【特許のはなし】審査実務(その1)
今回は、特許の審査実務の単なる雑談です。
出願人(代理する弁理士)は、①お金や労力をかけて事前に、あるいは、②審査官が拒絶理由で挙げる事後的に、各先行技術文献をうまく回避しながら、理想的には、なるべく広いクレームで特許をとろうとします。
一方で許審査官は、「適切な発明を特許する!」のではなく、特許要件(新規性、進歩性、記載要件など)を満たすものを特許します。
ただ、審査官も人なので、(拒絶理由を構成する「良い」)先行文献はないけれど、出願人のクレームがあまりに広いので、こんなに広いクレームで特許しても大丈夫だろうか?という不安を感じるのも、また事実です。
昔、審査官をしていた時、ある審査官が「え、こんなのに特許したの?」ということで世間(ネット)で話題になり、発明の名前〇〇〇などをとって、「〇〇〇審査官」と呼ばれていたのを何度か見ました(たとえば、物理法則に反するようなものとか、昔のビジネスモデル特許的なものとか)。
多分、ネットとかにも色々と書かれていなのではないでしょうか。
ですので、そういったこともあり、広いクレームだと、特許してよいかどうか不安になるのです。そして、できれば、もっと限定してもらって特許したいと思うこともあるでしょう。
ちなみに、私の場合は、当時担当していた自動車のエンジン関係の審査は、当時ほとんど表立った紛争がなく、あまり、そのような懸念は感じませんでした。審査官としては気楽といえば気楽だったのですが、紛争が見えないということで審査していても意味があるのか分からずつまらんなぁと思って、結局、弁護士になって、特許紛争の世界に飛び込んでしまいました。
さて、前に、【特許のはなし】除くクレーム(その2)という記事を書いきました。その中で、下図も掲載しました。
審査官としては、先行文献(公知発明)に重なってしまうもの(新規性のない発明)は格別、公知発明と重ならなくても、公知発明からなるべく距離を置いた発明(十分に、進歩性があるといえる発明)には堂々と特許できるのですが、公知発明と近いとか、(除くクレームが典型ですが)隣接している発明にはつい警戒してしまいます。
なお、審査官が除くクレームを嫌うのはこの一面があるように思います。公知発明に隣接しし過ぎているのです。設計的事項で切りたくなりますが、進歩性の論理に乗っけられず(除かれた構成である先行文献から出発して、除かれた結果としての除くクレームに到達することに動機付けがないとか阻害要因があるとか)に乗っからずに特許してしまうというのが歯がゆいのです。
そこで、審査官が、出願人に限定させるために取り得る手段は、次の3つ。
(1)頑張って先行文献を調査し、進歩性を厳しく打つ。
これは言うまでもなく、上図において、先行文献に近くない十分に安全なところで特許をするための手段です。
(2)サポート要件を打つ
これがなかなか厄介なところです。少し説明が必要ですね。
広い特許クレームを限定させるためには、(1)の先行文献を当てて避けさせるというのが常套手段ですが、これが見つからない、でも、広すぎて特許するのこわい、というときは、必殺サポート要件違反です。
サポート要件は、課題解決のために必須の構成がクレームに規定されていないと、発動することができます。
そこで、まず、①明細書の課題を見て、②クレームを見て、③その後に明細書の実施例等を見て、明細書中にあるがクレームにない構成を持ち出して、「この構成ないと課題解決できなくない?この構成、課題解決に必須じゃない?」とかいって、サポート要件違反を打つというものです。
審査事例を見てみると、クレームに当てられる良い先行文献はないが、サポート要件で攻めてくる事例が結構あるようです。
これ意外に出願人の反論が難しい場合が多いです。明らかに課題と関係のない構成であれば、誤りであると反論できますが、そうでもない微妙な構成を取り上げられることも多いので。そうすると、その構成を入れないと(その構成で限定しないと)サポート要件違反で拒絶査定されてしまうかもしれないため、その構成をやむなく入れてクレームの範囲が狭くなってしまうということになります。
これ、審査官が当該技術分野に習熟すればするほど、必須と思われる構成を見出しやすい傾向のある拒絶理由なので、これに対抗するのは更に厄介です。立証責任の点からしても嫌ですね。
(3)明確性要件を打つ
これは、更に厄介です。以下で述べるような明確性要件を打ち出すとちょっと審査官としては末期です。ですが、見られます。少し説明が必要ですね。
明確性要件は、その名のとおり、クレームが明確でなければらないという要件ですが、明確か否かは基準が曖昧です。一般的には「第三者の利益が害されるほどクレームが不明確な場合」に明確性要件違反とされています。といっても、基準は依然として曖昧ですね。
曖昧と言えば、クレームの文言(言葉)自体がそもそも曖昧です。そのことは、下記のブログ記事で3回にわたって書きました。
いったん特許になったクレームについても、明確性要件違反と評価される場合もあるのですが、だいたいは、一義的には明確ではないから、明細書を探索するということで、技術的意義などから解釈するということがあります。
さて、審査の段階で、この曖昧な明確性要件の基準を、曖昧な文言からなるクレームに適用しようとすると、実はいくらでもできてしまいます。
前記の「【特許のはなし】クレーム解釈(その2)」で登場した「棒状」の意義です。
たとえば、クレームに「棒状の部材」と規定されているクレームについて、以下のような拒絶理由を打たれたら、どうでしょう。
「 請求項1に係る発明における「棒状の部材」の「棒状」とはいかなるものを指すのか不明である。
たとえば、(B)、(G)のように曲がっているもの、(C)のように二股(以上)に分かれているもの、(D)、(E)のように断面が変化するもの、(F)のように、棒の長さに対して、断面の直径が比較的大きいものが棒状に当たるのか否か判別できない。」
はぁ?と思うかもしれません。でも、意外に反論難しいですよね。下手に意見書で反論すると、後に包袋禁反言やらなんやらで限定解釈されたり、均等侵害(第1、5要件)が満たされなかったりします。
このような拒絶理由を回避すべく、「直線の」「棒状」とか「断面直径に対する長さの比が〇以上の」「棒状」とか限定させられるとしたらたまりませんよね。
上記の例は、分かりやすい極端な例ですが、これと同じ手法で、明確性要件で、クレームを限定させようと画策することができることはわかりますよね。
そして、サポート要件の場合と同様、審査官が当該技術分野に習熟していればいるほど、上図のような様々なパターンを思い浮かべることができる故、このようないちゃもんてきな明確性要件も打とうと思えば打てるわけです。立証責任の観点からも嫌ですね。
以上のように、
(1)近い先行文献を当てられるのは仕方がないとしても、その先行文献からかなり遠くなるように限定させられるというのが進歩性を厳しく見るパターン、
(2)近い先行文献がない場合に、サポート要件で、必須構成を勝手に認定して限定させようとするパターン、
(3)同じく、近い先行文献がない場合に、明確性要件で、様々な境界事例を持ち出して限定させてくるパターン、
が考えられます。
あっ、もう3000字だ。
まぁ、審査官の保身という側面が強いのですが(そういうことは全く考えない審査官もいますが)、さぁ、皆さん、こんな拒絶理由が来たときは、「うまく」対応しましょう!
対応方法は各自でお考えください。
現状、続きは予定していませんが、また、気が向いたら、審査実務についても書こうと思います。