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夕立ちの日に
まるで、他人が話しているのを、側から眺めているかのようだった。
自分の前に、漫画みたいな吹き出しすら見える。
……
窓の外には、珍しくグレイの雲が低く垂れ込めるのが見えた。
久しぶりに雨が降るようだ。
オフィス街のショッピングモールにある、その和食レストランは、昼時を迎えてかなり混んでいた。
東京のど真ん中ならではの価格だが、ボリュームがあるし、料理のあしらいもきれいなので、人気がある店だ。
「本日の定食を二つください。お魚の方を。」
「私はお肉にします。」
ようやく店員さんをつかまえてオーダーを済ませ、ホッとすると、何となく座りが悪いことに気づいた。そわそわする。
目の前に座っている職場の先輩が口を開いた。
「どう?もう仕事は慣れた?
大変だよね。環境が大きく変わったのに。
よく頑張ってると思うよ。」
本当に優しい人だ。
いつも周りに気配りしている。
でも、なんだか、落ち着かないや。
なんだろう、この感じ。
「すごく優秀だと思うの。
でも、今の仕事満足なのかな?って、
気になっていて。
見ていて分からないんだよね。」
こういう会話のとき、自分の常套句があるんだ。
ありがとうございます、を、いろんな形で、ひたすら繰り返す。
落ち着かないのは、目の前にいるこの人のせいなんかじゃない。
自分の心を問われているように、
勝手に感じて、勝手に落ち着かないだけなんだ。
頼むから満足しているかとか、聞かないで下さい、と思ってしまう。
私が、どう感じて、どうしたいかなんて、この場では放っておいてほしいんだ。
私は、半年前に勢いで捨ててしまった思い出のスーツケースのことが、未だに、心に引っかかっていて、その想いが成仏するのを待っているような人間なんです。
だから、仕事に満足しているかどうかとか、考えられないんですよ。
とは、さすがには言わなかった。
でも、そんなむちゃくちゃなことを言っても、受け止めてくれそうなくらい、彼女は優しい人だった。
そんな風に、本心を見ないようにすると、もはや、口から出る言葉はセリフでしかない。
漫画の吹き出しみたいだ。
そこに罪悪感がないのが、せめてもの救いだし、立派な大人の証拠かも。
わたしたちは、セリフを言い合い、
運ばれてきたごはんを盛り盛りと平らげ、また、仕事場へと引き上げた。
長いエレベーターの中で、今の気持ちをあらためて感じてみた。
不思議なものだ。
一緒にランチしてくれてありがとう、というシンプルな気持ちが、そこにはあった。
本当に生きているな、と思う。
一時も、同じ場所には居ないんだから。
数分前、座りが悪くてそわそわしていたのも、
今、こうして、ほんのりと感謝を抱いているのも、
おんなじ私なんだ。
ふと窓の外に目をやると、
大粒の雨が地面にバチバチと叩きつけるかのように、激しく降っていた。