70もの新規事業を作ってきた起業家のビジネスの種を見つける方法(ベーシック秋山③)
今回ご紹介するビジネスのプロフェッショナル「ビジプロ」は、パチプロから起業家へと転身し、さまざまな事業を立ち上げて、現在は、だれもが簡単に使えるマーケティングツールを提供するサービスで業界に大きな影響を与えている、株式会社ベーシックの代表取締役、秋山勝さんです。
前回は、秋山さんの「成熟社会になればサブスク型のサービスが主流になる」というお話をお伝えしましたが、今回は「70もの新規事業を作ってきた起業家のビジネスの種を見つける方法」という話をお伝えしたいと思います。
この記事はFMラジオ、InterFMで毎週日曜20時30分からお送りしている番組「ビジプロ」で放送された内容と、未公開部分を併せて記事化しています。ビジプロは、「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」などの書籍や、個人M&A塾「サラリーマンが会社を買うサロン」で知られる事業投資家の三戸政和が、さまざまな分野の先駆者をゲストに招いて話を聞き、起業や個人M&Aなどで、新たな一歩を踏み出そうとしているサラリーマンを後押しする番組です。番組は三戸さんとの対談ですが、記事はゲストのひとり語り風に再構成しています。
音声アプリVoicyでは、ノーカット版の「ビジプロ」を聴けますので、こちらもお楽しみください。
挑戦するために忘却力を鍛える
ビジプロ名物、ビジネスに必要な力には、「勘違い力」「胆力」「忘却力」の3つをあげたいと思います。ほかの人が言いそうにないことを考えて、その3つにしました。
忘却力について触れますと、事業というのは挑戦の連続ですから、当然、失敗もあります。失敗した後は、気持ちを切り替えるためにも、「失敗なんて忘れちまえ」と「忘却力」を発揮するようにしています。
具体的には、シンプルに「忘れよう」と自分に言うだけです。「もういいじゃん、こんなのべつに」みたいな感じです。あえて口に出して、自分に言ってあげることが意外に大事です。
健やかな状態の方が物事はうまく進みます。たとえばゴルフで、練習ではうまくいくのに本番は弱いという人は、失敗のイメージをしていたり、いらない心配をしていたりします。
球を打つ前に、変な球を打ったらどうしようみたいなイメージはやっぱり邪魔になるのです。とくに迷っているときやシリアスな局面においては、失敗のイメージを持たないことが重要です。
壮大に失敗したプロジェクトも「何の話だっけ?」で終わらせる
僕がもっとも忘却力を発揮したのは、ある事業で盛大に失敗したときです。その事業は全社員の半分以上のリソースを3ヶ月くらい動員したプロジェクトでしたが、大ゴケに大ゴケしました。自分としても自信がありましたし、社内でも偉そうにプレゼンしていたので、本当に恥ずかしすぎて、忘れようと思いました。
失敗を忘れられず、頭の中にちょっと残っていると、別の意思決定に影響します。新しいアイデアが浮かんでも、言葉が弱くなって、「これ、いける」ではなく、「こんなことができると思うよ」みたいになってしまうのです。そうなると火はつきません。
この失敗をしたのは、起業してから比較的まだ初期の段階で、しばらく引きずっていたのですが、いろいろなところで悪影響が出ていることに気づいて、失敗を引きずるのは良くないなと痛感し、その反省をもとに、忘却力は大事だと思うようになったのです。
失敗したらすぐに忘れて、「何の話だっけ」くらいに忘れていいと思います。社員に、「社長はあんなに大失敗したのに忘れているのかな」と思われても全然かまいません。
大事なことは失敗で何を学んだかです。それは忘れてはいけないし、別の形でちゃんと残すべきですが、単に、盛大にコケたみたいなことを覚えていても、いいことはありません。ゴルフで打つ前に、「また池に入っちゃったらどうしよう」といらぬ失敗のイメージを持つことと同じで、なにも得るものはありません。
ちなみに、僕が立ち上げた70の事業の成功率は、収益を上げられたかという視点でいうと、7割ぐらいは成功しています。そのうちの10個は上場企業などに売却できています。3割ぐらいはうまくいきませんでしたが、その失敗のイメージは引きずらず、また次、という感じです。
起業とはマイノリティに進んでいく恐怖に耐えることが必要
意外と見落としがちなビジネスの力としては「勘違い力」をあげました。新しい事業はうまくいかないことの方が多いですから、ロジックだけで言えばやらない方がいい。それを始めるためには、ある程度、信じ込んだり、勘違いしないとできません。
自分が起業するとき、「なんで起業するの、20社に1社ぐらいしか生き残らないらしいよ」と同僚に言われ、そのとき思ったのは、起業で生き残るかどうかは、別にサイコロを振って決まるわけじゃない、1/20に残る選択を自分ができるかという挑戦なんだ、ということでした。
19人は失敗するけど、自分は1に残るというのは勘違い力も甚だしかったと思いますが、多くの起業家は、そういうふうに思って起業するものです。ロジックを問いただされると厳密には返せない、最後はもうやり抜くのが大事、というのが起業なのです。
勘違い力は、鍛えるというよりも、スイッチングで発揮できるものだと思います。普通の人も、大なり小なり、普段から勘違いをして生きています。たとえば、客観的にはイケメンではない言われる人を自分はイケメンだと思っている人もいます。その逆もまたあって、それも勘違いで、パートナー選びも大なり小なり、勘違いで選ぶものなのかもしれません。
普段からそうなのに、いざ起業となると、なぜ勘違いができないかというと、人の意見に耳を傾けすぎるからでしょう。そういうときにスイッチを切り替えて、「人はそういうかもしれないけど」と流せるかが大事になると思います。
起業というのは、どちらかといえばマイノリティの方向に進んでいくことなので、すごく怖いことで、その一歩を踏み出す怖さを乗り越えるには、大いに勘違いすることが必要なのです。
事業を作るために架空のストーリーを描いて大失敗
僕の失敗は、まず、忘却力の説明で触れた事業です。その事業は、こういうことに困っている人がいるからこういうサービスが求められていると、存在しない人、ありもしない問題を設定し、そのフィクションのストーリーを完全に作りきって大失敗をしました。
勘違い力とどこが違うのかと言われると難しいところですが、間違ったストーリーに乗っかって失敗するというのは、事業においては結構あります。
もう少し説明すると、その事業は、比較サイトでうまくいったことに気を良くして、領域に特化した(たとえば引っ越し関連サービスの)検索エンジンにニーズがあるのではと始まった事業で、いろいろな分野別の検索エンジンを作ったのです。調べ物をしたい人が、その領域(引っ越し関連サービス)に留まって、調べ尽くすということがあると想定したのですが、全然そんなことはありませんでした。
YouTube のようなエンターテインメントなら、そこに留まって、いろんな映像をずっと見てしまうということがあり得るのですが、調べものでは、そういう使われ方はされませんでした。
比較メディアがうまくいった段階で、その領域を検索するエンジンが登場するというのはあり得そうなことです。でも比較メディアに訪れるユーザーが期待しているのは、そこに登録している企業から得られる成果物です。
引越しだったら、選んだA社が、a 地点から b 地点に的確に荷物を運んでくれるというのが成果物としての期待値になります。比較メディアでそういう成果物を求めている人が、わざわざ分野別検索エンジンを利用して、その領域(引っ越し関連サービス)の細かいところまで調べられることを求めていたかというと、それは違ったということです。
もちろん、ネットに期待することは千差万別なので、本当の意味での万能な検索エンジンができていたら結果は変わったのかもしれませんが、そこまでの検索エンジンを作るのは無理だったので、ダメだったということです。
実際やってみると、コンシューマー向けのサービスですから、アクセスデータを見ていれば結果は一目瞭然で、「こんなの誰も求めてないね」となって、仕方ない、やめようと、3ヶ月で辞めました。
社長の固執しない未来志向が挑戦する社員をひきつける
大失敗も3ヶ月で撤退したというと、意思決定が早いと思われるかもしれませんが、僕には固執しないところがあります。だから事業売却も抵抗なくできるのでしょう。固執しない理由は、自分たちがやってきたからという過去よりも、いまと未来の方が大事だと思っているからです。
これまで、だれが何をしてきたかというのは、功績としてはもちろんありますが、それは未来まで引きずるものではないと思います。そうでないと、後から生まれてきた人たちは生きにくくなるでしょう。
常に「これはオレが作った会社なんだ」と誉れとして語られてしまったら、何も言えないじゃないですか。僕は、過去という功績よりもいまや未来の方を見たい。だからこそ、負けも早く認めて、未来を変えた方がいいと考えるのです。
ウチはそんな会社ですから、社員としても面白いみたいで、社員が言った言葉で、良い言葉だなあと思ったのが、「うちにはチャンスしかない」というものでした。いろんな挑戦をさせてくれるし、いろんなアイデアを社長も出すので、面白いのだと思います。別の社員は「おもちゃ箱みたいな会社だ」といっていて、それも的確に捉えた表現だなと思いました。
社員を平等に扱うと失敗する
失敗図鑑に僕がもうひとつ加えたいのは、人に対しての期待値コントロールに失敗した経験です。
多くの人は、社長から「期待してるよ」と言われたら、「できません」とは言いません。「できます、やります」と言うのが普通ですが、僕はそれを真に受けてしまう方でした。その結果、多くの社員を困らせてしまったり、苦しめてしまいました。
機会を提供していけば、人は学び、挑戦し、育っていくみたいな期待がどうしてもあって、でもそんな期待は、人間理解という観点でいうとすごく薄い理解だし、もっと言うと、自分を基準に考えていたということです。
たとえば、全員がゼロイチをやる必要はないのに、僕は無邪気にも、それをみんなに平等に期待してしまったのです。
昔風に言うと、適材適所ということで、人はやはり、できない領域ではできないけど、できる領域ではできるのです。事業創造や企画をできる人が偉いというわけでもない。人にはそれぞれに役割があり、それこそが社会なんだということを、僕はもっと早くに知るべきだったなと思っています。
KPIを確認し、現場に問いを立てることで組織を育てる
SaaSの事業というのは、前提としてKPIの塊で、KPIは非常に重視しています。経営者として重要視しているKPIは、事業それぞれで違いますが、単純なところからいくと、ferretというメディアでは、会員の数が重要なKPIになります。
会員になるということは、価値があるというユーザーからのシグナルです。価値があると思ってもらえたら、再来訪も期待できます。メディアの価値は、ページビューやユニークユーザーの来訪数で示されるので、会員数はそれにつながります。そういう意味で、ferretにおいては、会員数が重要な指標になるのです。
formrunに関しては重要な指標は2つあって、1つがチャーンレート(解約率)で、もう1つが新規の登録数です。アクティブなユーザーがちゃんと積み上がっているかがポイントになります。
ferret Oneに関しては月額の収益です。この数字は、新規のお客さんが増えているかという要素と、既存のお客さんが継続しているかという要素の総和になります。価値の提供がちゃんとできていれば、既存のお客さんは費用負担を継続してくれますし、新規のお客さんも増えていきます。その結果が毎月の収益の数字として表れるということです。
こうした数字は、会社内の情報共有に使っているSlackで、日々、入ってきます。数字を見て、経営者として、この数字はちょっと違うなと思ったとき、僕がやるのは、「この数値を上げるためには何をするのか」という問いを、現場に与えることです。その問いを投げ掛けて、あとは現場に任せ、現場や責任者がアクションプランを用意するという流れになります。
昔は、率先垂範だと言って自分でやっていましたが、いまは現場に任せるようにしています。そうしないと、やはり組織が伸びないからです。運用フェーズのときは、僕みたいな人間がいろいろ言うと、逆にややこしくなりますから、ちょっと距離を置いた方がいいと思っています。
Webマーケティングを標準化させることで大衆化を目指す
僕の野望はWebマーケティングの大衆化を進めることです。大衆化というのは標準化だというのが僕の整理です。つまり、多くの企業が、インターネット、デジタル上で、まだ見ぬ未来のお客さんと簡単に出会える世界を作るために、Webマーケティングを標準化していきたいということです。これは非常に大きな挑戦です。
Webマーケティングのツールを、毎回オーダーメイドで作らなければいけないということではなく、スーツで言えば、セミオーダメイドや既製品くらいのイメージで、マーケティングツールを使えるようにしたいと思っています。
多くの人が利用するようになった会計ソフトは、勘定項目などの会計ルールが整理され、標準化されているので、SaaSのモデルが作られるようになりました。それと同様に、BtoBマーケティングでの行為自体を標準化し、多くの人がマーケティングを簡単に扱える世界を作りたいのです。
個人的な野望としては、今回も良い機会をいただきましたが、僕がこれまでやってきたことを整理してお伝えして、これから起業する人たちが、なるべく遠回りしないよう、支援をしていきたいと思っています。
起業家が多く生まれてくれば、国益にもかないます。挑戦する人を応援する取り組みをもっとやりたいと思っています。
起業で失敗しても次がある時代になっている
これから独立したい人に声を掛けるとしたら、「一日でも早くやった方がいい」と伝えたいです。やって損はありません。なぜそう言えるかというと、いまの人材市場は、挑戦する人が優遇されるからです。
仮に失敗しても、なぜ失敗したのかをちゃんと語れれば、取ってくれる会社はいくらでもあります。もちろん、失敗を他人のせいにしたり、理由を語れなかったりしたら、こいつやばいなとなってしまいますが、心配はあるとしてもそれぐらいです。
ビジネスの種は日常の違和感から見つけ、そのギャップを突く
起業したくてもどんなビジネスをすればいいかわからないという人は、だれもが普段、感じているだろう「日常のWhy」に注目するといいと思います。それがビジネスの種を見つけるコツです。
たとえば、だれかの話を聞いたとき、「なんか違和感があるな」「なんでだろう」などと、ちょっと気になることが出てくることは、だれしもあることでしょう。しかし多くの人は、そんな日常のWhyを感じながらも、「気のせいかな」「考えすぎかな」みたいに考えて、見過ごしてしまいます。
違和感の原因は、ギャップです。たとえば、目の前の人が、メガネを普通にかけていればまったく気になりませんが、すこしズレているだけで、それは大きな違和感になります。メガネが本来あるべき場所というのは、無意識にみんな知っていて、それがあるべき場所からすこしズレただけでギャップを感じるのです。
日常に感じるWhyも、自分が普段知っている、ないしは常識だと思っている場所からズレているものです。なんでこうなっているのか、なんでそうでなきゃいけないのか、というものには、実は意外な負が隠れています。違和感を覚えたり、何か気になったりというのは、そのシグナルです。そこを深掘ることを、日々、訓練したら、ビジネスの種が見つけやすくなるはずです。
起業のためには、目の前にある問題を解決したいという視点で考えた方が、圧倒的に近道です。
そういう問題は共感を集めやすいので、仲間集めもしやすくなります。「俺起業して金持ちになりたい」といっても、だれも応援してくれませんが、「この間、ウチのおばあちゃんがこういう問題を持っていて、こういうことで解決できそうなことに気づいたんだよね」というと、「あ、僕の祖母もそうでした」みたいな話になります。
そういう話は枚挙にいとまがありませんし、そういう話の方が、「自分もやりたい」と多くの人がエンパワーメントされるのです。
※この記事は、日曜20時30分からInterFMにて放送しているサラリーマンの挑戦を後押しするベンチャービジネス番組「ビジプロ」の内容をまとめています。
三戸政和(みとまさかず) 事業投資家、ラジオDJ
1978年兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、2005年ソフトバンク・インベストメント(現SBIインベストメント)入社。ベンチャーキャピタリストとして日本やシンガポール、インドのファンドを担当し、ベンチャー投資や投資先でのM&A戦略、株式公開支援などを行う。2011年兵庫県議会議員に当選し、行政改革を推進。2014年地元の加古川市長選挙に出馬するも落選。2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行っている。また、ロケット開発会社インターステラテクノロジズの社外取締役も務める。
著書に『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』(講談社+α新書)、『資本家マインドセット』(幻冬舎NewsPicks)、『営業はいらない』(SB新書)、『サラリーマンがオーナー社長になるための企業買収完全ガイド』(ダイヤモンド)、『サラリーマン絶滅世界を君たちはどう生きるか?』(プレジデント)などがある。Twitterのアカウントは、@310JPN。