふぅぅう!いいね!何買ってきたの?」女優をしている彼女が答える。
「あ、二人はお酒飲める年齢だよね?」
何処に行っても日本人は若く見えるらしい。僕らは一度ビーチで中学生に間違われたこともある。
「もちろん飲めるよ!僕らもう22歳だから」
「最高」
そう言うと彼はビニールから、鹿のロゴが入った緑色に鈍く光るボトルを取り出すと、リビングの机に置いた。見るからに度数が高そうだ。
「わぁ!イエーガーマイスターね!」
「そう!みんなで飲むならやっぱこれでしょ」
イエーガーマイスターと呼ばれるそれはドイツ産のリキュールで、アルコール度数は35%。アメリカで人気のお酒らしいけれど僕はこの時が初対面だった。
何処からともなく現れたグラス1つ1つに、赤黒い液体が2センチほど注がれていく。
「オーケー、みんなグラスを持って!」
お酒があまり得意でない僕は内心、”ショットか、、いやだなぁ”と思っていたけれど、普段はやらないことをするのが旅の醍醐味なのだからと思い直しグラスを持つ。恐る恐る匂いをかぐとハーブや果物ベースのリキュールなだけあって、思いの外いい匂いがした。
乾杯の前に一言ずつ挨拶をしようということになり、僕は簡単な自己紹介をした後、「ペルーに来れて、みんなに会えてすごく嬉しい!既にペルーは僕の大好きな国!」と言って締めくくった。”会えて嬉しい”なんて今まで日本語で口にしたことがあっただろうか。初対面なのにちょっと言い過ぎたかな、なんて心配と恥ずかしさを「ふぅぅぅ!いいねーー!」という皆の盛り上がりが吹き飛ばしてくれた。
自分の感情を口にすることの大切さを、僕はいつも英語から学んでいる。
順番に話していき、最後はお酒を買ってきた友達の番。彼がグラスを掲げ、「モハお帰り!またこうして会えて嬉しいよ!あと二人共ようこそペルーへ!これから街にも行くけど、1週間楽しんでいってくれよ!」とスピーチをしてくれた。
「じゃあみんなグラスを掲げて!」
「せーの、Salud~!!」
『Salud~!!』
スペイン語で乾杯を叫び、グラスの中身を一息に流し込むと、喉に強烈なアルコールを感じた。久しぶりのアルコールに体がびっくりしている。イエーガーマイスターが流れたところが熱くなり、食道の位置が分かるほどだ。
「うわぁ、これめっちゃ強くない?」
「そう?パーティじゃ定番だよ」
「強いけど、結構おいしいかも」目を大きく見開いてそう言う日本人の彼女はお酒に強く、平気そうにしている。
それから、呼んでいたUberが来るまでいろいろあって、計3回もショットをした結果、ボトルは空になっていた。
やっとUberが到着した時、僕は既に結構酔っぱらっていて、顔は真っ赤になっていた。けれど酔っぱらってふわふわした気分になっているのはどうやら僕だけみたいで、皆飲む前と全然変わってない。南米の人はアルコールに強いイメージがあったけれど、どうやらそのイメージは間違ってなかったみたいだ。同じ日本人の彼女が平気そうなのにはびっくりだけど。
既におぼつかない足取りで、たった今到着したUberに乗りこむ。柔らかい座席と暗い車内が眠気を誘う。僕はこれからどこに行くんだろう。何も知らないけれど不思議と不安は全くなかった。どこにだって行ってやると思った。どこに行っても驚きと楽しみが必ずあると保証されているような気がしていた。
それを保証してくれたのはアルコールだったろうか、それともペルーだったろうか。
僕らを乗せた8人乗りの大きな黒いバンは、勢いよく夜のペルーに繰り出していく。
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