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第96回アカデミー賞ノミネーション発表直前最終予想
僕が好きなもの。猫が受付にいるホテル、友人が書いた自分の名前のとめとはらい、父が淹れたコーヒーの匂いで起きる朝、古本に残された覚え書き、夜の首都高の出口、寒鰤の刺身、適度な睡眠、お金、名誉…そして賞レース。ということで、今年も懲りずにこの季節がやってきました。2023-2024期のアメリカ映画賞レースです。僕が初めてアカデミー賞、いわゆるオスカーおよび賞レースの予想を始めたのは『それでも夜は明ける』が作品賞に輝いた第86回のときなので、今年で10年目を迎えます。こんな実生活に何の役にも立たない趣味、よく10年も続けていると思います。ただ、僕にとってのアカデミー賞は、映画という芸術が最も愛されていると実感できる場所です。こんなにも映画を愛し、それを作り続けている人たちがいる。腐りかけた世界に物語を届けようとしてくれる表現者たち、アーティストたちがいる。その事実が胸を熱くさせるのです。
しかし同時に、イスラエルによるガザ地区への侵攻で多くの命が失われている凄惨な状況下で、ハリウッドおよびアメリカ映画界全体の政治的立場(イスラエル支持/シオニズム的傾向)が徐々に明らかになってきました。また、2年前の授賞式で起きたウィル・スミスによる暴力事件における映画芸術科学アカデミーの対応は、果たして適切だったのでしょうか。不条理な暴力に対し、ハリウッドは声高にNOと叫ぶことができないのです。それが今のハリウッドなのです。「映画は芸術だ」と主張するとき、私たちは同時に「映画は政治だ」と言えなければならないのではないでしょうか。ひとりの映画ファンとして、観客として、そのことについて思索を止めてはならないと考えています。本記事ではこれ以上の言及を避けますが、アカデミー賞の授賞式も多分に政治性を孕んだエンターテイメントです。それが苛烈な現実を覆い隠さぬよう、私たち視聴者にも大きな責任があることは常に胸に留めておきたいところです。
さて、早速短編を除く20部門の予想に移りましょう。本記事では映画賞名の略称を多用するため、主なものを下記に記しました。ご参考までに。また、作品名は全て英題表記にしてあります。その点ご了承ください。
GG:ゴールデングローブ賞
CCA:クリティクス・チョイス・アワード
BAFTA:英国アカデミー賞
SAG:アメリカ映画俳優組合賞
PGA:アメリカ製作者組合賞
DGA:アメリカ監督組合賞
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作品賞 Best Picture
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・Oppenheimer
・Killers of the Flower Moon
・Poor Things
・Barbie
・Past Lives
・The Holdovers
・American Fiction
・The Zone of Interest
・Anatomy of a Fall
・Maestro
賞レースの目玉と言える作品賞レースだが、今年はちょっとした「事件」が起きた。それはPGAでのことだ。作品賞レースを占う上では最も重要な賞だが、そのラインナップがいささか衝撃的なものだった。そこで候補になった10作品を一挙に紹介する。『Oppenheimer』『Poor Things』『Killers of the Flower Moon』『Barbie』『Past Lives』『The Holdovers』『American Fiction』『The Zone of Interest』『Anatomy of a Fall』『Maestro』だ。まず、非英語作品が2作品同時に候補入りしたということ(賞レースのかなり上位で激走する作品でない限り非英語作品がPGAで候補入りするのは極めて稀)も驚くべきことだが、それよりも衝撃的なのは、この10作は多くの専門家や賞レースウォッチャーたちが作品賞候補になるだろうと睨んでいた10作だったからだ。その何がいけないのか?アカデミー賞の作品賞の候補枠が10枠に固定されたのは第94回のときからだが、過去2回とも、PGAの10作とオスカーの10作は一致していない(94回は一致率8/10、95回は一致率7/10)。それを考えると、この10作から数作はオスカーでは候補漏れを喫することになる。この10作の中で候補漏れするとしたらどの作品か。もちろん非英語作品である『The Zone of Interest』『Anatomy of a Fall』は依然として不安定な立ち位置にいることは間違いないが、両作品ともゴールデングローブ賞の作品賞で指名を受けており、前者は重要批評家賞であるロサンゼルスで戴冠を果たし、後者は5枠しかないBAFTAの作品賞で候補入りする大健闘を見せたことは大きな強みであるし、何よりも2023年に最も評価された作品として名高い。それよりも候補漏れする可能性が高いのは『Maestro』だろう。ブラッドリー・クーパーがレナード・バーンスタインを描いた作品だが、一部の映画ファン、賞レースウォッチャーからは「Oscar Bait(いかにもオスカー狙いの作品の意味)」だという批判も出ており巷ではあまり好感度の高い作品ではないことが凶と出たか、そのBUZZを縮小させている。作品賞候補は決して安泰とは言えず、キャリー・マリガンの候補落ち、その他重要部門で締め出しを食らうのではないかという予測も出ているほどだ。しかし、だ。たとえ『Maestro』が当落線上の位置にいたとしても、その席を奪えるほど力のある作品が他にないのである。3年目にして初めて、PGAの10作がオスカーの10作と完全一致するという予測が最も現実的であるし、蓋然性も高い。
もし、『Maestro』(あるいは非英語作品の2作)の席を奪えるとしたら、『Saltburn』『The Color Purple』『May December』のいずれかになるだろう。このうち、トッド・ヘインズの新作でカンヌコンペ出品作の『May December』は作品評価が抜群に高いのにも関わらず、各批評家賞以外の重要賞では冷遇されており(BAFTAやSAG)分が悪いか。この3作でとりわけ匂うのは『Saltburn』だ。『プロミシング・ヤング・ウーマン』で一躍脚光を浴びたエメラルド・フェネルの新作だが、評価は伸び悩み、作品賞レースからは早々に脱落したかに思われた。しかし、アメリカの映画ファンたちの間で作品が大反響を呼んでおり、それに応じてキャンペーンも大きく展開されている。それを踏まえると当該作が番狂わせを演じても不思議ではないのだ。事実、先日発表されたばかりのBAFTAのノミネーションでも存在感を見せている。『The Color Purple』という線もなくはないのだが、作品評価が伸びきっておらず(評価の中心は役者たちのあまりにパワフルなミュージカルパフォーマンス!)、各組合賞でも巻き返しを図れていないことから、『Saltburn』に軍配が上がるだろうか。とは言うものの、最も安心感のある予想は、PGAの10作が作品賞の候補枠が10枠に固定されて3年目にして初めて、オスカーの作品賞候補作と完全一致するというものだろう。
監督賞 Best Director
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・クリストファー・ノーラン - Oppenheimer
・マーティン・スコセッシ - Killers of the Flower Moon
・ヨルゴス・ランティモス - Poor Things
・グレタ・ガーウィグ - Barbie
・ジョナサン・グレイザー - The Zone of Interest
まず、最重要のDGAのノミネーションのラインナップを見てみよう。DGAではクリストファー・ノーラン、マーティン・スコセッシ、ヨルゴス・ランティモス、グレタ・ガーウィグに加え、『The Holdovers』のアレクサンダー・ペインが候補入りした。DGAとオスカーの一致率はおおよそ4/5といったところで、例外的に3/5の年がごく稀にあるくらいだ。そうすると今年もDGAの候補者のうちひとりがオスカーで涙を呑むことになる。このうちノーランは最も受賞に近い位置におり、候補落ちはまずあり得ない。ノーランがついにオスカーを手にする。それはちょっとのことでは揺らぎそうにない。スコセッシもまた、落選を想像しにくい人だ。そうするとランティモス、ガーウィグ、ペインのうち誰が落選の憂き目に遭うのか、という議論になってくるはずだ。
今年の監督賞の焦点はふたつだ。①女性監督の候補は誰か、そして②非英語作品の監督/非英語圏の監督の候補は誰かということだ。まず1点目についてだが、実は、前述の作品賞候補予想が実際に現実のものとなればアカデミー賞史上に残る記録を達成することになる。それは史上初めて女性監督の作品が3作品候補入りすることになるのだ。そしてそう、同様に監督賞でもその3作の女性監督たちが1席を虎視眈々と狙っている。ガーウィグ、『Past Lives』のセリーヌ・ソン、『Anatomy of a Fall』のジュスティーヌ・トリエだ。そして2点目についてだが、ご存知の方も多いように、近年のこの部門では何かそういう規定でもあるのかと思うほどに非英語作品の監督もしくは非英語圏の監督の候補入りが続いており、監督賞予想では毎年それが誰になるのかを議論することは避けて通れなくなっているのだ。今年で言えば、『The Zone of Interest』のジョナサン・グレイザーと『Anatomy of a Fall』のジュスティーヌ・トリエが俎上に載せられている。そう、トリエは2つの点において重要なコンテンダーなのだ。
先に議論すべきは2点目の方で、私が今年その枠を獲得すると予想するのはグレイザーだ。カンヌでグランプリを取った対象作で候補入りを狙うグレイザーだが、映画ファンでは『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』や『セクシー・ビースト』など作家性の強い作品でお馴染みだ。彼は、ロサンゼルス、そして全米映画批評家協会賞のふたつの最重要批評家協会賞を受賞しているのだ。これにニューヨークを加えた三大批評家協会賞は非常に重要で、そのうち2つを制したグレイザーがトリエよりも勢いがあると考えるのは妥当だろう。これまでと違うのは、グレイザー自身はイギリス出身の監督であるという点(これまでは全員非英語圏出身の監督だった)で、そこが気がかりだが、大した問題ではないように思われる。そして、1点目についてだが、ソンはGGで候補入りするなど前哨戦ではかなり健闘しており、対象作の勢いも凄まじいのだが、重要賞での候補入りがGGのみというのは心もとない。DGAはともかく、BAFTAで指名を受けていたら大分違っていたのだが…となるとここはガーウィグを予想するのが安泰だろうか。北米では女性監督としてNo.1のオープニング興収を達成したのみならず、世界興収10億ドルを突破した初めての女性監督となり、演出の手腕だけではなくこうした興行成績における歴史的な偉業を成し遂げた事実も大いに考慮されることは間違いない。もちろん、前哨戦は快走しており、危なげなく重要3賞(DGA、CCA、GG)をコンプリートしている。ガーウィグの『バービー』における演出的手腕は過大評価なのではないかという声もあるにはあるらしいが、彼女が候補入りするとき、評価基準はそれだけではないのである。そして、候補になっても全くおかしくない演出的手腕を見せた女性監督のコンテンダーが3人もいるにも関わらず(本来ここには『Priscilla』のソフィア・コッポラもいるべきなのだが)ひとりも候補入りしないというのはあるまじき事態だ。となると、希望も込めてガーウィグの候補入りを信じたい。
これで4枠決まったわけだが、落選するのはランティモスかペインか。前哨戦の成績を信じればランティモスになるのだが、BAFTAではランティモスが落選しその代わりペインが指名を受けているのが少々気がかりだ。BAFTAの投票制度が変わったため当該賞に全幅の信頼を寄せることはできないが、気に留めておいて損はない。ランティモスに関して気掛かりなのは、直近で前哨戦2番手、3番手の監督が落選した事例が起こっているからだ。『DUNE/デューン』のドゥニ・ヴィルヌーヴのことだ。ランティモスが第二のヴィルヌーヴになる匂いがするのも確かで、現在『The Holdovers』の勢いが上昇していることもそれが起こる蓋然性を余計に高めているように思うのだが…。ペインを選ぶ賭けに出たいところだが、ここはひとつヴェネツィアで金獅子賞に輝いたランティモスを信じてみたい。
主演男優賞 Best Actor
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・キリアン・マーフィー - Oppenheimer
・ポール・ジアマッティ - The Holdovers
・ブラッドリー・クーパー - Maestro
・ジェフリー・ライト - American Fiction
・レオナルド・ディカプリオ - Killers of the Flower Moon
今年の主演男優賞レースの展開はこうだ。まず、作品賞レース大本命の対象作で堂々たる主演を張ったキリアン・マーフィーが圧倒的な強さを見せ、他の追随を許さない独走をするかに見えた。しかし、そんなマーフィーに食らいついたコンテンダーがおり、それがポール・ジアマッティだ。ゴールデングローブ賞ではそれぞれ別部門での候補入りだったために揃って受賞を果たしたが、問題は次のCCAで、なんとCCAを制したのはマーフィーではなくジアマッティだったのだ。そしてCCAでのジアマッティのスピーチが名スピーチだと専らの評判だ。賞レースは単なる演技の良し悪しではない。賞レース期間中にどのようなキャンペーンを展開するか、どれほど会員にアピールできるか、注目を集められるかが大きな鍵となる。そしてその際、受賞した際のスピーチは非常に重要なのだ。ゴールデングローブ賞は重要賞ではあるもののオスカーとは全く投票者層が違うため、受賞者にとって重要なのは勝利そのものではなくスピーチだと言っていいくらいだ。そしてジアマッティはCCAで多くの人の心を掴んだはずだ。これにより、(これは驚くべきことだが)主演男優賞の主導権はマーフィーからジアマッティへと移った感さえある。そして、この二人の候補落ちはまずない。
ブラッドリー・クーパーとジェフリー・ライトも候補までは安泰のように思える。クーパーはメイクの力も借りながら、偉大な作曲家であり指揮者のバーンスタインの若年期から老年期まで見事に演じ切り、ジェフリー・ライトもトロントで突如BUZZが沸騰した新作でキャリアベストのパフォーマンスだと名高い。クーパーに関しては、実はアメリカの映画ファンから「Oscar bait」だという理由で不当な攻撃を受けており目も当てられないくらいなのだ。これが投票に影響するかは分からないが(おそらくしないだろうが)、対象作のBUZZが縮小しているのは少々気がかりだ。いや、しかし、対象作が作品賞で候補落ちすることはあってもクーパーの演技は大いに支持されており、SAGでもBAFTAでも指名を受けていることからもそれは窺える。ライトの場合は、候補入りすればこれが初となり、長年活躍してきたヴェテランゆえ(『バスキア』('96)の名演よ)同業者から幅広く支持を集められるだろう。また、対象作はトロント国際映画祭で観客賞を受賞しているが、トロントで観客賞を受賞した作品は過去11年連続で演技賞候補を出しており、さらに子役が主演の作品以外では全てで主演賞候補を送り込んでいるのだ。これに則れば、ライトの候補落ちは想像しにくい。
となると残り1枠だが、この1枠はレオナルド・ディカプリオかコールマン・ドミンゴ(Rustin)の争いとなることは間違いない。ディカプリオは盟友スコセッシの新作で愚かな白人を繊細なバランス感覚で演じ切ったのだが、どういうわけか前哨戦の成績はかなり伸び悩んだと言ってよい。GG、CCAなどの重要賞こそ抑えているものの、SAGでの候補漏れは大いに痛い。一方そのSAGを含め、CCA、GG、BAFTAと重要4賞すべて候補入りを果たしたのがドミンゴだ。最近では『Zola』での怪演で賞レースを賑わせたドミンゴが演じるのは、1963年にアメリカで行われた人種差別撤廃デモ「ワシントン大行進」の主導者のひとりである活動家バイヤード・ラスティンで、いかにもオスカー好みの役柄ではあるが、こちらは作品自体の評価が伸び悩んでいる。尤も、ドミンゴの演技は絶賛一色で、もしこれに作品の評価が追いついていたら容易に1枠を手にしていたのだろうが…。ただし、重要4賞すべて候補入りしたとしても、それはオスカーでの候補入りを確実にするものではないということはよく知られており、最近ではカトリーナ・バルフ(ベルファスト)やレディー・ガガ(ハウス・オブ・グッチ)がそのことをよく示している。となるとドミンゴは作品評価の低さも相まってディカプリオと接戦の状態にあると言ってよい。個人的には結局ディカプリオがオスカーで顔を見せると踏んでいるのだが…。
また、伏兵として作品が上昇気流に乗っているバリー・コーガン(Saltburn)とアンドリュー・スコット(All of Us Strangers)を挙げておこう。特にスコットはオスカー級の演技であり2023年を代表する名演だと太鼓判を押されていたのだが、蓋を開けてみれば当落選上どころか落選の気配濃厚の立ち位置にいるのは非常に嘆かわしい。更に英国作品を優遇するBAFTAでまさかの候補漏れを喫してしまったのだ。無念としか言いようがない。ところで、前述のドミンゴとスコットはどちらもオープンリーゲイの役者であり、ふたりが今回演じたのもゲイ男性の役柄だ。これは、映画史や賞レース史においては非常に重要な表象の事例であり、マイノリティの役者たちの雇用機会の平等の問題に関わる重要な事例でもある。こうした事例をオスカーが見逃すということがあれば非常に残念でならない。
実は『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』でオスカーの候補入りを果たしたときもSAGで候補漏れを喫したディカプリオが来るか、ドミンゴが「オープンリーゲイの役者がゲイ男性の役柄を演じた事例」として2度目のノミネーションを果たすか、もしくはスコットが奇跡的な大逆転を遂げるか、大いに注目したい。
主演女優賞 Best Actress
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・リリー・グラッドストーン - Killers of the Flower Moon
・エマ・ストーン - Poor Things
・マーゴット・ロビー - Barbie
・ザンドラ・ヒュラー - Anatomy of a Fall
・グレタ・リー - Past Lives
主演女優賞も主演男優賞同様、ふたりのコンテンダーが熾烈な争いを繰り広げている。リリー・グラッドストーンとエマ・ストーンのことだ。受賞もこの二人のうちどちらかになることは間違いなく、もちろん候補落ちはあり得ない。様々なところで言われていることだが、このレースの構図、どこかで見覚えがないだろうか。そう、昨年度のミシェル・ヨーとケイト・ブランシェットの世紀の大接戦と状況が酷似しているのだ。どちらも、アメリカ映画界が歴史的に軽視してきたnon-whiteの女優と実力も名声も十分に備えたwhiteの女優の戦い。昨年度の争いの顛末に鑑みると、今年はグラッドストーンか…というのは時期尚早。
残りは3枠となるが、この3枠を巡ってここ数年でも凄まじいほどの大激戦が繰り広げられている。一気に紹介する。キャリー・マリガン(Maestro)、ザンドラ・ヒュラー(Anatomy of a Fall)、グレタ・リー(Past Lives)、マーゴット・ロビー(Barbie)、アネット・ベニング(Nyad)、ナタリー・ポートマン(May December)、アーンジャニュー・エリス(Origin)だ。このうち、SAG、CCA、GG、BAFTAの重要4賞すべて指名を受けたのは、ロビーとマリガンだけだ。だからと言ってこの二人を予測するのは、極めて短絡的だ。上記の女優たちを前哨戦の成績順に並べると、上位3名は、ロビー、マリガン、ヒュラーとなる。そして、4番手にリーがいる。リーは批評家から猛烈に愛されたのだが、肝心のSAGとBAFTAを落としてしまったのが痛い。このまま上位3名に席を譲ってしまうのだろうか。いやいや、ここまでの激戦ゆえ、どのようなサプライズが起きても、どのような逆転が起きてもおかしくない。上位3名で雲行きが怪しいのはマリガンではないか。対象作のBUZZが縮小していて、マリガンの戦績も重要4賞こそひとつも漏らさなかったが批評家賞での成績は伸び悩んでいるのだ。リーとは全く比べ物にならないほどに。そうすると、少しの票移動に足をすくわれる可能性が非常に高い。対象作自体の愛され具合からしても、リーはオスカーへの切符を諦めるべきではないだろう。
最後にアーンジャニュー・エリスについて補足をしておきたい。エリスは『ドリームプラン』で助演女優賞にノミネートされたことが記憶に新しいヴェテラン。今年度はエヴァ・デュヴァーネイの『Origin』の演技をもって賞レースに参戦しているのだが、前哨戦の成績は全く振るわず、このままフェードアウトするかに思われていた。しかし、アンジェリーナ・ジョリーなどによって「草の根運動」的なキャンペーンが展開され、それはまるで昨年度のアンドレア・ライズボロー(トゥ・レスリー)のようだと噂されている。ライズボローに対するキャンペーンは大いに物議を醸したが、「今年のライズボロー」はエリスなのではないかという声が上がっているのだ。それゆえその動きを注視すべき存在ではある。しかし、個人的にはライズボローのときほどの声の大きさは全く感じない。
助演男優賞 Best Supporting Actor
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・ロバート・ダウニー・ジュニア - Oppenheimer
・ライアン・ゴズリング - Barbie
・ロバート・デ・ニーロ - Killers of the Flower Moon
・ウィレム・デフォー - Poor Things
・チャールズ・メルトン - May December
スターリング・K・ブラウン(American Fiction)、ドミニク・セッサ(The Holdovers)
非常に悩ましい部門のひとつだ。まず、上位ふたりはすんなりと候補入りを果たすだろう。ロバート・ダウニー・ジュニアとライアン・ゴズリングだ。ダウニー・ジュニアは、これまで2度オスカー候補経験があるが、前回が『トロピック・サンダー』での助演男優賞候補であるので実に15年ぶりの候補入りということになる。アイアンマンにキャリアの少なくない時間を割いてきた名優だ。そして今最も助演男優賞の栄冠に近い俳優でもある。一方ゴズリングはサマーシーズンの特大ヒット作『バービー』でケンを演じ、哀れで滑稽でほんの少しの愛おしさを併せ持つ役柄を有り余る喜劇センスで演じきった。また、ロバート・デ・ニーロも当初想定されていた以上には伸びなかったが、重要4賞全て候補入りを果たしたことは頼もしいし、何よりオスカーの助演部門はヴェテランが強い傾向にある。それでは残り3枠ということになる。この部門の残り3枠が悩ましいのは次の2点においてだ。
①『哀れなるものたち』から候補入りするのはマーク・ラファロかウィレム・デフォーか、あるいはW候補or落選となるか
②チャールズ・メルトン(May December)は候補入りを果たせるのか
まず、ひとつめについてだが当初『哀れなるものたち』から候補入りを果たすのはラファロの方だと思われていた。作品がヴェネツィアでプレミアを迎えた時にBUZZが沸騰したのはラファロであったし、事実、前哨戦でもその成績は雲泥の差でラファロとデフォーの間には大きな溝がある。ただし、なぜデフォーについて議論しなければいけないかと言うと、デフォーはSAGで指名を受けたからだ。しかも、ラファロを差し置いて。これはデフォーが同業者から熱い支持を得ている証左だろうか。勿論、ラファロとデフォーがW候補を達成する可能性はまだ残されている。しかし、そう予測するのには躊躇いがある。チャールズ・メルトンの存在が不気味だからだ。
メルトンが演じるのは少年だった頃に23歳年上の女性と性的な関係を持つことになってしまう役柄。カンヌで作品がプレミアを迎えた時からすでにその演技は話題になっていたのだが、そのBUZZはどうやら賞レースシーズンまで持続したらしく前哨戦ではダウニー・ジュニア、ゴズリングに次ぐ3番手の位置につけている。そして、メルトンはただ地方の批評家賞で勝利を積み重ねただけではなく、ニューヨークと全米映画批評家協会賞というふたつの最重要の批評家協会賞で上位2名を制して戴冠を果たしているのだ。重要賞ではGGとCCAでは指名を受けたが、SAGでは候補漏れし、BAFTAではそもそもロングリストにすら入れないという事態に直面しており、彼の立ち位置をどう分析するべきかが非常に難しい。これまで批評家に愛されて終わり、というタイプのコンテンダーは幾度となく現れてきたが、メルトン彼らと決定的に違うと感じるのは、対象作が俳優部門以外でも候補入りする可能性があるということだ。トニ・コレット(ヘレディタリー)もルピタ・ニョンゴ(アス)もアダム・サンドラー(アンカット・ダイヤモンド)もそうではなかった。しかし、BAFTAでの対象作の冷遇はやはり気になり、いずれにせよ落選寄りの当落線上にいることは間違いないだろう。
また、もうふたり番狂わせを演じる可能性がある俳優としてスターリング・K・ブラウン(American Fiction)とドミニク・セッサ(The Holdovers)を挙げておこう。ブラウンはSAGとCCAで指名を受けた。SAGではラファロより票を獲得したことになるが、ブラウンのSAGでの候補入りは彼がSAGお気に入りの俳優であることが主要な要因であるように思う。彼はこれまでテレビシリーズを中心に活躍してきた役者で、代表作『This Is Us』でブラウンは個人として5度もSAGで候補入りを果たしているのだ。SAGからの信頼と寵愛は揺るがない。そのような事情からSAGではラファロより票を集めたと分析することが可能だが、オスカーでも同様の現象が起こるかは疑わしい。またセッサはBAFTAで指名を受けた。共演のランドルフは助演女優賞の受賞がほぼ確実で、ジアマッティも主演男優賞を狙える位置にいるセッサはその勢いに引っ張られる形で最後の1枠を狙う。ブラウンよりも可能性が高いとみていいのではないか。
ふたりのW候補が期待される場合、よりヴェテランに票が流れるという近年の傾向(例えばカトリーナ・バルフよりジュディ・デンチへ、ポール・ダノよりジャド・ハーシュへ、という事例)とSAGの結果を重視してデフォーを選択し、ラファロが落選する代わりにメルトンが「真に素晴らしい演技」として評価されると予測したい。
助演女優賞 Best Supporting Actress
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・ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ - The Holdovers
・ダニエル・ブルックス - The Color Purple
・エミリー・ブラント - Oppenheimer
・ジョディ・フォスター - Nyad
・ジュリアン・ムーア - May December
今年の助演女優賞の受賞者はすでに決まっていると断言してよいだろう。ダヴァイン・ジョイ・ランドルフがその人だ。『ルディ・レイ・ムーア』における好演で映画ファンに広く名前を知られたランドルフがアレクサンダー・ペインの新作で演じるのは、息子を戦地で亡くしたばかりの学校の調理長だ。作品がテルライドでプレミアを迎えるや否やその演技が激賞され、その興奮は賞レース開幕まで持続し、前哨戦総なめという形となって現れた。重要4賞全て候補入りを果たしたのは勿論、ニューヨーク・ロサンゼルス・全米の三大批評家協会賞を制覇し、他を寄せつけない圧倒的強さを見せている。しかし、受賞予想は容易でもノミネーション予想が非常に難しいのがこの部門の厄介なところ。
ランドルフと同じく重要4賞全て指名を受けたのは、エミリー・ブラントとダニエル・ブルックスで、前者は対象作が作品賞レースの本命であることから候補までは問題ないだろうし、後者も前哨戦の結果を踏まえれば予想に入れるのが妥当な判断だ。残りは2枠だが、この2枠を巡って鎬を削るコンテンダーを一挙に紹介する。ジョディ・フォスター(Nyad)、ペネロペ・クルス(Ferrari)、ジュリアン・ムーア(May December)、ザンドラ・ヒュラー(The Zone of Interest)、レイチェル・マクアダムス(Are You There God? It's Me, Margaret.)、アメリカ・フェレーラ(Barbie)、ロザムンド・パイク(Saltburn)、クレア・フォイ(All of Us Strangers)だ。このうち重要4賞のうち1つのみの指名もしくはいずれにも指名されなかったマクアダムス、フェレーラ、フォイは分が悪いか。マクアダムスなど批評家賞での寵愛が凄まじいのだが(ロサンゼルスも制覇している!)、肝心の重要4賞全て候補入りを逃したのは痛い。せめてCCAでは候補入りを果たしているべきだった。また、ヒュラーはBAFTAのみの指名ではあるが対象作がオスカーで大いに健闘しそうな気配があり、ヒュラーがそれに乗じた形でのノミネーションを獲得する可能性は高い。フォスターとムーアの共通点はどちらも業界からの信頼が厚い大ヴェテランであり、前回のノミネーションからかなりブランクが空いているということだ。ノミネートされれば、ムーアは『アリスのままで』で主演女優賞を獲得して以来およそ10年ぶり、フォスターに関しては約30年ぶりのノミネーションとなる。長らくオスカーから遠ざかっていたヴェテランふたりの候補入りを見たいという声があっても何らおかしくはない。ちなみにフォスターはBAFTA以外の3賞で候補入りを果たし、ムーアはCCAとGGで指名を受けているがSAGを逃してしまっている。フォスターは安全圏に近づきつつあるが、ムーアは対象作がどの程度オスカーで愛されるかが未知数ゆえ不安要素の方が多い。ムーアが落としたSAG でサプライズ候補入りを果たしたのがペネロペ・クルスだ。クルスは2年前に『パラレル・マザーズ』で重要4賞全てでノミネーションを逃しながらオスカーで指名を受けるという大逆転を成し遂げた人物だ。それを考えると会員人気が高いことは容易に想像がつく。それゆえに今回も同様のサプライズが起こることを予測するメディアが多いが、前回とは事情が違うように思えてならない。前回のクルスは、盟友であるアルモドヴァルの作品で主演を務め、しかもヴェネツィアでの女優賞受賞そしてアメリカ賞レースにおいては全米とロサンゼルスの二つを制しているなど、伏線は至る所に張られていたと言ってよい。それに比べると、今回はマイケル・マンによる対象作の作品評価は伸びきっておらず映画祭含む前哨戦での受賞数もゼロなのだ。そうするとSAGで指名を受けたからと言ってムーアやヒュラーよりも頭ひとつ飛び抜けているとは言えない状況だ。また、パイクは対象作がアメリカで話題沸騰中とのことだが、作品の支持票がパイクに流れるとは想像しにくい。ヴェテランが強い助演部門でよりヴェテランが票を集める、という近年の流れに乗る形で予想は上記5名としたい。
脚本賞 Best Original Screenplay
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・The Holdovers
・Past Lives
・Anatomy of a Fall
・May December
・Saltburn
『The Holdovers』『Past Lives』『Anatomy of a Fall』の上位3作品の候補入りはほぼ確実と言ってよく、落選は全く考えられない。そして、4番手で快走した『May December』も、作品がどれほどオスカー会員の間で認められているかといった問題はあるものの、他に強力なコンテンダーがいない中での落選はないだろう。となると最後の1枠が問題だが、筆者としては『Maestro』と『Saltburn』の戦いになると予測している。前哨戦の成績をそのまま反映するなら前者なのだが、少しでも不安要素のあるコンテンダーは他のコンテンダーに席を奪取される可能性が高い。そうなるとアメリカで話題沸騰中の『Saltburn』がここで顔を出すのではないかと予想。CCAで指名を受けた『Air』という線もまだ消えてはいないのだが…。
脚色賞 Best Adapted Screenplay
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・Oppenheimer
・Killers of the Flower Moon
・Poor Things
・Barbie
・American Fiction
この部門に関しては、『Barbie』(と『Origin』)が脚本賞ではなく脚色賞の対象となることが発表された。そしてその『Barbie』を含む『Oppenheimer』『Killers of the Flower Moon』『Poor Things』『American Fiction』のBIG5がそのままオスカーでも候補入りするのではないかというのが最も確実性の高い予測である。
脚色賞における重要賞をGG、CCA、BAFTAに加え、USC Scripter Awardsだとすると、これら重要4賞すべて候補入りを果たしたのは『Oppenhimer』と『Poor Things』で、この2作品はやはり安泰と見ていいだろう。また、『Barbie』がUSC Scripterを落としたのは脚本の性質上全く仕方がなく(というより対象ではないのではないか)、脚本と脚色が未分化状態のGGを『American Fiction』が落としたことも大した問題ではないだろう(それにCCAでは受賞も果たしている)。気掛かりなのは『Killers of the Flower Moon』で、BAFTAを落としたのはどういうわけか。BAFTAでは『All of Us Strangers』と『The Zone of Interest』が指名を受けたが、『Barbie』を抜いた4作品の次点に位置していると考えられていた前者に関しては、USC Scripter で『Origin』に席を奪われており、そうすると結局作品賞&監督賞のW候補を達成するだろう『Killers of the Flower Moon』の脚色賞候補を阻止するだけの力はないと見ていいのではないか。個人的に『All of Us Strangers』はかなり応援しているのだけれど…。
撮影賞 Best Cinematography
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・ホイテ・ヴァン・ホイテマ - Oppenheimer
・ロドリゴ・プリエト - Killers of the Flower Moon
・ロビー・ライアン - Poor Things
・マシュー・リバティーク - Maestro
・ウカシュ・ザル - The Zone of Interest
略称:ASC=アメリカ撮影監督組合賞、BSC=イギリス撮影監督組合賞
昨年のこの部門は予想屋たちを悩ませるような混沌としたレース展開だったのだが、今年は一転し、明確なBIG4がいて残り1枠をどうするかという実にシンプルな状況となっている。BIG4を列挙すると、『Oppenheimer』『Killers of the Flower Moon』『Poor Things』『Maestro』となる。この4作品は重要4賞(ASC、BSC、CCA、BAFTA)でも揃って候補入りを果たしている。最重要のASCでは上記4作品に加えてパブロ・ララインの『El Conde』がサプライズ候補入りを果たしたが、ASCからは通例1作品が脱落するため、『El Conde』はオスカーまで手が届きそうにない。残り1枠を巡っては『The Zone of Interest』『Saltburn』『Barbie』の争いになるだろう。『Barbie』の撮影を担当したのはロドリゴ・プリエトだが、プリエトは『Killers of the Flower Moon』で候補入りが確実なため、『Barbie』に票は流れないと見ている。『Saltburn』の撮影はリヌス・サンドグレンでこれまた名手だが、それよりもこの部門は非英語作品との親和性が高く、例えば『ROMA/ローマ』『COLD WAR』『イーダ』『ある画家の数奇な運命』『グランド・マスター』などがこれまでに指名を受けてきた。そして、このうち『COLD WAR』『イーダ』のパヴェウ・パヴリコフスキ作品で撮影を担当したのがウカシュ・ザルで、今年は『The Zone of Interest』の撮影を担当しているのだ。そう、そういうことである。
編集賞 Best Film Editing
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・Oppenheimer
・Killers of the Flower Moon
・Barbie
・The Holdovers
・Anatomy of a Fall
編集賞は少し前までは作品賞を受賞する必須条件と考えられていたが、近年は例外的な事例も出てきており(例えば『コーダ』)、以前と比べ相対的にその重要度は若干低くなってきているかもしれない。しかしそれでも作品賞と親密関係にあることは間違いなく、過去15年を分析してみても全候補作75作品のうち、作品賞候補ではない作品は5作品のみとなっている。今年作品賞レースの中心にいるような作品はこの部門を落とすべきではなく、そうすると『Oppenheimer』『Killers of the Flower Moon』は候補入りすると見ていいだろう。前者の編集を担当したのはジェニファー・レイムで、ノア・バームバック作品などの編集を手がけてきた女性エディターだ。ノーランとは『TENET』に続くタッグとなる。後者は説明不要の名エディターのセルマ・スクーンメイカーで、スコセッシ作品は彼女の編集抜きには語れない。スコセッシの作品に彼女の編集あり、だ。残り3枠を狙うコンテンダーは予想に入れた3作以外にも『Poor Things』(CCA)『Maestro』(CCA)もしくは『The Zone of Interest』(BAFTA)がある。この中で作品そのものに勢いのある『Poor Things』の編集は、予想した『Barbie』『The Holdovers』『Anatomy of a Fall』のいずれかと入れ替わってもおかしくはない。果たして。
美術賞 Best Production Design
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・Oppenheimer
・Poor Things
・Killers of the Flower Moon
・Barbie
・The Zone of Interest
今年の美術賞には強力なBIG4がいる。それが『Oppenheimer』『Poor Things』『Killers of the Flower Moon』『Barbie』で、ADG(組合賞)、CCA、BAFTAをコンプリートしている。5番手に『Asteroid City』(BAFTA落選)がつけていて、6番手以降とは大きな隔たりがあるためそのまま予想に入れたいところなのだが…しかし、ウェス・アンダーソン作品といえば、2年前の賞レースで、前哨戦を快走していた『フレンチ・ディスパッチ』がまさかの落選の憂き目にあった過去を思い出す人も多いのではないか。アンダーソン作品における美術装置は通底するスタイルが一貫しており、それに対するプロダクション・デザイナー/セット・デコレーターたちの評価はさほど芳しいものではないのではないか。そうすると、『Asteroid City』も同じ轍を通る可能性が大きいというわけだ。そこで『Asteroid City』が落としたBAFTAで指名を受けた『The Zone of Interest』を予想に入れた。『Napoleon』の線ももちろんあるのだが、そうすると筆者の衣装デザイン賞予想のラインナップと完全に一致してしまうのだ。美術賞と衣装デザイン賞のラインナップが完全一致する例は過去15年だけ見ても一度もないのだ。
衣装デザイン賞 Costume Design
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・Oppenheimer
・Poor Things
・Killers of the Flower Moon
・Barbie
・Napoleon
美術賞でも強さを発揮した『Oppenheimer』『Poor Things』『Killers of the Flower Moon』『Napoleon』の4作品がこの部門でも認められそうだ。しかし、『Oppenhimer』のみ若干が不安に残る。CDGとBAFTAでこそ指名を受けたものの、衣装自体の評価が抜群に高いわけではなさそうなのだ。ただ、対象作のパワーが圧倒的なため、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が美術賞に食い込んだような形で結局候補入りするとは思うのだが…。残り1枠はCDG(組合賞)、CCA、BAFTA全てで指名を受けた『Napoleon』を予想した。結局、ピリオド(時代)物はこの部門でめっぽう強いのだ。番狂わせを起こすなら『The Color Purple』だろうが、組合賞での候補漏れが不穏だ。
作曲賞 Best Original Score
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・ルドウィグ・ゴランソン - Oppenheimer
・ロビー・ロバートソン - Killers of the Flower Moon
・イェルスキン・フェンドリックス- Poor Things
・ダニエル・ペンバートン - Spider-Man: Across the Spider-Verse
・ミカ・レヴィ - The Zone of Interest
略称:HMMA=Hollywood Music in Media Awards
SCL=The Society of Composers & Lyricists Awards
この部門は『Oppenheimer』のスコアを手がけたルドウィグ・ゴランソンが独走しており、GG、CCAも危なげなく獲得、向かう所敵なしの状態だ。ちなみにゴランソンは『ブラックパンサー』でオスカー獲得済みである。ゴランソンに唯一太刀打ちできていたのが『Killers of the Flower Moon』のロビー・ロバートソンだ。そしてこれに『Poor Things』と『Spider-Man: Across the Spider-Verse』を加えた4作品が上位4作で、オスカーでも揃って指名を受ける可能性が非常に高い。ちなみに、個人的には『Poor Things』のスコアが素晴らしい出来であるため受賞さえしてほしい。
残り1枠は多くの作品に開かれた流動的な枠だ。『The Boy and the Heron(君たちはどう生きるか)』(SCL, GG)、『American Fiction』(HMMA, SCL)、『Barbie』(HMMA、CC)、『Saltburn』(HMMA, SCL, BAFTA)、『The Zone of Interest』(HMMA, SCL, GG)、『Society of the Snow』(CC)。そしてここに巨匠ジョン・ウィリアムズの『Indiana Jones and the Dial of Destiny』を加えてもいいかもしれない。このうち前哨戦で最も健闘していたのは『The Zone of Interest』だが、BAFTAでの候補漏れが気掛かりだ。そして何よりもジョン・ウィリアムズが不気味だ。オスカーの音楽分科会は『スター・ウォーズ』続三部作全てでウィリアムズを指名してきたわけで、その敬愛ぶりは凄まじい。それゆえに今回も前哨戦では全く指名されることがなかったウィリアムズが候補入りしても不思議ではない。それを言うと同じく巨匠と言ってよいトーマス・ニューマンが『パッセンジャー』の時のように『Elemental』でサプライズ候補入りする可能性もなきにしもあらず。
また、若干だが『Spider-Man: Across the Spider-Verse』に落選の匂いを感じていることを追記しておきたい。
歌曲賞 Best Original Song
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・“I'm Just Ken” from Barbie
・“What Was I Made for?” from Barbie
・“Road to Freedom” from Rustin
・“The Fire Inside” from Flamin’ Hot
・“Quiet Eyes” from Past Lives
"Keep It Movin'" from the Color Purple
まず、HMMA、SCL、CCA、GGの全てで候補入りを果たした「I'm Just Ken」(Barbie)「What Was I Made for? 」(Barbie)「Road to Freedom」(Rustin)は予想に入れて問題ないだろう。同じく『Barbie』からは「Dance the Night」(Barbie)がCCAとGGで候補入りを果たしたが、さすがに1作品から3曲は入れ過ぎだと見る向きがありそうだ。そして実際、前哨戦成績では上記2曲に比べて遅れをとっている。また、歌曲賞のメリル・ストリープことダイアン・ウォーレンが手がけた「The Fire Inside」は今回も候補入りを果たすだろう。いくら対象作の知名度や評価が低くてもしっかりと候補入りするのがウォーレンの凄まじいところなのだ。そして残り1枠は「It Never Went Away」(American Symphony)や「Keep It Movin'」(The Color Purple)もしくはHMMAを受賞した「Can’t Catch Me Now」(The Hunger Games: The Ballad of Songs and Snakes)(オリヴィア・ロドリゴが手がけている!)など群雄割拠ではあるが、「作品評価が極めて高い作品のスローテンポの楽曲は強い」という持論から「Quiet Eyes」(Past Lives)を入れてみたい。
音響賞 Best Sound
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・Oppenheimer
・Killers of the Flower Moon
・Mestro
・Ferrari
・The Zone of Interest
略称:MPSE:音響編集監督組合賞
CAS:録音監督組合賞
MPSE、CAS、BAFTAの全てで候補入りしたのが、『Oppenheimer』『Maestro』『Ferrari』で、この3作品の落選は考えにくいだろう。特に受賞に最も近い『Oppenhimer』がこの部門を落とすことは考えられない。また、高度なサウンドデザインやミキシングが要求される音楽映画や戦争映画、カーレース映画などはこの部門に強く『Maestro』『Ferrari』はその特徴にも合致する。残りの2枠だが、作品の勢いに乗じてMPSEとCASで指名を受けた『Killers of the Flower Moon』、そして音響が作品の最も重要な要素らしい『The Zone of Interest』(MPSE, BAFTA)を予想した。
メイキャップ&ヘアスタイリング賞 Best Makeup&Hairstyling
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・Oppenheimer
・Poor Things
・Maestro
・Golda
・Society of the Snow
MUAHG(組合賞)、CCA、BAFTAの全てで候補入りを果たした『Oppenheimer』『Poor Things』『Maestro』だ。『Maestro』はブラッドリー・クーパーに施された鼻のメイキャップがユダヤ人への偏見を助長するものだという批判があり、そこのところが有耶無耶なままになっている感がある。無論当事者の意見は尊重されるべきだが(バーンスタインの遺族がコメントを発表している)、不十分な意見に対して第三者が自身の特権性を理解した上で慎重に反駁することは十分に可能であることを断っておきたい。
本題からは逸れたが、残り2枠はMUAHGで最重要の部門である「Best Special Makeup Effects」に候補入りしヘレン・ミレンを変身させた『Golda』、それから戦争映画などにおける負傷した傷や汚れなどのメイキャップが認められやすいこの部門ゆえ『The Society of the Snow』を予想しよう。
視覚効果賞 Best Visual Effects
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・The Creator
・Godzilla Minus One
・Guardians of the Galaxy Vol. 3
・Spider-Man: Across the Universe
・Society of the Snow
前哨戦をリードしたのは『The Creator』と『Godzilla Minus One』だった。特に前者はVES(組合賞)、CCA、BAFTAをコンプリートしている。しかし、後者は批評家賞で『The Creator』と同等の勝ち星をあげているのだが、肝心の重要賞での候補入り(CCAとBAFTA)を逃してしまっているのだ。またVESもメインの部門で候補入りすることができていない。それゆえ候補確実とはまだ言い難く、最後の1、2枠を争う形になるだろう。『Godzilla Minus One』よりも安泰なのは『Guardians of the Galaxy Vol. 3』か。残りの席を巡っては『Spider-Man: Across the Universe』『Society of the Snow』『Poor Things』などが熾烈な争いを繰り広げている。この中で作品賞候補がほぼ確実の『Poor Things』は、作品の勢いに乗じてこの部門も押さえたいところだが、何せVES でシャットアウトを食らってしまったのが痛い。CCAやBAFTAで指名を受けていたとしても、落選の予兆なのではないかと見ているのだが…。
長編アニメーション映画賞 Best Animated Feature Film
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・Spider-Man: Across the Universe
・The Boy and the Heron
・Nimona
・Elemental
・Teenage Mutant Ninja Turtles: Mutant Mayhem
昨年度のこの部門は『ジェイコブと海の怪物』がサプライズ候補入りを果たしたが、それは明確な有力候補が存在しなかった最後の1枠を巡って票が割れたためであると分析している。そして、今年のこの部門は明確なBIG5(=上位5作品)が存在していて、6番手との間には大きな壁がある。それゆえ、大きなサプライズは起こることなくその5作品がオスカーでもそのまま指名を受けると見ている。5作品のうち、受賞は『Spider-Man: Across the Universe』と『The Boy and the Heron』のどちらかになるだろう。また、もし番狂わせがあり落選するとしたら『Teenage Mutant Ninja Turtles: Mutant Mayhem』だと思われるが、その場合その席に座るのはインディペンデント・アニメ『Robot Dreams』あるいは日本からアニー賞で作品賞候補という大金星をあげた『Suzume(すずめの戸締まり)』だろうか。
長編ドキュメンタリー映画賞 Best Documentary Feature Film
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・American Symphony
・20 Days in Mariupol
・Beyond Utopia
・Four Daughters
・The Eternal Memory
略称:
IDA=The IDA(International Documentary Association)Documentary Awards
CDH=Cinema Eye Honors
今年の長編ドキュメンタリー映画賞レースはBIG4(上位4作品)が牽引してきた。『American Symphony』『20 Days in Mariupol』『Beyond Utopia』『Still: A Michael J. Fox Movie』だ。この上位4作品はそのまま候補入りを果たせるだろうか。そう聞くということは、答えは否なのだが。BIG4のうち圧倒的な力を見せたのは『Still: A Michael J. Fox Movie』で、最も勝ち星をあげている。つまりフロントランナーだ。しかし、オスカーのドキュメンタリー分科会はどういうわけだかレースのフロントランナーをSnubする傾向にあり、加えて映画界や音楽界などのエンタメ界の名士を追いかけるドキュメンタリーを冷遇しがちだ。このふたつの特徴に合致する『Still: A Michael J. Fox Movie』は落選してしまうのではないか、という読みだ。ということで残り2枠は例年通り非常に流動的な枠となっている。カウテール・ベン・ハニアが手がけたカンヌ・コンペ出品作『Four Daughters』は、国際長編映画賞のショートリストにも残っており、国際長編映画賞と同賞は親和性が高いことから予想に組み込んだ。予想に組み込んだ作品の他にIDAとCEHの両方で候補入りを果たした『Going to Mars: The Nikki Giovanni Project』、IDAで受賞を果たしDGAでも候補入りを果たした『Bobi Wine: The People's President』なども名前を挙げておきたいコンテンダーである。
国際長編映画賞 Best International Feature Film
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・The Zone of Interest🇬🇧
・20 Days in Mariupol🇺🇦
・Society of the Snow🇪🇸
・Fallen Leaves🇫🇮
・Tótem🇲🇽
まず、『Anatomy of a Fall』が同賞の選考対象外の今、最も受賞に近く、作品賞候補も狙える位置にいる『The Zone of Interest』の候補落ちはあり得ないだろう。筆者がこの部門の候補予想をする際に注意しているのは、「ヨーロッパの作品:その他の地域の作品(特にアジア(西アジアを含む)、アフリカ、中南米)=3~4:2~1」となるようにすることだ。今年の予想は上記の通りだが、アジア/アフリカ地域からの作品が1つもないのが気掛かりで、どちらの地域の作品もないラインナップはここ10年で1度だけなのだ。となると、日本代表の『Perfect Days』にも可能性が出てくるわけだが、対象作は批評が抜群によいわけではなく、決め手に欠ける。批評家賞では健闘していたものの、監督のヴィム・ヴェンダースのネームバリューに引っ張られていたに過ぎないという分析も可能だろう。また、近年長編ドキュメンタリー映画賞との親和性が高い同賞ゆえ(『FLEE』『コレクティブ 国家の嘘』『ハニーランド 永遠の谷』)、『20 Days in Mariupol』を予想に入れたが、これまでのドキュメンタリー作品とは性質が異なるのが不安要素だ。
作品別ノミネーション数予想
*原則2部門以上のみ表記。1部門のみの作品は主なもののみ。
・Oppenhimer(13部門):作品、監督、主演男優、助演男優、助演女優、脚色、撮影、編集、美術、衣装デザイン、作曲、音響、メイキャップ&ヘアスタイリング
・Killers of the Flower Moon(12部門):作品、監督、主演男優、主演女優、助演男優、脚色、撮影、編集、美術、衣装デザイン、作曲、音響、
・Poor Things(10部門):作品、監督、主演女優、助演男優、脚色、撮影、美術、衣装デザイン、作曲、メイキャップ&ヘアスタイリング
・Barbie(9部門10ノミネート):作品、監督、主演女優、助演男優、脚色、編集、美術、衣装デザイン、歌曲×2
・Past Lives(4部門):作品、主演女優、脚本、歌曲
・The Holdovers(5部門):作品、主演男優、助演女優、脚本、編集、
・American Fiction(3部門):作品、主演男優、脚色、
・The Zone of Interest(7部門):作品、監督、撮影、美術、作曲、音響、国際長編
・Anatomy of a Fall(4部門):作品、主演女優、脚本、編集、
・Maestro(5部門):作品、主演男優、撮影、音響、メイキャップ&ヘアスタイリング
・May December(3部門):助演男優、助演女優、脚本、
・The Color Purple(1部門):助演女優、
・Saltburn(1部門):脚本、
・Napoleon(1部門):衣装デザイン、
・Ferrari(1部門):音響、
・Society of the Snow(3部門):メイキャップ&ヘアスタイリング、視覚効果、国際長編
・Spider-Man: Across the Spider-Verse(3部門):作曲、視覚効果、長編アニメーション
・20 Days in Mariupol(2部門):長編ドキュメンタリー、国際長編