ユーザーファーストではないサービス設計の理由(Voicy緒方さん②)
前回は「起業家に囲まれると起業のハードルが下がる」というお話をお伝えしましたが、今回は、Voicyが「ユーザーファーストではないサービス設計をしている理由」をお伝えしたいと思います。
この記事はFMラジオ、InterFMで毎週日曜夜8時半からお送りしている番組「ビジプロ」で放送された内容と、未公開部分を併せて記事化しています。ビジプロは、「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」などの書籍や、個人M&A塾「サラリーマンが会社を買うサロン」で知られる事業投資家の三戸政和が、さまざまな分野の先駆者をゲストに招いて話を聞き、起業や個人M&Aなどで、新たな一歩を踏み出そうとしているサラリーマンを後押しする番組です。番組は三戸さんとの対談ですが、記事はゲストのひとり語り風に再構成しています。
音声アプリVoicyでは、ノーカット版の「ビジプロ」を聴けますので、こちらもお楽しみください。
Clubhouseがやって来た!
今年1月に突然、アメリカからClubhouseが上陸して、日本中を席巻しましたが、Voicyには追い風になりました。去年末のVoicyの月間利用者数は100万人くらいだったんですが、Clubhouseが来た1月はなんと30%増加、2月には60%増加したんです。3月もまた順調に伸びています(その後、Voicyは3月の利用者数が250万人を超えたと発表。3ヶ月で利用者は2.5倍になった)。
Clubhouseは皆さんご存じだと思いますが、アメリカから来た音声SNSです。アプリの中でしゃべる場ができて、そこに入れば話が聞けるし、しゃべれる。でも参加するにはユーザーから招待されないと入れないというものです。 そのアプリが上陸したら、みんな、招待してくれ、招待してくれと争うようにやって一気に流行りました。いま、Clubhouseのユーザー数は減っていますが、TwitterやInstagramなどのいままでのSNSと比べてみると、いまぐらいが普通のレベルなんです。
普通はああいうサービスは、最初はニッチな人が使い始めて、いろいろと工夫をしてちょっとしたヒーローが出てくる。そのうまくいったのを見て有名人が入ってきて、もっと上手く使って、最終的にビジネスになるという流れになるんです。 今回は、久々の新しいSNSで、これまでYouTubeなどで散々負けたタレントが、先行者優位があるに違いない、今回は取らないといけないということでドバーっと入っていった。さらに、マスメディアもすぐ飛びついて、これが流行っていますとやったので、一気に圧力が掛かり、全員がやるみたいな感じになったんです。
でもやってみると、それほどマチュア(人やモノが成熟している様子)ではなかった。もっとマチュアなサービスにならないとメリットがないなということで有名人がサーっと去っていった。そういう人たちは本来は、サービスのメリットがもっと明確に見えた段階で入ってくる人たちなんですが、それがまだ明確に見えていないときに思わず入ってしまったんです。
Clubhouseはいま、一旦、下火になったように見えますけど、1000人という大ルームは見られなくとも、20~30人のルームは出来ています。これからもClubhouseは残って、じわじわ上がっていくだろうと思っています。来年ぐらいには「Clubhouse再燃か」みたいな記事がたくさん出るんじゃないですかね。 〇VoicyとClubhouseはどうなる Voicyは声のブログと言われるように、コンテンツのアーカイブをすごく大事にしています。
一方、Clubhouseはコンテンツが残りません。Clubhouseは出会いの場、パーティールームみたいなイメージです。 Clubhouseを経験した人の中には、せっかくの話をどこかに残しておきたいとか、この人の話を聞きたいのにほかの人がしゃべるのは邪魔だなという人が結構いました。それでVoicyに来る人がすごく増えたのです。それに、Clubhouseはライブでしゃべるので、時間が溶けると言われます。
Voicyは倍速で聞けるので、時間を有効に使えます。 ですからいまは、Clubhouseで出会ってVoicyでちゃんと聞くという、ハイブリッドな感じになってきたと思います。だからClubhouseはありがたかった。ClubhouseとVoicyはすごく相性が良かったのです。
既存のメディアとは共存
Voicyは音声プラットフォームですから、ラジオでもなんでも、僕らのプラットフォームに載る音声コンテンツならば、全員に稼がせるし、新しいリスナーをつけられます。スマホひとつで簡単に声を追加出来ますから、後日談のトークを入れたり、有料会員向けに限定放送をしたりという拡張性もあります。いろいろなデータダッシュボード(車の計器盤の意味から、さまざまなデータとその分析の一覧のことをいう)を見られて改善もできます。既存のメディアとは並列で付き合っていけると考えています。
パーソナリティファースト
Voicyのマネタイズの方法は、まず月額のユーザー課金です。チャンネルごとに月300円、1300円などと決まっていて、それを払うと、チャンネルのプレミアムリスナーになれて、限定放送を聞けたりします。 スポンサーモデルはテレビやラジオの番組作りと同じように、ひとつの放送につき、個人や企業がスポンサーになってお金を出します。ただし、Voicyのスポンサーは番組の内容にも配信回数にも全く口を出せません。Voicyは完全にパーソナリティファーストです。
僕はメディアや文化というものは、お金ファーストにしたら、うまくいかないと思っています。アーティストやスポーツ選手で、お金のためにやっている人は大物にならないと思うんです。僕たちのメディアは、クリエイターはひたすら自分でいいと思うものを作り、お金を持っている人はそれに付き合ってくださいというメディアなんです。
競合との闘い
現状での僕らの競合はSpotifyやPodcastというビッグネームです。はたまた YouTube の音声版も始まって、大変なことになっていますが、僕たちは海外に出ていこうと思っているので、彼らと争うのは仕方ないですね。 その他の日本のサービスは一緒に戦う仲間だと思っています。Voicyは配信者を限定しているので、やりたいけど出来ない人がすごく多いんです。そういう人はほかのサービスで練習して、いずれVoicyを目指してほしい。おこがましい考えかもしれませんが、音声コンテンツのクリエイターが最終的にVoicyに集まるみたいなことになってほしいと思っています。
先日、Voicyを取り上げてくれた雑誌には、「Voicyは音声配信サービスの東大」と書いてありました。Voicyで配信しているといえば、「すごいね」と言われるようなポジションになってきたかなと思っています。
声は購買行動につながりやすい
いまの世の中、多くの人が費用対効果ではお金を使わなくなっています。お得だから買うというより、共感や理解からお金を使うという人がすごく多くなっているのです。 声というのはずっと聞いていると、目で見るメディアよりも、その人を信頼して、好きになったり、共感されたりすることが多い。それは声を通して、その人の人となりや本人性みたいなものが届くからだと思います。だからVoicyで声を聞いていると、どんどんその人を好きになって、親密になるんです。そうなるとお金を払うという購買行動にも結び付きやすくなります。
実際、Voicyから配信者のグッズ販売につながることが多いです。 Voicyとオンラインサロンの親和性が高いのも同じ理由でしょう。Voicyとオンラインサロンの両方をやっている人に聞くと、サロンメンバーの80%以上がVoicy経由の流入だそうです。オンラインサロンはサブスクリプションで、サロンの雰囲気が宗教に近いくらい主催者の世界観に染められて、入会のハードルは高いものですが、声の持つ力が、そんなハードルも飛び越えやすくさせるのだと思います。
感情を載せられるメディア
同じ内容の情報を得るには、音声で聞くより文章で読んだ方が早いと言われますが、声にはテキストにはなかなか載らない情報が載っています。それは感情です。声を聞けば、その人が緊張しているとか、喜んでいるとか、自分のことをどう思っているか、などがわかります。感情やその起伏、頭の回転の速さなどもわかります。声の魅力は、テキストにはなかなか載らないそんな情報が載っているところにあるのです。 声を通して、人の感情をインターネットに載せられるようになった。そこがVoicyの新しいところだと思っています。
一番搾りの声を届けるために
Voicyは声に感情を載せることを何より大事にしています。だから配信者には、絶対に台本を作らないでくれ、練習しないでくれと言っています。「一番搾り」でしゃべってくれということです。 たとえば食リポなら、ご飯を食べておいしいと思ったとき、その「おいしい」の一発目は噛んでもいいから、絶対に一番搾りの声にしてほしいのです。いくらその「おいしい」がきれいに言えても、テイク2やテイク3では全然刺さらないからです。 その人の声の一番搾りをどう抽出するか、一番搾りの声をどう聞きやすくするか、だけを考えて、僕たちはアプリを設計しています。
ほかのサービスには編集機能がついていて、加工出来るし、切ったりつなげたり、BGMをつけたりも出来ます。でもVoicyは何も出来ません。とにかく「押して」「しゃべって」「入れる」だけです。だから5分のコンテンツを5分で作れます。もしこれを編集したり、加工出来るようにしたら、すごく時間が掛かることにもなる。だから僕らはそれをしません。 BGMも配信者側ではなく、リスナー側がつけて流せるようになっています。
これは、ラジオ番組の制作側からすればありえないし、配信者の中には自分の世界観があるのにという人もいます。でも配信者はしゃべることが大事なんであって、加工することが大事じゃないんです。
倍速体験を良いものに
声とBGMを別にする仕様には、実はもう一つ狙いがあります。耳というのは、ながら聞きが出来るので可処分時間がすごく長く、起きている時間はずっと何かを聞いていることも出来ます。それでもリスナーは時間を短縮してテキパキ聞きたい。YouTubeなどの動画でも倍速で見ている人が増えています。倍速になると気になるのがBGMで、おしゃべりと一緒にBGMも倍速になって、キュルキュルと言って邪魔になります。ラジオ番組や他の音声メディアのコンテンツでは、制作側がこだわったBGMを入れているものが多いですが、リスナーは結局、倍速で聞いていますから、全然意味がないんです。
だからVoicyは、倍速で聞かれることを前提に、倍速体験をより良いものとするために、声とBGMを別にする仕様にしたのです。声とBGMが別だと、倍速にしても、声の部分だけが倍速になり、BGMは等速のままでキュルキュル鳴ることはありません。等速でBGMが流れる中で、配信者がテキパキしゃべっている体験になるわけです。 結局、Voicyは声で人を届けるメディアだということです。Voicyは音声コンテンツというよりも、人のサービスなのかもしれません。
次回は「起業に失敗なんてない」という緒方さんの考え方をお伝えします。
※この記事は、日曜20時30分からInterFMにて放送しているサラリーマンの挑戦を後押しするベンチャービジネス番組「ビジプロ」の内容をまとめています。
三戸政和(みとまさかず)事業投資家、ラジオDJ
1978年兵庫県生まれ。同志社大学卒業後、2005年ソフトバンク・インベストメント(現SBIインベストメント)入社。ベンチャーキャピタリストとして日本やシンガポール、インドのファンドを担当し、ベンチャー投資や投資先でのM&A戦略、株式公開支援などを行う。2011年兵庫県議会議員に当選し、行政改革を推進。2014年地元の加古川市長選挙に出馬するも落選。2016年日本創生投資を投資予算30億円で創設し、中小企業に対する事業再生・事業承継に関するバイアウト投資を行っている。また、ロケット開発会社インターステラテクノロジズの社外取締役も務める。
著書に『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』(講談社+α新書)、『資本家マインドセット』(幻冬舎NewsPicks)、『営業はいらない』(SB新書)、『サラリーマンがオーナー社長になるための企業買収完全ガイド』(ダイヤモンド)、『サラリーマン絶滅世界を君たちはどう生きるか?』(プレジデント)などがある。Twitterのアカウントは、@310JPN。