振り返った時に笑える人生でいいんじゃない?
人生は選択の連続である。
日常的な小さなものから、人生を変えうる大きなものまで、毎日沢山の選択をしながら生きている。
僕は今、ワーホリ制度を利用してスペインに住んでいる。
そして「美食の街」と言われるサンセバスチャンのバルで働いている。
スペイン語も話せない、飲食業も未経験。
無力の僕を採用してくれたバルにはとても感謝している。
さらに陽気で個性豊かな同僚や夜中まで一緒に飲み歩きをしてくれる友人もできた。新しい出来事に溢れた毎日は、刺激的で充実している。けれど時々、迷う。
「本当にこの道を選んで良かったのだろうか?」
田舎生まれの田舎育ち。
四季折々の自然とあたたかいご近所さんに囲まれ、毎日、野球ボールと昆虫を追いかけていたわんぱく少年も気づけば20代後半に差し掛かった。
周りは、結婚や出産、仕事での昇格、新居の購入など、20代中盤から後半にかけて、人生の転換期を迎える人が多い。
特に最近は、身近な友人のめでたい報告が続いて嬉しい。
SNSで流れてくる幸せそうな写真や動画の数々にほっこりしながら、ふと思う。
「あれ、なんか僕、取り残されてない?」
周りが急激に人生の階段を上っている中、
僕は今、人生の何段目にいるのだろうか…と考える。
きっと答えはないのだろうけれど、どうしても周りと比べてしまう。
スペイン語で自分の意思が伝えられない、仕事もスムーズにできない。
自分なりに必死に食らいつきながらやっているつもりでも、できないことが続くと、自分の選択に自信が持てなくなってしまう。
自問自答の沼にハマり、うつむく日が続いていたが、ある1冊の本を読み、僕の心は前向きに変わった。
転機となった本との出会い
著者は、日本を代表するフランス料理人で、
東京「コート・ドール」のオーナーシェフをつとめる斉須政雄さん。
僕が料理に興味を持ち始めた頃、知人の紹介でこの1冊と出会う。
「調理場」に対する憧れやワクワク感と共に、「戦場」という重みのある言葉に少しの恐怖感を持ちながら、手に取ったことを覚えている。
斉須さんは、1973年、23歳で単身フランスに乗り込む。
フランスで合計6店舗、12年間レストランで働き、日本に帰国後、自らレストランを開く。
何度も擦り切れそうになりながらも戦い抜いた経験から絞り出した言葉。
一文一文から圧倒的な熱量を感じ、少し汗ばむくらい自分も熱くなる。
この本は時短レシピ本や自己分析ができるビジネス本でもない。
情報過多の時代。選択肢の多さに迷う日々の中で、スキルではなく根本の「生き方」に情熱を与えてくれる。
ふと立ち止まり悩んでいるとき、繰り返し読みたくなる本だ。
そして今回は「『調理場という戦場』から何を学んだのか」を僕の実体験を交え、2つのテーマで厳選し紹介したい。
1章:繰り返すことの重要さ
フランス「カンカングローニュ」編での話。
斉須さんが働き始めて4日目、フランス語が話せない中、突然ソース係を任されることになった。レストランにとって重要なソース係。300人近くのお客に対して、厨房はわずか10人。酸欠状態の忙しさの中、味覚の保ち方や常識の転換、見習い時期の重要さを学ぶ。実力主義の世界でどのように認められるか。試行錯誤を繰り返した4年間を振り返ると、「毎日やっている習慣を、他人はその人の人格として認めてくれる」という法則があることを知ったようだ。
ここからは僕の実体験だ。
この本を読んで以来、毎日の「習慣」を意識するようになった。
特に仕事では新しく覚えることばかり。そもそも食材の単語すら知らないことが多いのだから、ゼロというよりマイナスからスタートだ。
食材の仕込みや調理、皿洗いや掃除まで、スピード感のある厨房では、待ちの姿勢で仕事をしていると、当然仕事は任してもらえない。
だんだん存在感が薄れていくような気がして、まずは自分の存在を認識される必要性を感じた。
けれど僕はスペイン語も話せないし、調理スキルもない。
今僕にあるのは…「元気」くらいしかない。
基本的に厨房は、1日8時間は立ちっぱなし。
さらにピーク時は、止まらない注文に頭がパンクしそうになる。
頭と身体をフルで使いながら、自分で自分を鼓舞するしかない。
「よっしゃぁあ!」と声に出し、必死に食らいついていると、それを見て笑う人やマネをする人も現れるようになった。
そして忙しさを一緒に乗り切ると、不思議と厨房に一体感が生まれる。
微力かもしれないけれど、自分がチームの一員になれていることが嬉しかった。
最近では忙しくなり始めたら、気合を入れるためのスペイン語「Venga! Vamos! 」を僕に言わせる謎のノリができた。
同僚から「マサキは元気なやつ」と認識してもらえたのかもしれない。
そして少しずつだが、新しい仕事も任せてもらえるようになってきた。
僕が周りを理解するのと同じように、周りも僕を少しずつ理解していく。
こいつは「元気だ」や「力持ちだ」みたいに泥臭くてもいい。
関係性とは、毎日を繰り返す中でお互いを理解し、築いていくものだと再認識できた。
2章:命には限りがある
東京「コート・ドール」編での話。
フランスのレストランで12年間働いたのち、帰国し、オーナーと共に東京で「コート・ドール」を開業する。バブル絶頂期の経営が流行る中、自分のスタイルを貫き、少しずつ人気店になっていく。開業して6年目、独立を考えていた頃、斉須さんの妹が病気で他界する。その出来事がきっかけで「やりたいことを躊躇していても、命には限りがある」ということ実感し、自らお店をやってみたいと申し出る。話し合いの末、オーナーからお店を譲ってもらい、正式にオーナーシェフとなる。そして開業から36年経った現在も自分のスタイルを貫き「コート・ドール」は続いている。
いつか命は終わるもだと分かっていても、
「自分の命の終わり」を意識する時間は意外と少ない。
テレビやSNSで著名人の訃報のニュースが流れてきても、亡くなったことへの悲しみはあるが、あまりにも自分からかけ離れているため、自分事として深く受け取ることも難しい。
しかし身近な人の死は、命の尊さを「もう出会えない」という形で教えてくれる。
社会人になりたての頃、僕はモノづくりに強く惹かれるようになった。
ひとつひとつの作品には、職人の人生が詰まっている。
その魅力に心を掴まれた僕は、いつしか工房見学が趣味になっていた。
そんな少し渋い趣味を続ける中、ある1人の草木染の職人と出会った。
彼の手仕事の美しさ、自然と真摯に向き合う姿勢、そして温かい人柄に、僕はどんどん引き込まれていった。
暇さえあれば仕事という大義名分を作り、よく会いに行っていた。
毎回2,3時間居座り、後半は仕事と関係のない話をするのが定番。
きっと迷惑だったに違いない。世間知らずの若者が何度も家に来て、貴重な時間を奪うのだから。
前のめりになり過ぎた僕が生意気な質問をしても、嫌な顔一つせず、真っ直ぐ目を見て答えてくれた。
彼の自宅に伺うと不思議と心が落ち着く。
いつも「いらっしゃい」と笑顔で出迎えてくれ、お手製のびわの葉茶を奥さんが入れてくれる。
実家のような安心感で思わず「ただいま!」と大声で言いたくなる。
彼が何を見て、何に触れて、何を感じているのかを知りたくて、弟子にしてくださいと直談判しにいくほど僕は憧れていた。
そんな彼がスペインへ渡航する2ヶ月に病気で他界した。
少し前から体調を崩しているとは聞いていたが、あまりにも突然すぎて、受け止める余裕が無かった。
幸いにも渡航前に別れの挨拶ができ、あっという間に渡航日を迎え、スペインに住み始め、もうすぐ3ヶ月を迎える。
改めて、今思うことを書き留めておきたい。
彼の分まで長く生きれるかどうかは分からない。
けれど彼の分まで今を「精一杯生きる」ことは出来る。
それが僕の使命であり、僕が彼に見せれる姿だ。
最後に会ったのが、今年の春。
自宅で夕食をご馳走してくれた。
いよいよスペインへの渡航が現実味を帯びてきた頃。
僕が新生活に対する不安を口にすると「梅ちゃんは強いから心配せんでええわ!」と励ましてくれた。リズムの良い関西弁といつも通りの笑顔。
行動することでしか解決できない、漠然とした恐怖感。
浮足立っていた心がとても軽くなったのを覚えている。
今でもそのシーンをよく思い出す。
スペインでの新生活は、毎日が新鮮で刺激的。
目まぐるしく過ぎていく時間に取り残されそうになるけれど、「僕は強い」そう自分に言い聞かせて「今」を生きている。
解釈次第で過去は変えられる
斉須さんは本の中で、言葉を「血液」と表現していた。
彼の絞り出した言葉は、生き方を教えてくれる力がある。
生意気かもしれないが、今の自分と重ねながら、この本を読んでいた。
異国で働く心情や「自分なら出来るんじゃないか」と根拠のない自信。
斉須さんの言葉が、僕の「血液」となり、今の僕を支えている。
今までの人生を振り返れば、驚くほどの失敗を繰り返してきた。
先日もバルでビールを1杯頼んだつもりが、うまく伝えられず、ビールとワインが1杯ずつ運ばれてきた。返却したくてもスペイン語が出てこない。隣のおじさんからは「同時に飲むの?」と不思議がられる視線。苦笑いすることしかできず、仕方がなく2杯飲んだ。
スペインに2ヶ月住んでいるのにろくに飲み物の注文もできない。
こんな話をするのも恥ずかしいくらいだが、
こうして失敗を振り返ると、意外にもnoteのネタや笑い話になる。
要は「解釈次第」で過去は変えられるということだと思う。
そう考えると、今までの失敗や人生における選択は、周りと比べるものでもないし、自分を責める必要もない。
誰が何と言おうと自分自身がどう捉えるかが大切。
僕は振り返った時に笑える人生を過ごしたい。
本当は本の紹介をメインにするつもりが、ついつい自分の話ばかり書いてしまった。
構成もバラバラで読みにくいが、もうこれはこれで良い。
読みやすさや綺麗な表現より、自分の気持ちを優先して書いてみたら、意外と気持ちが良い。今回の記事を通して、少しだけ自分のことが好きになれた気がする。
最後までありがとうございました!
こちらサンセバスチャンは朝晩の冷え込みが激しく、上着がないと寒くて外出ができない日が続いています。
先日、初めてサンセバスチャンから飛び出し「ゲタリア」という小さな港町へ行きました。
ゲタリアは魚介料理とチャコリが名物。町中から炭火焼の香ばしい香りがします。絶妙な火加減、こんがりかつジューシーに焼き上げられた魚と程よい酸味のチャコリがとても合います。幸福感で全身ふにゃふにゃになりながら海辺を歩く帰り道も良い。ぜひ、近くまで来た方は行ってみてください。
では、またどこかでお会いしましょう!
Hasta luego!(またね!)